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Sky Frame under the pentagram.

「もはや安息の地はここにしかないなぁ……」

 平日の放課後、僕は学校の図書棟でのんびりと読書をして過ごしていた。


 二人の妹もその立場を共有して、今日も難なく生きている。

 金髪妹の方は元々、僕に嫌われる為の理由以外にも「学校なんて退屈」という感情はあって(というかそうじゃないと金髪にしたりしないだろう)、平日は外で音楽活動に勤しんだり、モデルのバイトを引き受けたり、声優活動をしたりと自分の芸術的才能に従事して過ごしている。

 反対にタイムトラベル前の年齢が「20代半ば」の未来妹としては、他の大人たちが言うように「もう一度学校生活をやりなおしたい」という想いがあったみたいだ。

 毎日、金髪妹の代わりとして学校に通っている未来妹は、元々は新入生代表に選ばれるぐらい頭がよかった。実の知能指数もそのまま成長したオーバースペック性能を誇っている。それでいて見た目も運動神経も一級品の十六歳だったから、周りからすれば

 『多彩なエリート系金髪ギャルが、清楚な完璧超人黒髪お嬢様(生徒会長予定)にクラスチェンジしやがったぞ!?』という少女マンガみたいな展開だったに違いない。予想通り、人気はまっしぐらに向上した。

「――この本、難しいけど面白いなぁ」

 そして普通に地味な文化系男子の僕は、正直言って目立つのが苦手だ。

 ただ、静かな場所で本を読むのは全然苦にならないから、本音を言ってしまえば、このまま二人の妹が普通に誰かと恋をして、ブラコンを卒業してくれるといいなと思ったりもする。

(それにしても、未来の僕と結婚してくれる人って、どんな人だろう)

 夏至が過ぎた夕方六時。まだ明るくて、ほんの少し夜が訪れるのが惜しいなと思う時間まで、黙々と前世期の海外文学を読み漁り、その感想を自分の日記帳に記していたら、パチ、パチリ、と何かが奔るような音がした。

「……電気?」

 いよいよ効き目の弱い冷房機が壊れたかなと思ったけれど、そうじゃなかった。念のため窓から外を覗いたけれど、雷はおろか雨が降ってくる様子もない。

 ――でも。

 〝円盤雲〟のおぼろげな輪郭が、空の一面で光っていた。

 それは天蓋の空に浮かぶ、あまりにも巨大な蛍光灯、あるいは天使の輪のようにも見えた。

 まだ校舎にも運動場にもたくさんの人が残っていたから、誰かが大声をあげてもよかったと思う。だけど世界は至って平常通りだと言わんばかりに、どこからもそれを指摘する声は聞こえない。

 ――パチ、パチ、パチパチパチリ。

 〝円盤雲〟の放電現象が一際大きくなった。そしてループする様に、くるくると円を描いて降りてきて。とつぜん一点に集合して、ものすごい速さで飛んできた。 ――この場所へ。僕のところへ。

