11111111111/111111/1
毎日、日記をつけた。
実在する紙とペンは、できる限り、欠かさず持ち歩くように心がけてきた。
ループして消えてしまう〝今日〟の出来事も含めてすべて、僕はこれまで自分が生きてきた時間を、まっしろな白紙の上に書き連ねてきた。
きっと、覚えておきたかったのだ。
選ばれることのなかった〝今日〟が、悉く消えてしまっても。
せめて何かの証として残しておきたかった。
そういうわけで、僕はいまだに鉛筆とノートを愛用している。〝今日〟の内容をすべて紙上にまとめたら、今度はそれを頭の中に転写する。
一字一句、違わずに。〝今日〟体験した想いを書き留めるのだ。
誰とも共有できない僕だけの記憶を、言葉という視覚可能な媒体に置き変えて、ふたたび記憶の継続が可能である自分の領域へと閉じ込めた。
『 今日は、おかの上のてん文台で、女の子にあった。
女の子は、うちゅう人で、てん文台には、かくしステージがあった。
かくしステージには、うちゅうのひみつがあった。
でもそこは、ひみつきちだったから。
とびらを出ると、ひみつをわすれてしまうんだって。
ぼくは、ざんねんだなって、思った。 』
十年前。『秘密基地』を探してた。
最初に作ったのは六歳の時だ。ダンボールを切り貼りして、わざわざ押入れの中に続く専用の通路を作った。上段に分かれるほうは支柱で支えて、二手に分かれる道を作っただけでえらく満足した。
だけど夏場は暑く、最低でも扇風機を持ち込まねばならなかったし、なにより自分の家族に知られているというのはちょっと〝ひみつっぽくない〟という想いがあった。それで翌年、小学校にあがった僕は、友達とグループを作った。
『ひみつきちそうさくぶたい』。
生体ネットに通じる基礎アプリ【MANAS - Multiple Assembly of Nano Application Systems -】の共通パスをダウンロードして、DNAレベルでの「メンバー認証番号」を自分たちに施した――といっても、当時は未成年者への〝情報化〟に関する条例が厳しくて、認証用の生体サーバー機器から各種ツール類への接続はできなかった――。
意味合い的にはマジックペンで、手の甲に「団員NO.X」と書いた程度に等しかったワケだけど、僕たちはそれだけでもアホみたいに盛り上がった。
自分たちの町を探索し、手書きで、古い形での地図を作る。
そして『ひみつきち』の候補になりそうな場所を見つけては集合をかけ、それぞれが宝物を持ち寄って、居住スペースを作りあげるのだ。
まぁ、アホとバカと煙と男子は何とやら。という法則に従って、僕たちは示し合せたように高いところへ集まる習性があった。
団員たちはこぞって『オレのみつけた、さいきょうのひみつきち』を発掘すべく、神社やお寺の階段を見つけては我先にと駆け上がり、おそれを知らぬ者はさらにご神木にのぼり、勇者という名のアホはそこから屋根に飛び移り、当然のごとく住職さんに正座と掃除を強要させられる羽目になったりした。
――あの時は本当にすみませんでした。
しかし喉元すぎれば熱さも忘れる。今思えば当時の僕は、やたらと無謀なところがあった気がする。妹の監視を振りきって、自転車を漕いで、どこまでも高い場所を目指し続けた。
なだらかに続く坂道の先。子供の足と自転車では、まるで世界の果てにさえ思えた場所に、その古びた天文台は存在した。
元々は私立高校の学生たちの為に作られた施設だったらしい。けれど進む少子化で学校自体が閉鎖され、離れた場所にあったその「天文台」も取り壊すかどうかを相談した際、自治体が渋々ながらも引き継いで、中途半端に残す形に落ちついた。
十年前の当時から、なにか特別な研究をしていたりするはずもなく、スカイ・メビウスの観測をしているのが関の山だった。
ただ、当時小学生だった僕には、そんな環境がすごく魅力的に映ったのだ。
麓から見上げた時、ぽつんと存在する半円型の建物は、いかにも秘密研究所めいていたし、「古びているけど廃墟じゃない」という状態も高評価だった。
おまけに裏手は手つかずの山になっているのだ。下草を踏み分けて奥に入ってゆけば、山頂からはせせらぎにも等しい小川が流れ、中腹のやや切り立ったガケの辺りには、うっかり小さな洞穴なんかもあったりする。
さぁ、ここで問題です。
程度を知らない小学生の男子が、この環境に求めるのは何か。
――答え:
この放置された「天文台」の地下には悪の秘密アジトがある!
