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洞穴の刺客

 長良川に黒い波動の猛毒を流した黒河童たちを討伐するため上流へ急いだ幻翁げんのおきな一行。

 上有知こうずち湊の北、長良川と板取いたどり川の合流点で水中から出現した黒河童たちを苦戦の末に倒したが、肝心の拠点は北東の湯の洞にあるという幻翁に従い、彼らは山道を北上した。


 「ここか…確かに妖気がバンバン匂ってくる」

 芥子菜からしな組の兆次ちょうじが呟いた。草むらに紛れるように存在する洞穴の入り口から湿った空気が漏れだしてくる。

 「入るぞ」

 幻翁が先導する。

 滴り落ちる雫は肌に刺すような感覚を伴う。

 「この刺激は妖気…まさに暗黒の波動に満ちている、な」

 薄暗い洞穴を、足場を確かめるように進む。目の前を這いずって横切る多足類の奇妙な蟲を避けながら。

 「ひいっ」

 夫羅ふらが顔に付着したゲジゲジを手で払う。

 「気味が悪いったらありゃしねえ。しかし、こんなところに地下水脈が続いているとは」

 「続いている、のではないな…シッ」

 幻翁は急に皆を制するような手振りをして自らも身を伏せた。

 「ヤツらが掘った地下運河、だ」

 洞穴の中、遠くで小さな光が動いている。

 「光茸蠅ヒカリキノコバエじゃないぞ、あの動き」

 ゆっくりと近づいてくる。

 「おそらく…衛兵」

 息を呑む一行は岩場に身を隠す。照らすような行灯の明かりが右へ、左へ。

 「見つかったか…」

 相手は二人。うすぼんやりと見える忍者服の胸に黒河童派のエンブレム。

 「そうか、やっぱりアジトはここか…」

 ぬるい風が吹き抜ける以外には、洞穴は静寂に包まれたまま。

 「来るぞ」

 夫羅が覆面で口を覆う。同時に鋼弦に手を伸ばす。

 足音はもう目の前。


 「来たっ」

 頭上に掲げられた行灯が、幻翁はじめ一同の姿を照らし出した。

 「曲者っ」

 敵が叫ぶや否や、夫羅の鋼弦が河童の衛兵の喉に絡みついた。

 「ううっ」

 敵が胸の前に構えた銃が目に入る。

 「させるかっ」

 腕を取り引き倒す。ものの一瞬、流れる動作の締めくくりに、夫羅の匕首が衛兵の首を掻き切っていた。

 「そっちは…」

 もう一人の衛兵も、島二郎の抜刀で真っ二つにされ、もの言わず息絶えていた。

 「よしっ」


 だがもう一人いた。

 暗闇の中にバチっと赤い光が見えた。続いて銃声がこだまする。

 「侵入者め、撃ち殺してやる」

 幸い銃弾は暗闇に的を外れ、洞穴の天井を一部削り落とした。すぐさま二発目の弾丸を装填しようとする衛兵。

 「銃の弱点だな、この間、が」

 芥子菜からしな組が左右から挟み撃ち。その場で息の根を止めた。


 「うっ」

 鳴り響いた銃声に呼応して、一気に洞穴の中が明るく照らされた。蟲たちはガサガサと、一斉に影を求めて逃げさまよう。

 「曲者だっ、誰かが侵入したぞっ」

 声とともにピーッという呼子の音が幾重にもこだまする。

 「見つかった」

 張り巡らされた瓦斯ガスの管が見える。洞穴全体をまるで昼のような明るさに変えたのは無数の瓦斯灯だった。

 「すげえな、この明るさ。河童ってのは賢い連中だよ、まったく」

 島二郎が吐き捨てる間もなく、洞穴内の隠し扉から次々に衛兵が飛び出してきた。

 「感心してる場合じゃねえ。さあ、おっ始めるぞっ」


 あっという間に数え切れないほどの黒河童が幻翁たちを取り囲んだ。

 「だが数の差が勝負の決め手じゃねえ」

 島二郎が突進、その勢いに思わずひるむ黒河童を斬り倒す。夫羅が匕首が括りつけられた鋼弦を振り回して援護する。

 「俺たちもいくぞ」

 芥子菜組が左右に展開。群がる黒河童たちと刀をぶつけ合う激しい火花が散る。

 だが芥子菜組の立体フォーメーション戦術は洞穴内では天井の低さが災いして使いこなせない。一進一退の攻防。

 「奥へ進めっ、とにかく前進だっ」

 先頭を切って島二郎が斬り進む。

 「判ってる、ての」

 負けじと夫羅が駆ける。

 再び眼前に赤い光、そして銃声。舌打ちする夫羅。

 「ちっ。だから、銃なんてもん使いやがって。一発打ったら二発めまでの間が…えっ」

 次々に炸裂する閃光、そして途切れなく続く銃声。

 「な、なんだ?」

 激しく撃ち込まれる銃弾の雨あられ。思わず身をすくめた。島二郎が叫ぶ。

 「伏せろっ、岩場に身を隠せっ」

 洞穴の奥に設置された二つの大きな円筒が、回転しながら切れ間なく銃弾を放つ。その激しさは敵味方を問わない。

 「む、無差別じゃねえか…」

 

 「ぐははは…」

 無慈悲な炸裂音鳴り止まぬ中、二台の機械式連発銃の間に立つ男のシルエットが瓦斯灯の明かりに浮かび上がった。


挿絵(By みてみん)


 「死ね」

 胸には誇らしげな黒河童派の紋章。迷彩色の覆面ごしに歪んだ笑みがこぼれる。眉間の大きな傷跡さえも誇らしげに見えた。

 幻翁が身を乗り出した。

 「お前が首領の…」

 「ふはは、いかにも。黒の旅団・総帥、ザヒム=ディ・アクラ」

 「無差別に人を殺めるとは黒河童も地に堕ちたのう」

 「無差別に河童を虐げ殺してきたのは人間たちの方だ。我々は一方的な正義の押し付けに立ち上がった戦士だ、聖戦の」

 銃身の束の回転がますます速度を上げる。

 「聖なる戦いにしちゃ物騒過ぎじゃな、その代物」

 「ふっ、偉そうに語るな。人間もこいつを欲しがってる。そのうち海の向こうでこいつが使われはじめる」

 「なんだと?」

 「黒河童派はあらゆるところで人間に紛れ込んでいる。今までも、我らが開発した武器を人間たちは喜んで買っていった…ふふふ」

 「武器商人…」

 「買う側、使う側に非があるのさ。いい話じゃないか。我らの武器で人間同士が殺しあう。我らは手にしたカネで、また人間を殺す武器を開発する…」


 岩場に身を潜めながら歯軋りをする幻翁たちをあざ笑うように立ち尽くすザヒム=ディ・アクラ。

 連発銃の激しい音がいつまでも洞穴内にこだましている。


 つづく

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