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宣言

 現世を襲撃した人外のテロ組織「黒の旅団」は、黒河童派でありながら一部に河童王国に内通している疑いがあった。

 幻翁げんのおきな夫羅ふら、そして島二郎とその弟子「芥子菜からしな組」を連れ立って、地下水脈の果てにある河童王国を訪れていた。


 「宴だってよ、前回来た時はそりゃもう素晴らしかったんだぜ。今回も楽しみだ…」

 はやる夫羅をたしなめる幻翁。

 「おいおい、今回の目的は食い物ではないぞ。とにかく情報を引き出すんじゃ、わかったな」

 「は、はい…」

 

 河童の王国の昼を演出する発光キノコの傘が閉じ始める「夕刻」になって、一行は応接用の広間に案内された。

 「さあ、早速始めましょう」

 円卓に座したエボノが満面の笑み。

 「ん、いかがなされた?」

 呆気にとられている幻翁一行。目の前にこれでもかと盛られている贅を尽くした料理の数々に面食らった様子。

 「こ、これは…」

 巨大な甲殻類の脚をそうっと引っ張って持ち上げた夫羅。エボノが同じものを皿にとって豪快に殻をこじ開けてみせる。

 「ああ、深海蟹の一種ですよ。淡水用に品種改良して養殖したものです。今ちょうど産卵前で旬ですな。深海では高い水圧で小さい生物ですが、ここではこんなに大きく中身が詰まって、ほら」

 パックリと開いた腹にはピンク色がかった白身の蟹肉、そしてたっぷりと卵を抱いている。ソースをたっぷりかけると、エボノはくちゃくちゃと音をたてて食べてみせる。

 「脚も食べられますよ、さあ。ご賞味あれ」

 おそるおそる口に運ぶ。たしかに、フワッとした食感に若干の甘み。なによりソースが絶品。

 舌鼓を打つ幻翁一行を身ながらニヤニヤ笑うエボノ。

 「いわゆる蟹味噌からつくる調味油ですからな。ああ、そっちは淡水櫛水母たんすいくしくらげ、その七色に光る部分がピリっと刺激があってなかなかの珍味」

 胡瓜酒に珊瑚焼酎、海葡萄酒などが次々に運ばれてくる。

 「まだまだ来ますよ、硝子烏賊ガラスイカのお造りに天狗鮫の味噌煮。どれも地上では口にすることの出来ない美味ばかりです」


 確かに美味この上ない。城も美しく、目の前に繰り広げられる余興も素晴らしい目の保養。十五年前にやってきた夫羅が「楽園だ」と思ったのも頷ける。

 「だが…」

 夫羅は、入国前にチラッと垣間見えたこの国の貧困層の姿が頭から離れずに、どうも素直に喜べないように思えていた。

 島二郎がエボノに尋ねた。

 「贅沢三昧は確かに楽しい。けれどもこの国の民たちはどうなんだい。王家や政治屋、官僚ばっかりが美味しい思いしてるってんなら反乱が起きることだってある…」

 「ほう、いきなり手厳しいですな」

 少しばかりエボノが笑顔をひきつらせた。

 「だがそれは杞憂。こういう豊かさこそが国力。国力の充実こそ国民の望むところ」

 「どうだか…」

 視線を逸らそうとする夫羅を、身を乗り出すように見据えてエボノが唾を飛ばす。

 「国の安泰なくして国民の幸福はあり得ません」

 河童の国の財界人も口を挟んだ。

 「この食材は私共が運営する公社で取り扱っているもの。言わば公共事業です。これによって民は潤い、商品を地上との貿易に活用することで外貨を獲得できる。これぞ国益」

 うんうん、と頷きながらエボノ。

 「まあ、これも先代の敷いた道をしっかり我らが守り歩んでいるから、ですがね。建国三百年にして今や地上を凌駕するといっても…ああ、これは地上の方々に失礼ですかな、ははは」

