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地下水脈、その深層へ

 どこまでも、どこまでも続く真っ暗な闇。


 薄い緑色の光が遠くで仄かに揺らめいている。

 わずかな光で育った藻に足を滑らせると、エビのような奇妙な生物が驚いたように砂を巻き上げて視界を遮る。

 

 「川底の隠し穴からこんな水路に続いていたとは…」


 どれだけ歩いただろう。日の光が届かない深さになってからもう半刻は経っていた。


 「へえ、こりゃ驚いた。こんな処にたいそう立派な門構えじゃねえか」

 「ちっ、よく喋るニンゲンだ…なあ、夫羅ふらさんって言ったか、あんた。大声出してると樽の空気がすぐ無くなっちまうぞ」

 「そ、そうだな…」

 ものものしい潜水服の中で肩をすくめたのは、波動術使いとして修行中の夫羅という男、齢十七。


挿絵(By みてみん)


 「しかしなあ、地上じゃ度重なる奢侈禁止令で何処もしみったれた風情だってのに、この門構えときたら…」

 「わかったから。さ、口にチャックだ。帰りの分の空気も考えておかなきゃならねえぜ、兄ちゃん」

 「はいはい。わかったっての。さあ、よいしょ、っと」

 背負った空気樽から伸びた竹筒を咥えたまま、堅牢かつ立派な青竹色の城門をくぐる。

 「足元には十分お気をつけなすって」

 案内するのはソウブと名乗る男。今や陸上で目撃されることはすっかり珍しくなった河童族の一員だ。


 「ほうら、ここからが王国の領地さ。河童王国の、な」

 暗くてはっきりとはわからないが、かなりの空間が広がっているようだ。

 ソウブが夫羅の手を引いて進む。

 「しかし物好きだな、お前さん。今さらニンゲン様がなんだって河童の国なんかに・・・」

 気付いたようにソウブが夫羅の顔を覗き込んだ。

 「まさか、河童を懲らしめに…確かに河童は妖怪の種に分類されるが、最近じゃちょっとした悪戯くらいしか地上に迷惑はかけてないはずだが…」

 ため息が、竹筒の先から細かい気泡となって水中を揺らめき上がってゆく。

 「そんな細かい文句を言いにわざわざ来るわけねえっての」


 夫羅は潜水服の中で、ちょっとばかり胸を張ってみせた。

 「俺は友好大使ってやつだ。地上から使わされ、河童の王国を視察に来た。どうだ、カッコいいだろ」

 「偉そうに…」

 ソウブは苦々しい顔をした。

 「ニンゲンってヤツは、いつもそうやって他を見下したような物言いをする」

 「そんなつもりは無えよ」

 「気付いて無えところが、余計たちが悪いぜっての」

 「まあ、そう人間を毛嫌いしなさんなって。せっかくの友好大使だってのに」

 ソウブはふうっと、ため息、いや「ため水」を、耳の後ろにある小さなエラから吐き出しながらボヤく。

 「解ってねえな、この御仁は…幻翁げんのおきなとか云う偉いさんの頼みだから今回は引き受けちまったが、そうでもなきゃ誰が案内役なんぞ…」


 ふと、遠くから青白い光が近づいてくるのが見えた。

 「あっ」

 ソウブが顔色を変えた。

 「ほうら、言わんこっちゃ無え。地下ここじゃあ歓迎されないんだよ、ニンゲンは」

 チッ、と舌打ちをする音が水中を伝わる。

 「おいおい、面倒なやつらが来たぞ。頼むから大人しくしといてくれよな。さもないとお前さん、ただじゃ済まねえぞ…」


 だいだい色の眼光を波に揺らせて三人の河童が近づいてくる。いかつい甲冑を身に付け、足早に。


 ソウブが云うには、彼らは王城の衛兵。

 いずれも上背七尺はあろうか。河童は身の丈が小さいという定説だが、そうとは限らないようだ。

 「こら、お前ら何者だ。こんな夜半に王の居城近くをウロウロするとは…だいいちお前、ニンゲンだな。返答によっては…」

 衛兵の一人が夫羅の胸ぐらを掴んだ。夫羅が睨む。

 「おい、手荒にしたら呼吸の樽が外れちまうじゃねえかっ。こちとら陸上専門の生き物なんでいっ」

 衛兵が睨み返す。

 「なら、とっとと陸上に帰れ。ニンゲンめ」

 「そうはいかねえんだ、いいか俺はこれを託されたんだ。ここの主に渡せってな」

 潜水服に結わえ付けられた桐箱を夫羅がそっと開けると、脈打つような光が漏れだした。衛兵たちは驚いて覗き込む。

 「ん、なんだ?」

 中には大きな鍵の形をした金属。夫羅はそっと桐箱に蓋をした。

 「お宝だ、光の波動を帯びてる。そしてこいつをここに届けるよう俺様に命じたのは、他ならぬ幻翁さまだぞ。正式な書簡も預かってる」

 「げ、幻翁…」

 衛兵たちは少しばかりひるんだ様子で身構えた。

 得意げに胸を張る夫羅。

 「ああそうだ。いいか、俺は、あの幻翁さまの弟子なんだぞ。あのお方の使いをむげに追い返したなんてことになったらあんたら、タダじゃ済まねえぞ」

 困惑した様子の衛兵たちが顔を見合わせる。

 「ううむ…確かに…幻翁さまといえば生き神様も同じ、絶対的な存在ではあるが…」

 「だろ。だからほら、さっさと俺を王様んとこまで通せっての。お友達もそうしたほうが利口だって言ってる、なあ、そうだろ?」

 夫羅はちらりとソウブを見やった。

 「そ…そうだ、な。すまないが、このニンゲン、何とか通してやってくれ…」

 申し訳なさそうに身をすくめながら頷いたソウブ。

 「さあ早く行きましょう」

 しぶしぶ城門を開けた衛兵たちに向かって作り笑いのソウブ。胸を張り肩で風を、いや水を切るように衛兵たちの前を横切って入城する夫羅。

 「チッ、門番ごときが」


 ソウブが呟いた。

 「ったく、ニンゲンてのは態度がデカいったらねえな」

 「ん、何か言ったか?」


 つづく

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