序章『噂話』
三月初旬。出会いの季節でもあり同時に別れの季節でもある春。
一年二年生は終業式間際で、三年生にとっては思い出に残る卒業式を目前にしたある日。
在校生組の中では゛ある噂゛が蔓延していた。
「はーい! よってらっしゃい聞いてらっしゃい!! 白神紗良ちゃんのニュース速報だよ~」
私立黎明館学園では最早名物となっている朝の学生ニュースで知らない者がいない程の人気だった。
赤みがかった茶髪で肩の辺りまでストレートに伸ばした髪を遊ばせながら白神紗良と言う少女はプリントを高々と掲げた。
「さーて、みんなは『咲かない桜の木』の噂は知ってる?」
クラスの全員が口々に知ってるなどの声をあげている。そんな皆の反応に満足しながら紗良は頷いた。
ーーー『咲かない桜の木』の噂はここにいる全員、いやこの黎明館学園の生徒は皆が知っている都市伝説だった。
校庭には一本だけ春が訪れても絶対に咲かない桜の木がある。
色々と説が飛び交っているが、どれも決定的なモノにかけるような噂ばかりだった。
曰く、その木の根本には死体が埋まっていて呪いがかけられている。
曰く、その地には昔から地底人が居て栄養を吸いとっている。
曰く、どこかの世界に繋がっている。
曰く、何かを封印している…等々。
実際気味が悪いからと、生活担当の教師が木を斬り倒そうとしたが何故か立て続けに事故が起きてしまうので誰も近寄らないし、そんな噂が発生してもおかしくはなかった。
そう、もう一種の『都市伝説』と化してしまっていた。
そうなってしまっては普通は誰も近寄らないモノなのだが、ここに約一名興味を持ってしまった。
白鐘紗良ーーーー黎明館学園広報部部長で就任したばかりだが、こんな都市伝説だけでなく、他の情報能力も半端ないものだ。
なので歩く広告塔、歩く拡声器、歩くニュース等々といろんな称号がついていた。
さて、実はここまで色々目立って来た彼女だが、物語の主人公は彼女ではない。
「あれ? そう言えばユウは?」
紗良が教室内を見回すが目的の人物はいなかった。
そして同時に始業のチャイムが響き渡る。
「白神さん、もうチャイム鳴ったわよ。さっさと自分のクラスに戻りなさい」
キリッとした眼光を持つ絶対眼鏡ッ娘学級委員長が紗良よりも控えめなお胸様を張りながらビシィッと音が付きそうなぐらいの勢いで指を指す。
「もー、いーんちょは相変わらず頭固いんだから。あ、そうだユウ知らない?」
相変わらずはどっちだ! とツッコミたかったがそんな暇もないと思い紗良の言う人物の行方を告げる。
「十崎くんなら多分校舎裏か体育館の裏じゃないの? 今一番シーズンでしょ彼」
さて、場所が代わり体育館裏には一人の少年と一人の女子生徒がいた。
このシーズンでは青春の一ページに追加される甘酸っぱい思い出として定番だが、雰囲気は張り詰めていた。
「あのー、何だかとっても不幸な臭いしかしませんけど…ご用件は?」
すると金髪ガングロにビックリするような体躯の女子生徒が口を開く。
「アンタさー、前々からアタイのことやらしい目で見てたわよね? 悪いんだけどアンタみたいなのタイプじゃないのよねー。でも勘違いされたら困るし、これを機にストーカーみたいなことされるのも引くしー、カレシがアンタをボコるって煩いんだよねー。ま、アタイって愛されてるからそれはいいんだけどー。だからさーアンタには悪いん」
「あ、すいませーん。俺ちょっと最近のKGBDの言葉がちょっと理解出来ないんですよねーッ。ですんでまたいつか来世で人として出会いましょう! じゃぁ!」
スタスタスタとその場を去ろうとする少年。
「うぉおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいぃいぃぃぃぃぃッ!!? ちょっと待てやゴルゥラァッ!!」
物陰から飛び出てきたのはなんとそっくりな彼氏の登場。
「てンめぇッ!! 人の女になんつー事言ってんじゃゴルゥラァ!!! いっぺん死なせたるぞ!!!!」
「あー間に合ってます」
ああン!? とかなり勢いづいている彼氏に気を良くしたのか彼女は大根も真っ白になるような芝居でよよよ、と泣き崩れるしぐさをし、一気に捲し立てる。
「ねぇアイツ気持ち悪いよー。今すぐボコッてぇー」
「おお任せろヤブボァッ!!!!?」
かなり息巻いている所に顔面キックの会心の一撃が決まった。
「あー、………………………大丈夫?」
ちょっとやり過ぎかなーとドギマギしている少年は頭をポリポリ掻きながら白目を向いて倒れるKGBDMをつつくが反応はない。
「…………………………………」