 次から次へと供される美味、珍味。確かにこれが国力と言えばそうなのかも知れない。

 「しかしなあ」

 夫羅が呟いた。

 「食い切れねえほどの豪勢なメシや、飾り立てた踊り子だけが、豊かさってものなんだろうか…」

 「おや」

 エボノが不満げな顔を見せた。

 「価値観を押し付けるとは…それが人間というものですかな。相変わらず…」

 「まあ、まあ」

 幻翁がにこやかな笑顔で間に入った。

 「この国にはこの国の、河童には河童の流儀がある。国民が幸せなら、それが一番よかろう」

 エボノも拍手をしながら笑顔を返す。

 「さすがは幻翁どの。良いことを仰る。内政不干渉、まさに外交の極意で御座いますな。地上には地上の、我らには我らのやり方というものがありますゆえ」

 声のトーンも一段高く。

 「この国のことは、このエボノにお任せあれ。皆様にはご安心していただきたく…」


 「ふざけるなっ」

 にわかに大きな声が広間に響き渡った。

 通用門をガタンと激しく開けてズカズカと入ってきた男。

 「いい加減なことばかりいいやがって」

 「ぬう、誰だっ。無礼なヤツは?」

 眉をひそめるエボノを睨む鋭い目、スボウジュ。

 「よくそんなウソが」

 エボノは急に笑顔を取り繕った。

 「な…なあにを仰います、王子様、あはは。もう、ご冗談がお好きなんだから」

 「冗談などではないっ」

 幻翁一行は驚いて顔を見合わせている。慌ててエボノが説明する。

 「いえ、幻翁さま。あの子は今、祝言をひかえておりまして、その。なんというか、気が高ぶっているというか、高揚しておりまして…」

 「子、って…」

 スボウジュが奥歯を噛みしめた。

 「ガキ扱いはたくさんだ。俺はもう十七だぞ、祝言の前に元服だ。そのまえにこの国の状態が…」

 エボノは幻翁たちに見えないようにスボウジュを睨み付ける。

 「いいえ、王子さま。あなたは何もわかっていらっしゃらない。まだまだ国を、政治を語る歳でもなければそれに足る知識もございません」

 鼻息も荒く、スボウジュはエボノの目の前にまで近づいた。

 「何もわかっていない、だって?」

 テーブルをドン、と叩いた。

 「この国の状況を、俺が知らないと思っているんだろう。いいか、俺は毎晩、国中を見回っているんだよ。いかに国民が貧しく苦しいか、誰よりわかってるつもりだ」

 「な、なに…毎晩…まさか」

 エボノはチラッと側近のレタウに目をくれた。

 「ああ、あいつが、か…」

 レタウは合点がいった、という顔で囁くように呟いた。

 「物見櫓がどうもおかしいと思っていたんだ、毎晩何者かが出入りしたような…」

 スボウジュの声はますます大きくなる。

 「高い年貢率、貧困。要職と高給はコネと賄賂で独占。厳しい法に縛られ声を上げることもできない、これを圧政と言わず何と云う?」


 幻翁一行の方に顔を向けるとスボウジュはその場にひざまずいた。

 「初めまして…いえ、わたくしが幼少の時分に一度お目にかかっていると訊きました。このたびは、私どもの国を憂い、わざわざ足をお運びくださったことに国民一同に代わり心から感謝申し上げます」

 「あ、あんたがあの時の…」

 驚いてまじまじとその姿を凝視する夫羅。

 「すっかり逞しくなったなあ、あの幼子が」

 にっこりと笑ってもう一度、深々と頭を下げたスボウジュだったが、すぐさますっくと立ちあがった。

 「とにかく、この国は荒廃しています。闇の力が蠢くのを肌で感じますし、何より国政に与る者たちの腐敗こそが元凶」

 エボノが歯軋りしている。

 

挿絵(By みてみん)


