on Seven days Ft./continuum sisters.
明日から夏休みがやってくる。
僕たちは終業式をおえて家に帰ってきた。
「――いいですか、二人とも。この夏、まずはお兄ちゃんを分割します」
「げほっ!?」
帰りついて一息つくなり、未来妹から物騒な発言がとびだした。麦茶が大切な器官に入ってむせた。鼻水がでた。
「ぶ、分割って……」
側にいた金髪妹が身をひいている。平行妹は無表情でこくん。
「最終的にはわたしのものですが。話だけなら聞いてやりましょう」
「お、おにいを分割する作業は誰がやるん? ウチ、お肉食べれんのはちょっと」
「何を言ってるんですか、物理的な意味での分割のはずないでしょう」
「あ、そうなんや」
「そうなんですか。生殖に必要な部分を優先的に頂こうと考えていたのですが」
夏とはいえ、昼間から胆が冷えるようなホラー話はやめてほしい。
冗談でもやめてほしい。……冗談だよね?
とりあえず話を聞くために飲み物を運び、お菓子を用意して、扇風機を回して、近所のスーパーの特売チラシを用意して席につく。夕飯何にしよう。
「――それでは第一回。お兄ちゃんのスケジュール分割会議をはじめます」
「あの、議長」
「なんですか、お兄ちゃん」
「夏休みの予定は一応、僕なりに考えているのだけど」
「それではまずはこちらをご覧ください」
ものすごい勢いでスルーされた。
「月曜から土曜日までの間にそれぞれ二日ずつ、優先的にお兄ちゃんを独占して良いものとします。そして日曜日は共有期間として四人で、」
「あの、議長」
「なんですか、お兄ちゃん」
「そこはせめて僕の休暇というか、安息日にして欲しいかなと、」
「それでは曜日毎の担当を割り振りましょう」
僕は空気に徹することにした。今日も空が青かった。
ミーン、ミーン、ってたくさんの蝉の声が聞こえてくる。昔からの風情だなぁとは思うけど、蝉って鳴いた翌日には力尽きてるという話だよね。
最初は僕がまだ八歳。小学校二年生にあがった夏だった。
小学校を卒業する頃まで毎年、夏休みに〝ループする日〟に合わせて、妹と二人で映画館に出かけた。たくさんの映画を見た。
夏休みだったから、平日に町の中心部を小さな子供二人で歩いていても、特に問題はなかった。手を繋いで歩いていれば「仲の良い兄妹だなぁ」という視線を向けてくれるのがほとんどだった。
おかげで『夏休みの宿題』に関しても、手早く片付ける癖がついていた。それはもちろん、何度もループする日に『楽しくないこと』は極力排除したいと思っていたからだ。
そういうわけで八月の上旬から中旬、一年でもっとも暑い時期に『ループする予感』を得た僕たちは、すごくわくわくした。朝起きると二人でラジオ体操に行って帰り、朝ごはんを食べたあと、それぞれの貯金箱を持ちよって相談した。
「子ども二人で、二せん円でしょ。それから、こっちがおやつのぶんでしょ」
「おやつの代金考えないとね。帰りのバスが歩きになるよ」
「えー、ウチ、おかしたべたい! ジュースものみたいん!」
「じゃあ、そっちは僕はたてかえるから」
映画間のチラシを広げて「〝今日は〟どれ見る?」って相談した。
――夏休みに数ある恒例行事の中で。
二人でバスに乗って、街に行って、映画を見る。それから帰りにアイスをひとつ買う。それが当時小学生だった僕と妹の、ありふれた約束事のひとつだった。
「ねぇ、ねぇ、お、おにい、おにいちゃ、」
「うん?」
妹の手がふらふら泳いでた。
市バスの段から降りて振り返ると、カットソーのトップスにショートデニムを履いた妹も降りてくる。手にあるハンドバッグも小さくて、ここ最近で見慣れたラフなファッションだったけど、染めた金髪の上には、リボンのついた麦わら帽子――ストローハットが乗っている。
「やっぱし変かなぁ。このかっこでコレはないんかなぁ」
降りたあと、唾のやや広い帽子を脱いでリボンに触れる。暑い太陽の日差しの下で、僕らはひとまず影のほうに向かった。
「あんね、お、おに、おにいと、二人で映画いくん久々やん?」
「久しぶりだね」
「せ、せやからね。こういう帽子、懐かしいかなぁって」
「うん。僕的には被ってくれてると嬉しいな」
「ふゅ!?」
妹の口からちょっと面白い声がでた。円盤型のレンズ雲に透いた太陽が、その表情を綺麗に照らしてる。
「……じゃあ、被っても、ええ?」
「ええよ。よく似合うてる」
「ん」
妹が帽子の縁を両手で掴む。頭に載せる。
「手も繋いで、ええですか?」
「どうぞ」
手を差し伸べる。僕たちの指先が綺麗にそろう。
ほんの少し力を入れて繋ぐと、なんだかとても懐かしい気持ちになった。
「行こうか」
「うん!」
僕たちは何年かぶりに、二人並んで映画館に向かった。