Lev10.we are Smash Fighters.
夏の夜更け、それは発令された。
「――それではこれより、第一回『お兄ちゃんのベッドに潜りたい妹選手権』を開催します。司会はわたくし、未来妹が行います。皆さん、今夜は正々堂々と戦いましょう」
僕たちは居間に集まっていた。四世代以上も古いゲーム機のコントローラーを握っている。
「優勝賞品は、好きな相手との『添い寝券』です。張り切って参りましょう!」
ゲーム機本体とコントローラー、それからテレビ間もすべて黒のケーブルが伸びている。驚くべきことに有線式だ。しかも一切のネット環境がない。目前にあるのは完全に一個の独立したハードウェアであり、『前世期の遺産』と呼ぶに相応しい代物だった。
「おにい、電源入れてー」
「はいはい」と頷いて、ゲームのスイッチを入れる。
――ジャーンジャジャジャーン!
アップテンポなリズムが響くなか、炎の演出効果で燃えるタイトルが浮かびあがる。
「……ふぁ……」
けれど僕の口元からは欠伸がでた。このゲームがつまらないってわけじゃなく、単純に疲れきっていたのだ。
今日は朝から一日『女子三人の買い物強行軍』に付き合わされた。
両腕に、今にも中身がこぼれ落ちそうなぐらいの紙袋を抱えて巡った。スイーツ食べ放題と銘打った店で糖分をたっぷり補給した。最後には食品売り場で食材を買い込んで、文字通りふらふらとよろめきながら帰ってきたのだ。
その後で和洋折衷の食事を作り、後片付けをして湯船に浸かり、気がつけば精神的に「今日はもう寝るよ、おやすみ」となった気分で、とつぜん〝妹権(妹のみが兄に対して発動できる絶対権利の略)〟が発動したわけだった。
内容は『週末レトロゲーム大会の告知』。宣告されるや否や、僕は命じられるままに庭先の蔵を開いた。
庭先にある倉の中は、ちょっとした「ゲーム機の博物館」になっている。今は海外に在住している母親が残した――『ゲームソリッド128』の代表的なソフトと、ブラウン管と呼ばれる接続形式のテレビもを台車に乗せて引っ張りだして、一階の居間にセッティングしたというわけだ。疲れた。
――『128』は生体ネットに対応してないので、ハードウェアの仕様上、コントローラーが繋がる最大四人までの対戦が可能になる。
「ふわぁ~。〝スマファイ〟やるの久しぶりやねぇ……」
金髪妹もちょっと眠そうだった。
「だなぁ。今時この〝初代〟やってるプレイヤーなんて、この家ぐらいじゃないのかな」
「お母ちゃんとお父ちゃんがおった頃は、四人でよくやったよねー」
「うん。あ、そうだ。さっき風呂入ってる時にネットで見たんだけど。母さん、PGL(players of gamers league)の一軍リーグに残留決定だってさ」
「ふんふん。まぁ妥当なんやないの」
僕たちの母親は、世界的に活躍してる「プロゲーマー」だ。
女性のプロゲーマーはまだ珍しいけれど、母親はそんな逆風なんて何処吹く風で、世界中で開催されるゲーム大会に出場しては、毎回多額の賞金をかっさらって帰ってくる。付いたあだ名もそのまま「ミス・バウンティハンター」。そして父親は、そんな母を支持するマネージャーとして、一緒に世界中を飛び回っている。
そんな『リアル賞金稼ぎ』な母親に英才教育――もとい『遊び相手』にされ続けた僕と妹は、それなりにゲームが上手かった。
「でもさ、平行妹は〝スマファイ〟やったことあるの?」
「ゲームコントローラーを持つのも初めてです」
だったら、ゲーム設定上の方で『ハンデ』がいるかなと思っていると、
「――ふっふっふ~ん。だったら土下座して頼めば、この〝お姉ちゃん〟が特別に教えてあげないこともなくってよ?」
超上から目線の大人気ない発言が飛びだした。
「結構です」
即答だった。
「所詮、まだ量子化すらされていないプログラムソースの塊など、何度かプレイすればすぐに全パターン性を網羅できます。唯一に問題があるとすれば、わたしの中に流れる伝達用の信号だけでしょうね」
「くっ、生意気な宇宙人ね……っ!」
「妹です」
バチバチ。二人の間で見えない火花が奔っていた。
「わかったわ……、あとで〝ハメ技〟食らっても吠え面かくんじゃないわよ?」
本当に大人気なかった。
「二人とも、〝リアルファイト〟は厳禁だよ。相手を侮辱する口論も発生した時点で、ゲーム大会は中止。いいね?」
「わかってるわ、お兄ちゃん。今から正々堂々とこの妹をブチのめすからね」
「なにが正々堂々ですか。思いきり自分有利なフィールドでの勝負じゃないですか」
「勝てばいいのよ! 勝てばっ!」
まぁそれもひとつの真理ではあるけどね。
「――そういえば。未来にも〝スマファイ〟の続編って出てたりするの?」
「うん。二作出たわよ、追加キャラクターはねぇ、」
「ちょっ! 楽しみにしとるんやから、ネタバレせんとってよぅ!」
もうそれ「ネタバレ」というか、「情報リーク」の域だけどね。
「っていうか〝お姉ちゃん〟も、将来はプロゲーマーになっとったりするん?」
「あー、ムリムリ。あの世界はウチのお母さんと同じ連中がいる領域よ。ガチでゲームに人生賭けた上で生き残ってる人外ばっかだもん。凄腕の変態共しかいないんだからね。ホントあの連中の反応速度ありえない。ムリムリ」
「じゃあ、アラサーになっても、まだ趣味でゲーム買うて遊んでるん?」
「あ、アラサー言うなしっ!」
「ふっ……、お独りさまの身分は寂しい様ですね〝お姉ちゃん〟?」
「あんたもやかましいわねっ! ……ふんだっ、なによっ! 大人がゲーム買っちゃいけない法律でもあるわけっ!? 大体わたし十六歳だもんねっ!」
「永遠の十六歳ですか。ふふふ」
「……ブチ殺すわよ……?」
「そこまで。二人ともイエローカード。あと一枚で強制退場だよ」
「くっ……見てなさいっ! 後悔させてやるわ……!」
「仕方ありませんね。兄さんとの『添い寝券』を得るために、スポーツマンシップに則って正々堂々と戦いましょう」
「そうしてください」
というわけで、僕たちは対戦で使う『キャラクター』を選択した。続けて対戦ステージを選んでスタートする。――それが、長い永い夜のはじまりだった……。
――ゴッ、ドスッ、ボガ、バキ、メギャァ!
