心を交わす
いつまでも子ども扱いされることに不満を募らせるスボウジュは夜中に居室を抜け出し、天守の物見櫓に忍びこんだ。
そこには物憂げな凛が佇み、スボウジュが心を開いてくれないことを嘆き、涙を流していた。
自信のなさを吐露するスボウジュに、凛は父から訊いたという神殿の秘密を話しはじめた。
「王家の血筋だけが、神殿の力を引き出すことができる…」
スボウジュは驚いた。
「俺が、か…しかし、その神殿の力、って何だ、凛」
「確か、この国にはもう使われていない古い神殿があるでしょ?」
「あ、ああ。ここから見えるはずだ」
スボウジュは凛の腕を掴んで反対側の丸窓まで連れて行った。
「新しい神殿があれだ、見えるだろ。その奥の水藻が生い茂る林に埋もれるように…ほら煙突みたいなのが」
「ああ、あの窯のような」
「そうだ。もう一部は崩れかけているが、かつてはあそこに火を灯してあったらしい。今でも王家の者と神官以外は立ち入りが禁じられている」
窓からじっと、凛はふるい神殿を見下ろしている。
「あれが神殿…古い神殿…」
スボウジュは笑い出した。
「だが神殿の力、なんてマユツバものさ。昔は『竜が棲む』なんて畏怖の対象だったらしいが、今ではご覧の通り、ただの廃墟」
凛が首を横に振る。
「違うわ。強い波動の力を竜に例えたのよ。父は神官たちとも貿易してたから間違いない」
「貿易なんて関係ないだろ」
「あるのよ。神殿の炉近くで波動を浴びた石は地上で宝石として高く売れる。そして炉の力を調整する温度管理に必要な辰砂は地上でしか採れない」
腕組みをするスボウジュ。
「そんな取引が…しかも神殿の炉が利用されていたとは」
「ええ…神官たちは、王家が古い炉の鍵を開ければ、もっともっと強い波動を浴びた高価な宝石が出来るのに、って嘆いてたらしいの」
スボウジュが首をかしげる。
「鍵?」
「ええ。炉を起動する鍵がどこかにあって、それは特定の周波数と共振してはじめて役割を果たすらしいのよ」
「く、詳しいんだな…凛」
「ふふふ、私は嫁入りに来たのよ、ここに。何にも調べずに飛び込むほど無鉄砲じゃないわ」
今度は凛がスボウジュの手を握った。
「その周波数っていうのが、王家に流れる血にあるらしいの。だから、あなたは特別な人。わかる?」
悪戯っぽく微笑む凛。
スボウジュも心の中に光が差したように思えた。
「そうか…王家の血、つまり俺は特別ってわけか」
「だから、あなたは無力なんかじゃない。自信を持って欲しいの…」
スボウジュが手を握り返そうとした時、凛は急に丸窓の横にあるハッチに手を掛けた。
「ねえ、ちょっとお散歩してみません?」
「えっ」
「この外。わたしも見てみたいの」
手で振り払うような仕草のスボウジュ。
「外に出ようってのか、そりゃあ無理だ。もしバレたらエボノや高官たちに大目玉食らっちまう」
少し寂しそうな顔をしてみせる凛。
「あなたは王子、でしょ。さっきも言ったけど、国一番の力を持ってる。誰に気兼ねする必要があるの?」
スボウジュに近寄り、襟元を握る。
「それとも…私と一緒ではお気に召さないかしら?」
甘い香りとともに、凛が顔を寄せる。その澄んだ瞳、その笑みに釣られてスボウジュも笑顔がこぼれる。
「まさか…大歓迎さ」
「確かに、俺が王子なんだから誰にも文句なんか言われる筋合いは無いよな」
言いながらスボウジュは懐から小さな金属棒をいくつか取り出し、丸窓を固定する金具に引っ掛けて外し始めた。
「こういうのは得意なんだ、俺」
まるで器用な盗賊。
「さあ、開いたらすぐに飛び込んで」
ガキンという音がして窓が外れた。一気に水が流れ込む。二人は窓枠に手を掛けて身体を支えながら急いで外に出た。
「窓は水圧で勝手に閉まる。水を汲み出す弁を開けておいたから大丈夫だ」
ゆらり、二人は水叡殿を出、河童の王国を漂った。
真っ暗な地下水の湖、清い水がそよ風のように流れを作る。