「っ!?」

 カーテンが暴風に煽られた様に揺れる。両足が自分を支えきれず、背が本棚を打ちつけた。ドサドサと、分厚い海外文学がいくらも落ちた。

「う、わっ!?」

 光がぐるぐる踊る。僕の周辺を舞い踊って、それからゆっくりと速度を落として佇んだ。――それは人の形をしていた。

「……っ」

 ゆっくりと色づいていく。光のがすべて人に変わった時。そこには一人、銀色の髪をした、色素の薄い女の子が一人立っていた。

 ぱちりと瞳を開くと、同じようにほんのりと蒼い瞳が見えた。

「旦那さま」

「……ん?」

「わたしの、あなた。いいえ、この時間軸上では、まだ」

「…………うん?」

「〝十七歳のあなた〟ですね。わたしは、あなたの妻〝でした〟」

 形の良い顔のラインと、赤い唇が僕の名前を呼ぶ。呼ばれた名前は確かに僕のもので、思わず頷いたら相手も微笑んだ。

「会いたかった。探してた」

 そっと、細くて華奢な腕が伸びてきた。僕は魅入られたように動けない。

「旦那さま」

 十指の動作がゆっくりと頬をなぞっていくと、ドキドキした。自然な動作で唇の上をなぞられて、それが静かに離れたあと――頬を抓られた。

「あなたは、浮気者ですね」

「……え」

「愛してるのは、わたしだけだと言ったのに。嘘つきでした」

「いや、あの……何が?」

 わけがわからず戸惑う僕に、彼女は少し眉を寄せた。

「一番目の世界は勝ち得ました。二番目の世界は奪われました。わたしはこれより三番目、愛しいあなたを取り戻しに参りました。四度目はありません。口惜しくも二番の結末で、わたしたちは未来の一部を寝取られしまいましたので」

「……寝取られ、って」

「ええ。ですから今度は、わたしが寝取る番なのです」

 そう言って、銀色の女の子は。

「さぁ〝時を上書き致しましょう〟。――同時に世界友愛の義を示しましょう。わたしたちは、あなたがたに裏切られましたが、せめて最期の因子となるあなたを連れてゆき、その生殖と繁栄をもって、わたしたちに対する裏切りを、星の滅亡と共に赦しましょう。この三番目の世界にて、永遠の決着と相成ります事を――」

「ちょ、待っ、」

 ものすごく意味深な、聞きようによっては背筋が凍るどころの程度じゃすまない戦慄を覚えながら、銀色の女の子は深く身体を預けてきた。

『     』

 僕らは最初のキスをした。それは深くまで陥って。脳裏に強く、浮かんだイメージを呼び起こすほどだった。

「ん………ぅ」

 空に浮かぶ、円盤型のレンズ雲。

 あれは。もしかしなくても『エンゲージリング』だったのかもしれないと思った時に、いつもの予感が来た。


 ――『ループ』が終わる。


 〝それ〟を支えていた、疑似重力すべてが消え失せて。


 〝空〟に近しいものが落ちてくる。


「この――お兄ちゃんから離れなさいっ! 宇宙人っ!!」


 思った時、図書棟の扉が開いた。現れたのは未来妹だった。思い切り腕を引っ張られて、まるで人工呼吸する様にキスされた。

「んむぅ……!」

 息を吹き込まれると。

 どくんっ! と心臓が動いた。

 絡まった舌先から、カチり、カチり、と時計の針にも似た鈍い音が聞こえる。


 ――『因子』を活性化します。

 『無限ループ再開』により、各処理の一部が機能停止します。


 root.(time)は、日本時間2032年6月28日

           PM6時30分からの進行を再停止しました。

           再開時は、予備世界の時刻が上書きされます。

           概念顕現は【複製】【再開】を持ちます。

           顕現者は【三次元管理人】です。


 subroot.(1st)は、すでに存在していません。


 subroot.(2nd)は、日本時間21XX年以降の予測演算を継続中です。

            しかし物的な認証がすでに存在していません。

            概念権限は【削除】を持ちます。

            顕現者は【代理人】です。


 subroot.(3rd)は、不明な日本時間を参照しています。

            物的な認証が数点存在します。

            概念顕現は【分岐】【継続】です。

            顕現者は【因子の最終保持者】です。


 以降の分岐、および複製に関しましては、

 管理者である外的存在までお問い合わせください。


 知覚される予備世界を(3rd)を基盤として再開します。


 *


 気づいた時。いつのまにか自宅のベッドの上にいた。

 四肢を押さえつけた〝重石〟をゆっくり除いて体を起こす。窓に掛かったカーテンを開けば、いつのまにか新しい朝が来ていた様で、太陽と青空の間にはいつも通りに〝円盤型のレンズ雲〟が浮かんでいる。それから、

「……また増えた……」

 室内を見ると、そこには現在の妹でも、未来の妹でもない、下着姿の女の子がもうひとり、子猫のように丸まって眠ってた。


 ――レンズ雲がある世界も、未来妹が来た世界も、今はない。

  でも、どうやら僕たちの世界は、これからも続いていく、らしい。


 僕の中にある『ループ因子』が、これから先は選択のみだから、と。

 個人の意志とは無関係に告げていた。


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