対戦からフルタイムで二時間が経過。
真夜中に差しかかり始めていたこともあって、テレビというかゲームの音量は控えめにしているぶん、コントローラーを操作する「カチカチ!」音が強く響いた。
「よーし、そこおぉぉっ!」「フッ飛べえええぇっ!」「叩き落とします」
――ズドッ、バシッ、ガスンッ、バシューーンッ!
妹たちによる三位一体の完全な連携攻撃を受け、僕のキャラクターは消滅した。上から半透明の円盤が降りてきて〝次の一機〟が降り立つ。
そして復活直後の無敵時間が終わるなり、三方から妹たちが操作するキャラクターが飛びかかり、ボコボコにされる。
「……あのさぁ、これ、1VS3じゃなかったよね?」
「うん。全員個別の対戦モードやん」
「そうですよ。ほら、わたし達もお互いの攻撃でダメージ入ってますから」
「はい。まったく問題ないと宇宙的に判断できますね」
「じゃあさ、僕がステージの端に逃げると、なんで君たち三人ともすごい勢いで追いかけてくるのさ」
途中までは良かった。「ゲーム大会ここまで」と決めた規定時間がそろそろ迫ってくるまで、どうにか勝ち数を稼いでいた僕は、このまま逃げ切れるかなぁと思っていたんだけど。
「ちょっとお兄ちゃん! 逃げないでよ、キルれないじゃないっ!」
「卑怯もんっ! せいせい堂々、戦ぃ!」
「まったく、典型的なヘタレ男子のお手本の様な行動ですね」
「ほんと好き勝手言うよね君たち」
リアルでのタイムアップが間近に迫った時になって、妹たちは無言で示し合せたように、僕だけを率先して狙いはじめたのだ。
「くそぅ! 大会終了まであと何分っ!?」
「二分っ! ちょっとそっち回って! ステージの端に追い詰めんで!」
「わかりました。ポイントBで落ちあいましょう。上スマ下スマ横必殺の順でしたら確実にヤれます」
――「団結した女子力」に勝てるものはない。そのことを承知している僕は、もはや一目散に逃げ続けるしか無いものの、それもいよいよ限界に差し迫っていた。
「フフフ、覚悟は出来たかしら……、ねぇ、お兄ちゃん?」
「さ、お空の向こうに気持ちようトンでこか」
「一瞬で楽にしてさしあげますよ」
「やめてください」
じり、じり、じり。と迫る脅威に対して、僕(の操作キャラクター)はいよいよ、「これまでか……」とあきらめかけた。しかしその時「アイテム箱」が出現する。
「くっ、まだだ……っ! まだ終われないっ!」
一縷の望みを託し、箱を三人に向けて投げつけた。
木端が散ると同時に、中から黄金の星が現れる。
「「「「スター!?」」」」
それは、俗に言う『無敵アイテム』だった。
あらゆる戦局をひっくり返す、可能性の集合体。無限の煌めき。
僕たちの誰もがその輝きに魅せられて、半ば条件反射的に飛びついた。
――否、僕だけが違う行動を取った。
「あっ!?」
無敵アイテムに飛び付いた三人の脇を通りぬけて一目散に『逃げる』。
全力の撤退行動。時間切れを狙う為だけの圧倒的なディフェンス力。
僕は華麗にもう一方のステージ端まで逃げきった。生体ネットに設定した目覚まし時計が、四人の腕で同時に鳴る。
「勝った……っ! 僕は勝ったぞお……っ!」
使うことのない『添い寝券』を獲得。思わず両腕を上に挙げて「やったぜ!」とポージングをすると、
「うりゃっ!」「おりゃー!」「ていっ!」
三方向から一斉に蹴りが飛んできた。
みぞおちに。背中に。最後は後頭部に。三位一体の蹴りを叩きこまれ、僕の顔面はレトロゲーム機本体と接触。ププーッ、というノイズが響いて最後には、
「!!! 空気よんでよねっ !!!」
言われて、お開きになった。