秘密アジトでは謎の怪物が量産されている!
謎の怪物が裏山の洞穴の中で息を潜め侵略の気を窺っている!
間 違 い な い !
当時、小一だった僕は確たる証拠を持っていた。その証拠とは、地元生体ネットの閲覧掲示板だった。
「うちのみーちゃんが行方不明です。
天文台の側で行方がわからなくなりました。二歳の黒猫です。探してます」
――無念。怪人に食べられたに違いない。
みーちゃんはもう骨になっている。一分の隙もない完全無欠の独自理論を先行させた小学生男子はこれを知り怒りに震え、旅にでたわけだ。
クソ暑い日差しの下、現場へ一直線に向かうわけだ。
家には『いしょ』も残している。
『もしものことがあれば、れいぞうこのプリンはいもうとにあげます』
――いまだに妹にネタにされる、僕の黒歴史である。
*
去年のバイト代の残りと、今年の夏に稼いだいくらかを合わせて、原付の免許を取った。ついでに本体も買った。――買ってみたのはいいものの、何日か乗り回していたら割と行くところが無くなってしまった。いざ遠出しようと考えてみても地元のローカル線の料金とそう変わらなかったりして、おかしいな、こんなはずじゃなかったんだけど。と首を傾げる羽目になったりもした。
「まったく、お兄ちゃんってば無計画ねっ、衝動に任せて高い買い物をするなんてほんとダメなんだからっ、そもそも原付に乗りたかったら普通車免許で十分なのにねぇ!」
未来妹にどや顔で言われた。そんな僕の妹はしかし、本格的なマウンテンバイクと、サイクルウェア一式を買っていた。たぶん総額的に見れば、僕の原付代より高いんじゃないだろうか。
「仕方ないなー。せっかくだからこのわたしが、お兄ちゃんに自転車なる乗り物が如何に高尚で素晴らしく健康的であるかを語ってあげてもいいのよ?」
「語りたいんだね」
「語ってあげるんだってばっ!」
といったやりとりを居間でしていると、反対側の席から金髪妹が言う。
「ねー、おにい、ウチも免許取ったら、原付借りる~」
「わたしも乗ります。どうせならもう一台、買いましょうか」
「そうだね、二台あったら遠出も効くかな」
僕たちは机の上に投影した電子カタログを覗きこんだ。
まだ夏休みが半分以上も残っているという状況も相まって、新しい玩具に心惹かれた様に、やいのやいのと盛り上がっていた。
「なによぅ! 自転車乗りなさいよぅ! バカぁっ!」
ただ一人を除いて盛り上がっていた。
「えー? だって自転車なら、毎日ガッコー行く時に乗っとるしー」
「そこっ! 普通のママチャリと、レーサー用の自転車を一緒してもらっては困るわねっ!」
「お待ちを。――少しよろしいですか? 〝お姉ちゃん〟」
「むっ、なによ、なんか文句あるの?」
「文句ではありません、忠告です」
平行妹が、すっと掌を伸ばしてから言った。
「お姉ちゃん、わたしたちは〝非日常〟を求めているのですよ」
「は? いきなり何?」
「まぁ聞いてください。確かに、競技用の自転車は素晴らしい乗り物であるかもしれません。ですが、一般的な高校生であるわたしたちに、今最も必要なのは『ロマン』なのですよ」
「ろ、ロマン?」
「そう。ロマン。高校生というのは一般的に、世間から初めて『免許が必要な乗り物』に搭乗しても良いですよと言われる年齢なのです。かつ、現実的なレベルで、ちょっと背伸びすれば手が届きますよというのが『原付き』なのです」
「ぐっ!」
「しかし貴女は、あの日々の想い出を――夏の太陽が天頂に浮かぶ世界の下で、初めて一陣の風になりえた日々(時速30km)を。脈動するエンジン音に己の心音を重ね合わせ、高鳴った胸の鼓動を抑えてドキドキしながら走った公道の感触を、すでにお忘れのようですね?」
「わ、忘れてないもんっ! それにっ、競技用の自転車だって風になれるもん! 本気出せば下り坂で80キロだよっ! 原付の法定速度なんてブッちぎっちゃうんだからねっ! な、なにより健康にいいんだからね~っ!」
「愚かなり、お姉ちゃん。十代の若者というのは――著しく健康を気にしたりしないものなのですっ!」
「えっ!?」
「お姉ちゃんの現在の発言は、そのまんま、ちょっと人生とお肌の曲がり角に疲れはじめたアラサー女の物言いですっ!」
――ピシャーン!
