Sectial Frames of three parameters
〝油断〟がありました、と未来からやって来たらしい妹は言った。あの後、僕は妹をなんとか引きはがして、家に連れて帰ってきた。
キスをされた瞬間、いつもの予感である「ループが終わった」という感覚に支配されたからだ。
「だから言ったじゃないですか。わたし、お兄ちゃんの妹だって」
家に帰りつくなり、世間一般に浸透しつつあったDNA認証は――自宅の玄関鍵は、確かに僕の妹だと判断してその扉を開いたのだ。
で、今は日曜の昼。
僕ら〝三人〟は、買い置きしていた冷やしそうめんを食べていた。
「――わたしのお兄ちゃんは一生独身で、ずっと側にいてくれると信じてたのに。大学を卒業するなり、わたしを見捨ててさっくり結婚してしまうんですよ」
へぇ、僕も結婚するんだ。うん、それはともかく、妹を見捨てるもなにも、特に間違った選択はしてないと思うんだけど。とは言えなかった。
「へぇ~、そうなんや」
何故ならいま、十年後から来たらしい黒髪の妹(おまけに外見年齢も十六歳に巻き戻っている)の隣には、いつものやさぐれた金髪ギャル風の妹がこっちを睨んでいるからだ。――自分で言っててややこしいけど、一応事実みたいなんだから仕方ない。
「おにい、ウチらのこと捨てるんや?」
「捨てるって……僕ら普通の兄妹だろう」
っていうか、さらりと複数形にしないで欲しい。
「そうなんですよ。大学を卒業してすぐわたしたちを捨てて、別のループ因子を持った女と結婚してしまうんです。ひどいです、お兄ちゃん」
「……ひどいの?」
「だって、わたしたち何千回もキスしてきたのにっ! だからわたし、十年後に開発された〝リングトラベルシステム〟でこの時代に戻ってきたんです」
「一応、勇気だして聞くけど。キス以上のことって、してないよね」
「お、おにいっ! ば、バカじゃないの! 変態っ!」
金髪妹も同意する。何故かいつもの定位置ではなくて左隣に座ってた。
「僕を目隠ししたり紐で縛り付けたりして、キスする直前に、はぁはぁ言ってた君に言われダっ!?」
「ハァハァなんて言うとらんっ! ふざけんなバカっ! しねっ!」
殴らないでください。痛い。そしてそんな僕を気遣う様子もなく、右隣に座る未来の妹が、箸を掴んだこっちの右腕に密着する。
「しましたよ? え、えっちなこと……キスと同じぐらい、しましたよ?」
「はい嘘」
「な、なんでですかっ!」
「兄なので。経験のない事に限って、やたら水増しする癖は変わってないね」
僕は平凡だけど。没個性だけど。
妹のウソぐらいは看破できる能力を持っている。
「むー……これは確かにウソついてる感じなんよ……え、うそっ、ってことは……じゃ、じゃあウチって!」
金髪妹もいきなりハッとした顔になって、
「二十も半ば過ぎとってまだ処女なん!?」
叫んだ。
「ちょっとおぉー!?」
叫んだ。
「ねぇねぇ、処女なん!?」
「やめっ、やめてくださいっ! デリカシーないんですかわたしのバカぁっ!」
「だってっ! だってっ!」
「そ、そうですよ……っ、そうですよーだっ!」
僕の右腕を折りそうな勢いで抱きしめて、未来妹が叫んだ。
「しょ、しょしょ、処女だもんっ! わたし処女だもんっっ!! 悪いんですかっ!?」
腕が痛い。ミシミシ言うてる。
「お、お兄ちゃんっ!」
「はい」
腕を掴まれたまま。それでもどうにか関節を動かしてそうめんを啜る。
「そういうわけですからっ! わたしと結婚して責任とってくださいねっ!!」
「確か昔ね、今は陽炎のように消えていなくなった妹にね、そんな事を言われた気もするけどね。とりあえず腕を離してね。壊れる」
「ば、バカやないのっ!? 兄妹で結婚とかできるわけないやんっ!」
「あなたさっきまで処女処女連呼してたくせにっ、そこで退くんですか! いくじなしっ!」
「べ、べべ、べつにっ!? ウチ、おにいの事なんて!? これっぽっちもそういう妄想してないんやけんねっ!!?」
「ウソです! 専用フォルダ作ってる癖にっ!」
「ふやあああああぁぁぁっっっ!!!??」
「ノーマルとアブノーマルとハイパーモードでフォルダ分けっ!」
「やめてえー! なんで誰にも言うてないのに知ってるんやめてよぅーっ!」
「貴女はもう少し、人の痛みを知るといいんですっ!」
はたしてハイパーモードの自分がどうなってるのか、考えるのが怖かった。