 「くそガキが…」

 ナプキンを投げつけようとするエボノを一瞥して、スボウジュは広間の一同に向かって声を上げた。

 

 「この国は閉じた専制国家から変わる、変える、今こそが好機」

 両手を大きく広げ、腹の底から声を絞り出した。

 「建国の祖、幻翁さまがいらっしゃるこの時、この場で、正当な王位継承権を持つ我が、国の再生を誓い宣言する。すなわち…」

 水を打ったように静まった広間に、声が轟いた。

 「鍵を。光の鍵を開ける」

 口を開けて呆気にとられる一同をスボウジュは見渡した。

 「神殿を開放し、河童一族が持つ真の力を現世に知らしめるんだ」

 「な、何を言い出すんだ…」

 エボノはじめ国の中枢や財界の大物たちは色めき立った。

 「戯言を…」

 ざわめきをかき消すように大きな声。

 「荒廃した国土を再生させ、本来の力が漲ることで民は真に豊かになり悪政は排除されるに違いない」


 スボウジュは胸を張るようにしながら、ちらりと幻翁の顔をうかがった。

 「今こそ、行動の時」

 幻翁はスボウジュの真剣な眼差しに頷き、しかし軽く微笑みながら首をひねってみせた。

 「どうかな…神殿の力は相当に強大なはず。この国に、いやお前さんにそんな力を扱えると言えるかな…」

 スボウジュは幻翁にぐっと顔を近づける。

 「みんなそうやって俺をガキ扱いする…俺はここしばらく毎日書庫に籠ってこの国と地上のありとあらゆる書物を読み漁った。十分知識はあるし、体力だって蹴鞠で小さいころから培ってきた」

 「若いな…」

 「若いから出来ることだってあるはずだ。ビビって先に進まなければ何も変わらない。徐々に大きくなる暗黒の力を跳ねつけるためにも、この国にもう一度、本当の活力を取り戻さなければ」

