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 ――〝青春〟って、スバラシイ。って思うの。

 何故かって言うとまぁいろいろ理由はあるんだけどね。そのひとつに『夏休み』があるからなの。

 誰の顔色を窺うこともなくて『夏休み』が取れる。有給休暇みたいな概念じゃないの。っていうか一年間のスケジュールに元からそれが組み込まれてるの。


 なにそれすごーい。っていうかありえな~い。


 いやね。分かってるわよ? もちろん部活動だとか、課題だとか、海外留学だとか、受験対策だとか。とにかく学生だってたくさんやる事があるのは分かってるんだよ?

 でもね、繰り返し言うけどね、一年間のスケジュールに『夏休み』っていうのがスケジュールとして組み込まれてるの。それは公的な意味での『休日』なの。

 ――わかる? お兄ちゃん、その意味が わ か る ?

 わからないだろーなー。お兄ちゃん、まだ十七歳だもんな~。

 ……あっ! わたしも十六歳なんだけどね!?

 いい!? これは決して愚痴なんかじゃないんだからねっ!

 けっして〝度の過ぎたブラコンのせいで行き遅れかけとか噂されてたどこかの宇宙に存在するアラサー女の戯言〟とかじゃ無いんだからねっ! よーし、お兄ちゃんっ、そういうわけで海に行こうねっ!


 ――というわけで、僕たちは海に来ました。

 近場にダイビングスポットなんかもある地元の浜辺は、大勢の海水客で賑わっていた。燦々と輝く太陽が照りつけるなか、ざざーん、と寄せて返す波の音は、人の喧騒のせいでとても届かない。

「おーい! こっち焼きおにぎり三つと、やきそば二つー!」

「ジュースの代金ここに置いときますねー!」

「あのー、注文したのまだ来ないんですけどー」

「え、アルコール置いてねーの? マジで」

「ねぇねぇ、キミ、バイト終わったらヒマ? オレたち明日ライブやんだけどチケット一枚どうかなぁ? ――あ、そう。マジメだなぁ」

 僕たちに海の音は届かない。

 代わりに聞こえてくるのは、かるく百度を超えた鉄板の上で油が弾ける音だった。外も四十度に近い猛暑のなかで、目に見えて立ち込める水蒸気と、それをフルパワーで吸いあげる換気扇のプロペラ音だ。

「お兄ちゃん! 鉄板空いてるっ!?」

 調理場に繋がる扉の方に、妹がひょっこり顔を出した。

「いけるよ、オーダーどうぞ!」

 前髪から汗がこぼれ落ちないよう縛ったバンダナをもう一度しめなおす。予備のヘラでこびりついた鉄板の汚れを落とし、塗りたくった油引きで万遍なく鉄板の上を走らせた。

「海鮮お好み焼き三つ、焼きおにぎり四つ、それからフランクフルトも五本っ」

「お好み三、おにぎり四、フランク五、了解、表に置いてある電気ケトル、お湯まだ足りてる?」

「やばいかも。そこにあるのと交換しとくね」

「うん。頼むよ」

 応えながら台の下から材料を取りだす。フランクフルトはパッケージを破き、隣のコンロの上でぐつぐつ茹っている鍋の中に突っ込んだ。

「あっ、叔父さん、かき氷用の氷もらっていきますねっ!」

「おうおう持ってきなぁ!」

 そして僕の後ろ。フライパンに油をひいて、食材に火を通している父方の弟――僕らの叔父にあたるその人は軽快な笑みを浮かべた。

「上出来やで二人とも。兄ちゃんの方は去年以上に手際ええし、妹の方もバイト初めて言う割には、しゃんとやれとうやないか」

「……〝初めて〟?」

「は、はじめてだもんっ! わたし、今年で高校生になったばかりだから、これが初バイトデビューなのっ! 文句ある!?」

 ございません、と言うと、妹は納得いかない風な顔をしながらも、てきぱきと動きはじめた。

「にしても助かったぞ二人とも。まったく最近の大学生と来たらとつぜん休むは何だでほんと使えねぇ。おまえら、よかったら今年の夏いっぱい、ウチの系列の店手伝ってかんか? バイト代は弾むぞ」