っていう、雷の音が聞こえたような気がしなくもない。
「??? ……??? ? ? ?」
「え、いや、あの。僕の方を見て〝今の意味わかる?〟って顔をされても困――」
「お兄ちゃんのバカあぁぁーっ!」
「がふっ!?」
投擲。ロードレーサー用のライダーメットがまっすぐ飛んできた。僕の鼻筋に直撃した。安全を考慮した設計上、ほんとものすごく硬いので、ヒトに投げてはいけないと思うんだよほら鼻血が出た。
「おにい、汚いから血ぃこぼさんとってよ。はい、ティッシュ」
「ありがと」
きゅっきゅっ、とこよりにして鼻に詰める。
最近妹が優しくなったなぁと、僕は内心感激していた。
「むー、にしても教習場で八千円かぁ。免許取るんも結構するんやねぇ。あっ、そうか、税金も払わなあかんのやね、どうしよー」
「それは兄さんに払ってもらうので問題ないでしょう」
「せやね。じゃあお菓子、二週間我慢コースでいこか、〝銀ちゃん〟」
「にぴゅーかん!?」
ムリムリ無理無理かたつむりです。と首を高速で横回転する。
「人間はお菓子食べないと死んじゃうのです!」
「ケーキがなければ、霞を食べるんよ。ここは我慢の子」
「ううううっ! 我慢ですっ、我慢しておやつ二週間耐えるので、そういうわけで兄さん、車検の方はお願いします」
……「そういうわけで」の使い方が間違ってると思うな兄さんは。
*
非日常ってなんだっけと考えてみたところ、
普通はおこりえない事、と自分の中でさっくり解答が来た。
確かに未来やら平行宇宙からの『僕の妹』は増えてしまったわけだけど、実際のところ『人生が濃くなった』ような事は少ない。人生の密度も思いきり増した気はさらさらなくて、漠然と、日常の延長を生きているという実感だけが強かった。
結局のところ「隣の芝生は青く見える」というだけかもしれない。
「今年の夏も暑いなぁ」
見上げれば、事もなげに透明な雲は流れていく。円環状に推移する。
人気のない、地方都市でも田舎に位置するまっすぐな路上を僕は走っていた。
昔、この辺りに家族が住んでいた貸家があった。この辺りを自転車に乗って走ったなと思う。そして今はチェーン式ではない、指方向性エンジンの結晶輝学によって進行していた。
坂道を楽々と上がり、緩やかなカーブをいくつかぬけて目的地に着く。
十年前よりも、さらにいくらか灰錆びた「天文台」が見える。
ゲートが見えたところで、軽くブレーキをかけて減速した。原付のエンジンメーターを指先で二度突いて、登録した僕のDNAキーを照合させてエンジンを切った。
「ふぅ」
アスファルトの上に降りると風が止んだ。耳に馴染んだ蝉の音を聞きながら振り返ると、シャツの下にじわりと汗がにじむ。
「この辺りって、あまり変わらないよなぁ」
十年前とさして変わらない光景を一瞥した後で、座席下の収納箱から、冷却材に包ませたペットボトルを取って一口煽った。それと用意しておいたザックも掴んで肩にかける。中には財布と日記帳と簡易キャンプグッズが一式。
――日記帳は、今使っているものと、十一年前の物を揃えて持ってきた。
『 今日は、おかの上のてん文台で、女の子にあった。
女の子は、うちゅう人で、てん文台には、かくしステージがあった。
かくしステージには、うちゅうのひみつがあった。
でもそこは、ひみつきちだったから。
とびらを出ると、ひみつをわすれてしまうんだって。
ぼくは、ざんねんだなって、思った。 』