腕が痛い。
「とりあえず、話を全部省略して結論から言うと、実の兄妹で結婚はできないよね」
実は義理でした、ということは無い。二年前に海外出張に旅立った両親が、何故かくどいぐらい僕らに説いていて、妹が「バカじゃないの! バカじゃないの!」と喚いていたことをよく覚えている。
「できる様になりましたよーだ、結婚っ」
「……は?」
未来妹があっさり言った。今はクールダウンも兼ねてか、そうめんをつるつると啜っていた。
「この時代から五年後の研究で〝ループ因子〟を持った二名が性行為をした場合」
「せ、せせせ、せぇこぉい!?」
「セックスです」
「ひゃあああ~~っ!!」
金髪妹が赤面した。予想以上に純情だったんだね。
そして十年経てば変わるんだなぁ、人って。
「とにかくっ、それが近親交配であったとしても、医学的に劣勢遺伝子が〝発生しない〟事が証明されました」
「……発生しない、って」
「代わりに高確率で〝ループ因子〟を持つ子供たちが発生するんだそうです。だけど十年後の未来では、少子化が予想よりも著しく進んでいる背景もあって〝ループ因子〟を持った二名のみ、近親であっても婚礼して良いという法律ができたというわけですよ」
未来妹が言うと、左の席に座った妹もそうめんを啜りながら「ズルいっ!」と声をあげた。
「なんなんそれっ! そんなんウチ聞いてないしっ!」
「未来の話だしね」
「ちなみに重婚の方も許可されましたよ。やはり少子化の影響で」
「ズルいズルいっ! ありえんて!」
「妹、箸の持ち手の先端は痛い、痛い、いたたたたたっ」
「うるさいバカ兄っ、な、なんでウチが……髪、こんな色に染めたり、わざわざ距離取るような態度取ったと思うてるんっ!?」
「え? 世の中が全然つまらんとかいっと、ったあっ!?」
「バカっ、アホっ、しねっ!」
振り上げた腕が半ば本気というか本気で落ちてくる。
「お、おにっ、おにいちゃ……うぅ~! 恥ずかしくて言えんっ!」
僕はセックスと同レベルかい。
「お、おにいのこと、本気で好きになったらしんどいからっ、好みと全然違う方向に走ったんやん! バカァ!」
「そうなの? 金髪も可愛いと思うけどな」
「しねっ! クローゼットの二段目の冬用セーターの間に隠してる本知らんと思うてるんの!?」
「ぶっ!?」
そーめん吹いた。
「お、折り目つけとったやん! はだけた浴衣着とる、見え見えの黒髪ロングのAV女優が、巨乳広げて又広げとるページにしっかり折り目つけとったやんか! ウチが気づかんとか思うてたんかやーらしいっ!?」
「お、思うに決まってるだろ……!」
エロ本の隠し場所を悟られていた。こっちもつい赤面して言い返してしまう。
「君だって、なんで僕のクローゼット勝手に開けてるんだ」
「バーカバーカ! 残念でしたぁ! おにいの部屋なんて天井裏からベッドの下までチェック入れとるし、私物だってポケットティッシュの間まで確認済やもんねっ、ノートPCのパスだってキーロガーで抜いとるから、ネットの履歴から、全ファイルもビットデータ単位で網羅しとるし、表に出した燃えるゴミかて念を入れてこっそり回収しとるから隙なんてないんよっ!」
どやっ!
「……いつからそんな事した、してた、し、して、ててて」
「三年ぐらい前からっ!」
「あ、そうなんだ、ほぉ、へぇ、そう……さんねん、ははっ、はっ!」
「お兄ちゃん、気を確かに」
「死にたい」
「もうキスは済んでしまいましたから、今死んでしまうとループしませんよ?」
「むごい」
「あっ、ウチまだキスしてないっ」
「先延ばしにするんじゃ」
「そうそう。これもやはり十年後の研究で分かったことなんですが。ループ因子の特性として『同一の存在を許容とする力』というものが働くそうです。わたしと若かりし頃の過ちは、」
「若かりし頃の過ちとか言うなぁ! 処女のくせにぃ!」
「処女は関係ないでしょう!? とにかく貴女は同じ因子を共有しているので、どちらかがお兄ちゃんとキスすれば、その時点でわたしたち三人ぶんのループは脱出されるんですよっ!」
「か、関係ないもんっ、してないもんは、してないんやからっ!」
金髪妹は言って、こっちの首をぐきっと捻る勢いで回し、思いきりしてきた。
「未来のわたしだけキスするとか、ありえん!」
「っ!?」
しばらく、呼吸が止まるかと思う勢いでキスされた。そうめんが喉に詰まって割と本気で死にかけた。