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 七月の上旬。

 今年もミンミンゼミが鳴き始める時期が来た。風がいくらも強い一日で、太陽もまだ照りつけるというには程遠い日。

 晴れた空にはいつもと同じ、無色透明の〝円盤型レンズ雲〟が浮いていた。


 たまにはループするのも悪くない。〝妹権〟の『先延ばし要請』が発動された日が、折りよく日曜であるなら尚更だった。

 ループ病に入って、少なくとも損はしないと思える事のひとつに読書がある。

 本だったら図書館でいくらでも貸りて読める。ゲームみたいにセーブが必要でもないから、同じ日を繰り返しても別の一冊を借りれば続きも読める。

 そんなわけで。たまにループをする日は読書をしようと気楽に思った。

 僕は校章の入った夏用のカッターシャツと、グレーのスラックスを履いて身支度を整えた。洗面所に立っている時、「学校行くん?」と聞かれて、鏡の向こうに立つ妹に「図書棟行ってくる」と答えると、すぐに「暇人」と返されてしまった。

 暇人にしてるのは君のせいだよ、とか思わないでもなかったけど。特に何も言い返さずに家を出た。


 自転車に乗って、人口五十万ていどの地方都市を街中に進めば、片道三十分で高校につく。

 シャツの胸ポケットに突っ込んだ生徒手帳を取り出して、内部に入ったIDチップととDNA照合を行い正門ゲートを抜ける。平日は見回りに立っている先生はいない。いつもはギリギリ雑多にならない程度に突っ込まれた自転車置き場も「日曜はご自由にどうぞ」とばかり空いていた。

『――――――!!』

 運動場と体育館の方から、練習試合をやっている声が響く。

 図書棟はその反対側、最近新しくなった校舎とは逆方向にぽつんとある。場違いな感じもある三角屋根と、赤い煉瓦を模した壁(実際はコンクリートらしい)をした建物がそれだ。中の特徴といえば、空調がちょっと弱くて、夏は暑くて冬は冷える。書棚に並ぶのは教科書に載るのと変わりないラインナップで、つまりラノベが無い。

 まだ手にとりやすい文庫本ですら、夏目漱石や森鴎外といった〝大昔〟の文豪ばかりで――といった状況を把握するなり、大体は街中にある市立図書館の方へ足を向けてしまう。

 図書棟の玄関口も閉まっている。でもここの鍵も正門と同じで、僕が持つ生徒手帳とDNA認証で開く。昔のように鍵穴を通す錠前自体が無くなり、職員室で物的に管理していた鍵も、今はそのデータが職員室にあるPCのデータベース上に「使用履歴」として残る形に変わっていた。

 ただ、『文藝部の部長は代々この図書棟の鍵を預かって来た』という慣習そのものは相変わらず残っていて、要するに『文藝部の部長』は昔と変わらず、割と自由に出入りできる権限を持っている。

(……その肩書きも、去年卒業した三年生から半ば押し付けられたんだけどね)

 それもよりにもよって、まだ一年であった僕にだ。「お前って断れそうにないからな」という一言で『文藝部部長』としての役割を登録された。

 平たく言えば、来年も存在維持できるか怪しい。僕を除く三名のかけもち幽霊部員は、全員が新校舎にできた文化棟の『現代メディアカルチャー研究部』に在籍している。ちなみにこっちは新型の冷暖房設備が搭載されていて、夏は涼しくて冬は暖かいらしい。

「――あれ?」

 そんなわけで、僕は建物の中に入るなり、まずは蒸しかえす空気をなんとかすべく窓を解放し、冷房のパネルを入れ、弱々しいながらも直下であたる人工の風を独占した後、頃合いがよくなったところで窓を閉めるか冷房を切るかの選択を取るはずだったんだけど、

「涼しい」

 扉を開けるなり、ひんやりした風がふれてきた。

 僕はドアノブから手を外して、いつもの様に「ギィ」と軋む入口すぐの床板を踏みしめた。扉が閉まる音を聞いてから、さして気にも留めずに奥へ進むと、文藝部の机に上体を預けている生徒が見えて、ちょっと足が止まった。

 ――背中まで伸びた、黒い長髪が印象的な感のある、女の子。

 さらに一歩近づいた時に、

「……う、ん……?」

 その子は身じろぎして、目を覚ました。細長い睫。瞼を何度か瞬きして、ぼうっとした瞳でこっちを見た。驚いていた。

「――お兄ちゃん」

 その声はいつもの〝おにい〟と切って捨てる声と似通っていた。髪を金色に染めてないし、ちゃんと学校の規定に沿ったスカートも履いている。余計なアクセサリーもつけてない。

 入試にトップクラスの成績で合格しておきながら、新入生代表として入学早々に生活指導の先生に呼びだされた「不良学生」になってない妹の面影が、確かにそこにあったんだ。

「あの、わたしの、お兄ちゃん、ですよね?」

「……どちら様の妹ですか?」

 丁寧語になったのも致し方ない。だってこの懐かしさはもう、遠い過去に埋没したとかいえる、ありし日の妹か幻影とか実は生き別れの妹とかいうレベルで、

「わたしっ、未来からきましたっ! お兄ちゃんの妹ですっ」

 うん。想像したレベルを超えてた。

「お兄ちゃんっ!」

 自称、未来の妹は両手を広げて抱きついてきた。僕は両足がたたらを踏むのと同時に、とっさに相手の背中を抱きしめてしまう。

「お兄ちゃん、ごめんね、ごめんね……! 私ね、本当は、お兄ちゃんのこと、好き。大好きだったんだよ……っ!」

 上体がぐっと伸びてくる。

 何千一回目、あるいは最初のキスをした。


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