自分で言うのもなんだけど、僕は記憶力がいい方だ。
最高で七回ループした〝今日〟の内容を、八回目の夜に、一字一句誤ることなく日記帳に記載した事もある。
その日付は正確には〝○月×日(Loop1)〟という風に〝周回数〟も併せて記載している。日記の内容を見れば「そんな事もあったなぁ」って思い出せる。
だけど。この一日だけ。
ループすらしてないはずの一日だけが、記憶からキレイに空白となって欠けていた。――今日までその事実に気付けなかった、という事を含めてだ。
【 ここから先は立ち入り禁止です 】
DNA認証用のゲートは閉まってる。……まぁゲートって言っても、田舎の高速道路にある旧世代式の「ETCシステム」を、さらにおざなりにした様なやつだから、普通に横から植木を乗り越えれば入れるんだけど。
「てい」
無理だと分かっていながら、一応、指先を認証口に押し当てた。ブーッ。
システムは一応生きてるみたいだ。
「……どうしようかな。さすがにこの歳で不法侵入はまずいよなぁ」
せっかく原付買ったから。昔住んでた辺りでも回ってみようか。
それだけの理由と、あとは十一年前の日記から、欠落した記憶の一部が妙にひっかかって。なかば勢いで片道一時間をかけてやってきたのはいいものの。
「あっち……」
八月も上旬を終わろうとしている一日に、立ち往生する結果になってしまった。
太陽は変わらず容赦なく、ジリジリと僕を焦がす。
――ねぇ、それ、キミの中に在るのは、一体なんの番号だい?
「……え?」
――『ひみつきちそうさくぶたい』だよ!
ぼくは、じっこうたいちょうだから、「だんいんNO.1」なんだ!
――へぇ、面白そう。わたしも混ぜてくれるかい?
周囲を振り返る。
何も変わらない。
陽炎が揺らいでいる。
――ダメ。もうごにんそろってるから。
――いちばんから、ごばんまで、そろってるから。
そう。お約束だ。
戦隊物はだいたい五人で一チームだから。
――それなら、まだ『No.0』が空いているじゃないか。
ゼロ。ナンバーゼロ?
にゃあ。どこからか猫の鳴き声がする。
陽炎が。蝉の声だけでない過去ごと引っ張ってきた。
――隊長どの、わたしと取引しないかい。
僕は無言で手の甲を二回叩き、生体ネットを呼び醒ました。現在時刻を表示する腕時計のツールタブを操作して、古い細胞の記憶を辿っていく。
――もしわたしを招待してくれたら。お礼にこの建物の中を見せてあげる。
十一年前の【MANAS】から、ひとつのフォルダを見つけ出す。
『 ひみつきちそうさくぶたい・しょうめいしょ 』
それは「ファイルに名前がある」というだけの仮想フォルダ。
中身は空。手の甲に油性マジックで番号を書いたのと同じ、はず。
「……データ容量がある……」
懐かしさはすぐに失せた。
「中の……データ認証用ファイル、暗号化されてるのかこれ」
即座にネットに繋いで〝鍵〟を検索してみたけれど、整合できない。
一体何のファイルだコレ。僕の記憶にはない。けれど予感があった。その暗号ファイルをトップツリーにある『腕時計ツール』に関連付けて、仮想ソリッドデータの画面を表示させる。続けて目の前に実在するDNA認証システムに重ねあわせて、そのデータを読み込ませてみると、
――ピピッ。
音がした。すぐに「ガシャン」と。お粗末なゲートも左右に開く。
僕はふと、日常の延長線にいることを予感した。