「…………………………………」
なんとも言えないこの空気に耐えれなかったのか無言で立ち上がる少年はくるりと反転し、
「じゃっ!」
爽やかにその場を去っていった。
数秒遅れて後ろではふざけんなこの野郎ファーーーック!!!!! と言う雄叫びが聞こえたが無視をした。
人生何事も無事平穏がいいよね♪ と少年、十崎裕人は主人公らしい表情で晴れ渡る青空を遠い目で眺めていた。
さて、そんな日常があったせいか、もうHRが始まっていたので廊下は静かだった。
正直こんな調子で十崎裕人は事あるごとに絡まれてしまうせいか学園内では不良と言う評価を貼られてしまっている。過去にも何度かあのような絡まれ方をしているので毎度の事と言えば毎度なのだが、裕人本人としては無事平穏な学園生活をしてみたいと常日頃思っている。
だが、
「あーっ、不良発見!」
「おいちょっと待ちなさいそこの歩く拡声器。何か今何気に人の事酷い言い様してなかったかね?」
裕人を呼び止めるは白神紗良だった。右手には小さな手帳を持っており、彼女がそのスタイルで出歩くときは大抵噂話を各クラスに広めに行くときだ。
「てめぇ、まーた噂話を広めに行くのかよ…よくネタ尽きねーよな」
「だぁってぇ、私のライフワークだよ? これがなきゃ生きていけないよ。アンタだってなーんでこう毎日毎日絡まれるの?」
知るかと裕人がぶっきらぼうに言うとそのまま教室へと向かった。クラスは違うがここに紗良がいるということはHRはもう終わっていると見た方がいいのだろう。別に無理して急ぐ必要がない。
スタスタスタと歩くスピードに合わせて紗良もついてくる。
「ユウに聞かせたい話があったからクラスに行ったのに居ないわいーんちょさんには怒られるわでもー散々だよ。だからユウは聞く義務があると思うんだよね?」
「ヤだ。聞く義務があろうがなかろうがどうせつまんねー話でしょうに。だから聞かない」
えーっ! と後ろでギャーギャー騒いでいる拡声器の電源をどう落とそうかと考えていたところあれ? と裕人は思った。
何かいつもより静かではないだろうか。
HRが終わったら大体は次の時間まで賑やかなのだが、何かいつもとは違う雰囲気があった。
「何か……いつもより静かだよな。何かあったのか?」
だから、と紗良は話を聞かない腐れ縁に頬を膨らませている。
「そうだよー。『何か』あったからユウに用事があったんだよー」
そして、白鐘紗良はある意味知る者にとっては爆弾発言を投下する。
「あの『咲かない桜の木』が咲いてるんだよーッ」
裕人が教室に戻るとクラス内がざわついていた。
殆どと言っていいほどのクラスメート達が窓際に張り付いていた。
「何だこりゃ……凄い騒ぎじゃねーか」
「あ、十崎くん。貴方どこへ行ってたの!? もうHR終わったわよ!」
「いやいや!? そこですかッ!!? いーんちょさん何かお一人様だけ論点ずれてる感じしますけど何故ッ!?」
だが、当の本人はあっけらかんと、
「桜の木が咲いたんでしょ? 普通じゃない」
いや世間一般ではそうなのかも知れないがこの黎明館学園にとっては全く普通ではない事なのだ。
初めて見る『咲かない桜の木』の満開は想像してたのより普通と言うのが物足りなさを感じている裕人だったが、クラスの委員長は腑に落ちない顔をしていた。
「どうかしたのかいーんちょ?」
「…………………………………………………………………………………………………………いえ、多分気のせいだと思う」
だが学級委員長は難しい顔をしたまま何かを考えている。
「うらージャリども! 気になんの分かるけどさっさと席につけ出席取るぞ三秒以内はい、いちにさ」
ガタタガタッと慌てて席につく生徒たち。紗良も不味いと思ったのかさっさと退散する。裕人だけが、
「とぉざぁきぃ~テメェは後で私刑な」
「理不尽ッ!?」
と言うがHRをサボっていたのはいただけなかった。裕人の叫びを半ばスルーして担任教諭の足利由利音はそのまま気だるそうに今日はもう全員帰れ以上。とだけ伝えるとさっさと職員室へと戻った。恐らく会議があるのだろう。
本来ならここでやったーと叫ぶはずだが、クラスの全員は素直に喜べなかった。やはり話題はあの『桜の木』だった。
「……なーんで皆して顔が真っ青なんだ? 確かに気味が悪いっちゃ気味が悪いけど……そこまでざわつくかね?」
「そっか、十崎くんは白神さんの話を聞いてなかったのね」
ふと、学級委員長は興味無さげにポツリと紗良が残した噂の続きを言った。
「あの桜の木が咲いてしまったらその下に『幽霊』が出るんだって」
在り来たりよねと学級委員長は鼻で笑っていた。