 希望に目を輝かせるスボウジュをいぶかしげに見上げたのは島二郎。

 「しかし神殿の力は途方もない波動だと云うぞ。もし制御することが出来なきゃお前さんが、いや国が滅びる可能性だってある」

 「出来るさ。俺は誇り高い王家の血を引いてる唯一の男だ。むしろ、俺にしかできない仕事だ」

 「ちっ、波動をナメちゃいねえか…?」

 「ナメてないから言ってるんだ。俺は知ってる、神殿の波動は俺にしか扱えない、王家の血を持つものしか」

 「制御に失敗して波動が変調して位相が逆転でもしたら、とてつもない暗黒の力になって襲いかかってくるんだぞ?」

 チッ、と舌打ちしてスボウジュが声を荒げた。

 「とっくに承知済みだ。じゃあ訊くが、他にどんな方法があるってんだ。あんたみたいにカッコつけて能書き並べたって何も変わりはしないじゃないか」

 額の血管を浮き上がらせて思わず立ち上がろうとする島二郎を夫羅が制した。

 「わかった坊ちゃん、そこまで言うならやってみな。文句は無いでしょう、翁」

 黙って幻翁は頷いた。夫羅は立ち上がってスボウジュに顔を近づけ、襟元をぐいと握った。

 「ああ信じてやる。男が一度言ったら二度と引っ込めるんじゃねえぞ」

 「もちろんだ」

 幻翁がパチン、と手を合わせた。

 「話は決まった、ようじゃな…」


 エボノは立ちつくしたまま青い顔で側近に何やら目配せをしている。

 「そ、そんな話に…いや、ああ」

 スボウジュが詰め寄る。

 「いいかエボノ、幻翁さまのお墨付きだ。摂政でもこれには逆らえぬはず…」

 「そ、それはそう、だが…」

 「明日だ。やるなら早いに越したことはない。お前たちが妨げようと企んでもどうにもならんぞ、明日だ明日」

 「い、いくら何でも…」

 スボウジュがちらりと幻翁を見やる。

 「いいですね、幻翁さま」

 「いいだろう。我らも地下ここに長居は出来ん。この目でしかと見届けようじゃないか」

 エボノは慌てて国防長官のフスーブを指さして叫んだ。

 「おいっ長官っ。いいのか、いいのか。明日だぞ、明日うっ」

 しきりに爪を噛みながら取り巻きの顔を見回すフスーブに向かってエボノは声を裏返させながらもう一度尋ねた。

 「ジュンビハイイカ、ト、キイテルノダッ!」

 「は、はいっ、いい…いいで御座いますっ」

 額から冷や汗を垂らすフスーブが思わず立ち上がって答えた。大きな腹がテーブルにぶつかって食器がガシャンと音を立てた。

 「間に合わせます…明日、明日までに…」


 「やってみせる。この俺が。世界がこの力を必要としてる」

 力強く拳を握りしめたスボウジュを扉の隙間から、凛はじっと見守っていた。

 視線に気づいたスボウジュが胸を張りながら微笑んだ。

 「ありがとう、凛。おまえが背中を押してくれたから…」

 身を隠すように扉の陰から手を振って微笑み返す、凛の目が潤んでいた。

 「王子さま、ついに…」


 喧騒の宴は幕を閉じた。

 来賓用に空気に満たされた部屋は、少し暑く湿気も多く感じられた。

 「なあ、夫羅よ」

 目が冴えたままの島二郎が海藻で作ったという煙草の紫煙をくゆらせる。

 「どう思う、上手くいくかね」

 「なあ、島。たまにゃ他人を信じてもいいんじゃねえか。あの坊やの目は、本物だぜ」

 「それと結果は別だろ」

 「ん、やる前から失敗すること考えるなんて、島らしくねえじゃねえか」

 フーッと煙が吹き上がる。

 「そうだな…だが俺は最近、よく判らねえんだ」

 「人間ごときが何にも判らねえのは昔っから当たり前ってことよ」

 夫羅も煙管に海藻煙草を詰める。島二郎が火を点ける。

 「がむしゃらに戦ってきたが、何か変わったか」

 「何にも変わらねえ、ってのはいいことだ」

 「そうかね、むしろ悪くなってねえか。俺たちは現世を守りたい、なんて大そうなことぬかしてるが…その実、人間の都合のいいように物事を押し付けてるだけじゃねえか」

 「そうだなあ、しかし地上じゃ人間が一番大きな力を持ってるんだから仕方ねえだろ」

 「その力を、人間は己の為だけに使ってますますおごり高ぶるようになった、そう感じるのさ」

 島二郎は大きなため息を、紫煙に紛れて吐き上げた。

 「案外あのアクラって野郎の言うことも正論じゃねえか、ってな。一方的な正義の押しつけだ、って云う」

 「なんだい哲学者気取りか。どのみち俺たちは翁を信じて従うしかねえだろ」

 「そりゃそうだ。だがこのまま疑問を抱えたままで、流されるように、戦いなんて名の殺生を続けてもいいものか、と…」

 「じゃあ降参しろよ。白旗挙げて、さあ殺してくれ、ってな」

 「バカ言うな、そう簡単じゃねえだろ。だからちょっと考えてみたいんだ」

 「俺たちの頭で考えてどうなるもんでもなし…さあ、練るぞ寝るぞ。いい加減疲れた」

 「ああ…」


 水の匂いがどこか懐かしく感じた。

 人間は皆、羊水の中にその命を育むという記憶がそうさせるのか、あるいは遺伝子に組み込まれた本能か。

 ぬるむ水が揺れる音に包まれた夜は穏やかに過ぎ、やがて朝が訪れた。

 光り出す発光キノコたち、時を告げる鐘の音。水門は閉じられ王国の乾いた大地が姿を現した。


 つづく

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