街のあちこちには見張りの光が薄ぼんやりと揺らいでいる。赤、黄緑、青、点滅を繰り返したり、回転したりしている明かりも見える。
照らされる街は静寂。いろいろな形の建物が、明かりに照らされ輝いたり、影になったり。
「これが、これが我が国、か…」
スボウジュは水に揺れながらじっと見下ろした。
「初めて見る、自分の国だって言うのに。こんなに美しい景色が、こんな近くにあったっていうのに」
凛はスボウジュの腰にしっかり抱きついている。
河童族の血を半分引くため鰓呼吸は出来るが泳ぎは河童ほどには上手くない。
「あ、あそこ」
北側、やや東寄りの、空気田噴出口近くを眺める凛。
「あの塔、すごく高いのね」
「あれは『東の寺院』、今の水叡殿が出来る前の王城だったらしい」
「綺麗ね」
「観光地にもなってる。夜はとくに照明を凝らして相当美しいって話だ」
「行ってみましょうよ」
「そうだな」
二人は幻想的な、世にも美しい水の街の夜景に酔いながらじゃれあって過ごした。
「ここは王立公園だね」
「なんか、キラキラしてる…」
「発光エビだ。普通なら地面にもぐってる時間だけど…最近水温が高いからなあ」
「ふふ、夜遊びってとこね」
「俺たちと一緒だな」
この街がある。美しい街が。自分の国、自分の街。
「誇らしいよ。いい街だ、いい国だ…」
北の外れの小さな空気孔のまわりに人だかりが見える。凛が指差した。
「なんだか賑わってるわね」
「ああ、ちょうどいい。行ってみよう」
派手な明かりが幾つも並んでいる。お祭りのような人ごみに二人は紛れた。
「可愛いっ」
凛が声を上げた。
スボウジュは両手の指でハサミの真似をしてみせる。
「ああ、白金蟹だ。白金蟹の舞い、だ」
「白金蟹?」
「地下深くに白金の金鉱があるらしく、そこで生活するうちに身体に白金の砂が付着するんだ。貴重な蟹だから採ったり傷つけると罰せられる」
今度は凛が、その白金蟹の不思議な動きを真似して見せた。
「踊ってるけど…」
「求愛行動さ。今が繁殖期、光に寄せられて毎年やってくる。白金に明かりが反射して綺麗だろ、だからこうやって見物人が集まる。いい観光地さ」
「ほんと、可愛い。ああやって意中の相手に気持ちを伝えてるのね…」
凛がスボウジュの腰を抱く手に力が入る。
「あ、ああ…」
少し顔を赤らめるスボウジュ、慌てて周りを見回した。
「あれ、見物人もみんな恋人同士、か…俺が何者か、なんて誰も気付いてない、いや、気にしちゃいないってわけか」
他の見物人たちがそうしているようにスボウジュと凛も、薄明かりが揺れる中で手を握り、抱き合った。
つつましやかに、でも平穏で笑顔にあふれている毎日。そんな人々の暮らしぶりに、少しだけ触れたような気もした。
「いい国だな。ここは」
人ごみの中、スボウジュは呟いた。
「生きるって、生きてるってこういうことなのかな…」
その胸に、凛はぐっと顔をうずめた。
「うん、生きてる。私たち…」
どれだけ時間が過ぎたことだろう。
「よし大丈夫だ、まだ気づかれてない」
美しい夜の街の夢心地もそのままに、二人は水叡殿に戻った。
「その出っ張りを、そうそう、ぐっと引き上げて…同時にやるんだよ」
「え、えっと。これでいい?」
まるで何事もなかったように物見櫓は静まり返って元のまま。
「ここを嵌めて、ああ、大丈夫」
丸窓を元通りにして水を汲み出すポンプを作動させる。
凛は濡れた髪を絞るように拭きながら微笑んだ。
「ありがとう、王子さま」
「王子、なんて堅苦しい言い方だな…」
そっと、濡れた肩に手を回すスボウジュ。
「すっかり冷えちゃってるじゃないか、身体」
「ええ…」
かき上げた髪から白いうなじへ、ツーっと撫でるように水が流れる。
スボウジュは、凛の潤んだ大きな瞳から視線を逸らすことは出来なかった。
「凛…」
二人の絡ませた指は、朝を告げる鐘が鳴るまで離れることはなかった。
つづく




