Situation of First kiss
(S)ituation of (F)irst kiss. です。よろしくお願いします。
今から半世紀ぐらい昔。
地球に向かって巨大な隕石が落ちてきた。
直径は地球の半分以上もあるほどで、激突すれば地球の滅亡は間違いなかったという話だ。隕石自体もまったく未知の素材で出来ていて、光をあてれば銀色に輝くということ以外、わからなかった。
物理的な破壊も試みたけれど傷一つ付かなくて、パニックに陥った人類は当時、眉唾ものの空間湾曲技術法を用いたらしい。それは特定方角から迫る隕石のみに対し、ブラックホールに近い超重力の檻を発生させて、そのまま呑みこんでしまおうという作戦だったとか。
――『生体認証ネット』にはそんな記録が残っている。詳細は定かじゃないけれど、今も僕たちが生きているということは上手くいったんだろう。噂では呑みこまれた際に『ねじれ』が生じて、隕石は別の未来に飛んでいったとか、そもそも物質ではなくて実は高度な知能生命体だったとか、侵略にきたのではなく、ただ地球上の人類と交信したかっただけだとか、実は今もゆっくり落ちてきている、なんていうオカルト話まで残っていた。
「〝ループ病〟ですね」
地元の病院で告げられたのは、六歳の時だった。通常のレントゲンとは違う、特殊な光線をあてて表示された写真にはキラキラと輝く光があった。
「残念ですが、すでに全身へ転移しています。これはもう投薬による治療では難しく、〝同因子との接触行動〟を果たさねばならない状況です」
毎日、日曜日がやって来た。
当時夢中になって見ていた、朝の八時に流れる戦隊アニメにもさすがに飽きてしまった五回目の朝。一緒に食事をしていた両親に放送前から内容をすべて当ててみせると、二人はさっさと病院に連れていった。
「それからやはり、こちらの妹さんも同じです」
僕のとなり、丸椅子に座っていた妹も同じだった。八時半から流れる魔法少女アニメの五回目で飽きて、その内容をすべて両親に言い当てたのだった。
「ねぇねぇ、おいしゃさん、ウチ、まじかるきゅあー、だいろくわ、もうみれんの?」
「まじかる……? あぁ、アニメの事かな。大丈夫ですよ」
優しそうな内科医の先生は言った。
「君のお兄ちゃんと、毎日ちゅーしてたら、いつか治るからね」
「……ふぇ? ちゅーすんの? おにいちゃんと?」
「そうそう。えぇと――お母さん、お父さん、ループ病の治療方法はニュース等でご存じでしょうか」
先生が後ろに立つ両親を見上げた時、僕らもまた後ろを振り返った。そこにはどこか困ったように楽しげに笑う母親と、やはり苦笑する父親がいた。
「――同じ病気を持つ二人が接触する、キスをすれば治る、とは聞いてます」
父親が言うと、内科医の先生は「その通りです」と肯定した。
ループ病と十年間も付き合っていると、朝に目が覚めた時点でもう「あ、今日ループするな」と分かる。
当時、僕と妹の〝ループレベル〟は、分類上最高の「5」だった。それは〝必ず前日の状態に巻き戻る〟という頻度だったけれど、十六歳になった今は〝半年に一度の頻度で前日に巻き戻る〟「2」のレベルまで落ち着きはじめていた。
日曜の朝に食パンを焼いて、その上にピザ用のチーズと半熟の目玉焼きとハムを乗っけ、コショウとケチャップを振りかけたトースターを食べていると、ふあ、と欠伸をあげたパジャマ姿の妹が降りてきた。今日もキラキラと金髪が眩しい。薄いピンク色の下着から健康的な足が二本生えている。
「おはよ、おにい、ウチのごはんは?」
「あ、食パンこれで最後だったから――」
「しね」
冷蔵庫にごはん冷やしてあるからそれを。と口にする前に言われた。
「なんで自分だけ朝ごはん作って食べとるん? バカなん?」
妹は意義を申して冷蔵庫を開ける。「ごはんめっけ」。温めないまま紙パックの牛乳と一緒に持ってきて、居間のテーブル席で食事をしていた僕の隣に座った。リモコンを取って勝手にチャンネルを変える。朝のニュースが魔法少女もののアニメに切り替わったところで、僕はさすがに怒っていいよねと思った。
「あのさ」
「ねぇ、おにい、それ美味しそうやね。ひとくち」
「頂戴」ではなく「よこせ」の意だ。皿ごと手前に持ってかれ、代わりに冷えたままの茶碗が渡される。僕と妹に漂う等価交換という意味はだいぶ違う。
「……あのさ」
「なんか文句あるん?」
「ないけどさ、その、今日は〝ループする日〟だろ?」
「わかっとるって。先延ばしにすっからね」
「えっ」
先延ばしというのは、言葉通り『今日はまだループしない』ってことだ。妹は『同じ今日』を、最低でもあと一回は繰り返そうとしていた。
「なんか理由あるの?」
「おにいとキスしとうない」
僕は冷めたごはんをもそもそ食べた。
僕とひとつ下の妹は、千回を悠に超えるぐらいキスしている。
幼稚園の時は「おにーちゃん、ねるまえにちゅーしないとだめやん!」と歯磨きを忘れているレベルで怒られた。小学生にあがった時は「お兄ちゃん何でにげるん、ちゅーしてよぅ!」と迫られた。高学年にあがると「はよ寝て! はずかしいから!」と怒られた。
恥ずかしいから寝入ったところをキスしたいという〝妹権〟(妹のみが兄に対して発動できる絶対権利の略)により、僕は毎晩ホットココアを飲む羽目になった。休日にうっかり昼寝なんてしようものなら蹴り起こされて「寝たらあかんやん!」とさらに正義の鉄槌がとんできた。当時の妹によると「昼間からキスなんてありえん!」とのことだった。
たぶん、キスを好意的解釈、今思えば物理的に鼻血が噴きでるそのレベルでも好意的に捉えられたのはその辺りでまでだ。
僕が中学生にあがると、露骨に眉をしかめられた。
お互いに「ループレベル」が減少してたこともあって、頻度は〝一ヶ月に一回〟発生するかどうかに落ち着いていたけれど。妹が『先延ばし』を強制する様になりはじめたのがこの頃だった。
それでも。ループの頻度が長くなったとはいえ、発生した日は必ずキスをしないと先へ進めなくなってしまうから、僕と妹はキスをした。
――今でもなんだかんだと文句をつけられ、「変態」とか罵られ、目隠しされたり紐で手足を縛られたり、逆さ釣りにされたりしながら、あまつさえ「変なことしたらこの写真をネットにアップするけんね」とムチャな事を言われた上でキスされる。
そんな妹を慮って「はやくこの病気が治るといいのにね」と言った時、脛を蹴られた。
「おにいのバーカ」
身悶える僕の様子を、苦々しそうな顔で見下ろす妹がそこにいた。