「ありがたいお話ですけどっ、今年の夏は、お兄ちゃんとあっちこっちで、ベタベタする予定なのではわわ氷冷たああぁいっ!」

「はっは。おまえらほんと昔から仲良かったよなぁ。昔は人前構わず、妹の方がえぐり込むようにちゅーしよったもんな」

「お兄ちゃんへの愛で溢れてましたから! 今も昔もお兄ちゃん一筋です!」

「はは。……念のため聞いとくんだけど、ちゅー以上のことしとらんよな?」

「ふっふっふ。吉報は未来に在り、ですっ!」

 言って。未来妹は跳ねるように調理場を出ていった。

「……おい、ありゃどういうこった、なぁ長男?」

 そんな目で見ないでください。僕は何もしてません。


「ふ……労働最高……」

 ざ、ざーん、っていう波の音がよく聞こえた。

 遮るもののない、吹き抜けた風はずいぶんと冷たい。水平線の向こうに太陽の一部は沈みかけていて、オレンジ色の斜光が砂浜に腰を下ろした妹の横顔を照らしてた。

「君、今から泳ぐ気ある?」

「あるわけなーいー」

 結局、朝の十時頃から夕方過ぎまで、叔父が経営する「海の家」でフルタイムで働いた僕たちは、往復の電車料金を含めて結構な額のバイト代を稼いでしまった。

 日暮れまではまだ時間的な余裕はあるけれど、近くのシャワー室で一度労働の汗を流してしまった今は、泳ぎ回るよりも、のんびり砂浜に座っていたい気持ちの方が強かった。

「んー、ダイビングしたいなー」

「この時間に潜るの?」

「うん。夜の海も綺麗なんだよ。わたし免許ライセンス持ってるし――」

「え、免許ってスキューバーダイビングのだよね。いつ取ったの?」

「何時ってそれは……あ、あー……」

 また、未来妹がちょっと遠い顔になる。

「……資格、結構取ったのに……また、勉強しなおし……?」

「なるほどね」

 ひとつ、ふたつ、みっつ。これから先の未来で取ったらしい資格を思い返すように指折り数えて、未来妹はビニールシートの上で転がった。

「うわーん。勉強頑張ったのに~っ。また一次試験からやりなおしだよ~っ!」

「ご愁傷様です」

「なにそれ! 大体お兄ちゃんが悪いのよっ!」

「え、なんで?」

「だって! 素直に奥さんと別れて、わたしと一緒になってくれてたらっ! こうやって過去に跳んでくることなんて無かったんだからねっ! はくじょーものっ!」

「仮にそれが実現してたら、それはそれでひどい話だと思うけどね」

 果実ジュースを傾けて、一息。

「ご飯でも食べて帰るかい?」

「泳ぐ」

「うん?」

「泳ぐっ!」

 アルミ缶を『メキャアッ!』と握り締め、未来妹が立ちあがる。シースルーの上着に手をかけて一気にめくりあげ、髪留めのシニョンもさっと外す。

「ほら、お兄ちゃんも脱いでよ」

「……本気? パーカー着てる今でも結構風が冷たいんだけど」

「脱いで」

「はい」

 脱ぐ。水着はお互い履いていたけれど、脱がなければ間違いなく脱がされていた。僕たちは一度叔父の「海の家」に戻り荷物を預かってもらって再び海に向かった。

 ――しんしんと冷たい海水が、踝から腰に。それから胸元まで持ちあがる。

「あははははは! 冷たい! 寒い~っ! うにゃー!」

「君、ちょっと落ち着こうか。足吊ったりしたら危ないよホント」

 ――というか僕の記憶だと、妹は『海が苦手』なはずだった。

 むかし家族で海に出かけた時、海月クラゲに足を刺されたのだ。基本的に何でもそつなくこなして物怖じしない一方で、ひどく小心なところも持ち併せている妹は、幻想的な見た目で、やわらかそうな生き物が毒を持ってるとは思いもしなかった。

 腕がまっかに腫れあがって、わんわん大声で泣いてたのを覚えてる。

 それ以来、海には苦手意識があったはずなんだけど。

「あーもう、冷たいなー! 水冷たいよーっ」

 もしかすると、僕の目の前ではしゃぐ『未来からやってきた妹』は、それを経験をしてこなかったんだろうか。それとも、これから先の未来で『苦手』から『好き』に変わるような経験をするんだろうか。

「お兄ちゃんっ!」

 飛沫が散る。

「わっ!?」

 差し出された手をなんとなく掴むと、手前に強くよせられて、顔から思いきり水面に打ち付けた。いくらか塩水を含んでしまって、冷たい酸素を求めて浮上した。

 空の先。僕たちの頭上には流星型の線が奔ってる。夏のリング星座を巡る線が結ばれて、光のように輝いた。足の裏が一掴みの砂を噛んだ時、

「――容赦、しないからね?」

 振り返ったすぐ先に、波に濡れた彼女の顔が見えた。冷たい空気が喉の奥を通りぬけていった時、僕もまた『変わるのかな』と何処かで考えた。


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