第六話 神授の剣 その二
俺達は試練の迷宮から戻り迷宮の黒猫亭で軽食を取りながら一休みしていた。
俺は先ほど気がついた重大な疑問をチナツさんに聞いてみる。
「ところで復活の呪文や死に戻りはあるんでしょうか?」
「残念ですが聞いたことはありません。噂では死者を復活させる魔法はあるらしいですが、非常にめずらしいようです」
げげ。死に戻りはともかく復活の呪文も無いのかよ。サービス悪いぞ。責任者出て来い。出てこられても困るが。
「部位欠損も再生できないんでしょうか?」
「高位の回復呪文か回復薬を使えば再生できるそうですが見た事はないですね」
欠損部位の再生も事実上無理なのか。転移先はともかく試練の迷宮に居る間は再生手段を提供して欲しい。
「つまり出来るだけ怪我はしない方がいいと」
「はい」
俺の得物が剣である以上アウトレンジ攻撃は出来ない。ではどうやって相手を一撃で殺すかという問題になる。
人型生物ならば急所が集中する首を狙えれば一番いい。だが返り血を浴びるのはイヤだ。単にグロいからだけではない。返り血にまみれた服の洗濯代や血が落ちなかった場合の服代を考えれば、費用の問題から返り血を浴びたくない。まあ、そのうちに気にならなくなるのだろうが。剣を使う冒険者が黒い服を着るのは合理的なんだろうな、返り血が目立たないから。
「オークを倒したらどのぐらいの金になるんですか?」
「ノーマル・オークなら大銀貨一枚です」
オークは楽勝でこなせるようになるのが目標なのだが、大銀貨一枚は今のところ高いのか高くないのかは正直判らない。
「安い服はどのくらいですか?」
「どんなに安い古着でも大銀貨一枚はすると思います」
無理にオークを狩るより地道にジャイアント・アントを狩ってた方が金になるんじゃないか。服や剣のメンテに湯水のように経費を使いながらオークを狩るより蟻を狩った方がマシに思える。
他の冒険者はどうやって経費の問題を回避してるんだろう? やっぱり軽戦棍や軽戦鎚などの打撃武器を使ってるんだろうな。
「オークは狩れた方がいいんですか?」
「オークは倒せないと転移してから生存がきついらしいです」
「なるほど。対人戦闘は基本だし」
「その剣さえ使いこなせればオークは大丈夫ですよ。二階で慣れたら私の知り合いのパーティに参加させてもらえればいいです。戦闘に慣れるには場数を踏むのが一番ですから」
そりゃ確かに。敵より良い装備を整え優越する兵力を確保し必勝の体制を取ってた戦えば負けることは無い。これで勝つる。後は地下二階で戦闘経験を積むだけだ。
「チナツさんは後どのぐらいいるつもりなの?」
「すいません。後一ヶ月ぐらいしかここに居られません」
「え? マジで?」
「はい」
「そういえば地下三階までもぐってるんだしチナツさんは初心者じゃないよね」
「ごめんなさい」
「謝ることはないよ。残り一ヶ月を有効に使おうか」
「何とかする方法がないわけではないですから」
チナツさんの言葉にメイド長のアオイさんが微かに笑ったような気がする。何かイヤな予感がするぞ。
「協力できることがあれば言ってください」
「はい」
チナツさんがなぜか顔を赤らめる。滞在期間を延ばす方法というのはやっぱりアレなのか。向こうの世界に転移すれば解放せざるを得ないし問題ないか。
「お水は裏庭の井戸でお渡ししますので剣のお手入れはそこでお願いします」
「解りました」
そういえば剣の手入れがまだだったな。一般的な日本刀はとんでもなくデリケートらしいが、神授の剣は材質がステンレス系な気もするし、手入れ中に紙を銜えるほど神経質に必要はないだろう。ちなみに紙を銜えるのは唾を飛ばさないためであって、逆に言えば唾が飛んだ部分から錆びるらしい。俺も早く軽戦棍を手に入れよう。
「じゃ剣の手入れに行ってきます」
「着いていっていいですか。私も最初は剣を使ってましたし」
どうたらチナツさんは手入れの仕方を教えてくれるらしい。お礼に夕食もご馳走しよう、モーニングプレートだけど。それに今日の収穫も分配しないとな。
「アオイさん、これお代ね」
「ありがとうございます」
クローネさんがいないのでアオイさんに二人分の軽食と水の代金を渡しておく。そういえばクローネさんは店の奥でサボってるんだろうか?
「クローネさんは休憩中ですか?」
「事務仕事中です」
「事務仕事?」
意外な答えが返ってきた。
「無いわけではないんですよ。物資の発注とか冒険者の皆さんの状況報告とか」
「もしかしてクローネさんが店長なんですか?」
「はい。迷宮の黒猫亭ですから」
言われてみればその通りか。猫の駅長さんがいるんだから、猫の店長がいても不思議はないよな。クローネさんは直立して人語を話すし。
「神様からもらった剣でも刃物である以上メンテナンスフリーなわけはありません。ちゃんと手入れの仕方を覚えてくださいね」
アオイさんからもちゃんと手入れしろとさっくりと釘をさされてしまう。
「はい……」
どうせなら神授の剣もメンテフリーなら良かったんだけどな。村雨丸みたいに刀身に結露して血糊が勝手に流れ落ちるとか。いっそボッタルクさんとこで神授の剣とメイスと交換してもらおうか。
「早く行きましょう」
「はい」
俺とチナツさんは黒猫亭の裏庭に回る。メイドさんがすでに水を桶に汲んでくれていた。
「まずは柄を外して」
お手入れセットに入っていたスパナで柄頭の頭についてるボルトを外す。次に柄と柄頭が刀身から取り外して刀身だけの状態にする。外してから気がついたが剣は使えないし結構危険な状態だな。次からはサブの武器を確保しておこう。
「次に布を水に濡らして刀身についた血や体液を拭うの。水が勿体無いから日本に居たときみたいに洗い流そうとしちゃ駄目よ」
「はい」
観賞用の刀だと以前に塗った油を拭き取ったりするらしいがこの剣にはそんな手間は必要ない。明
日にはまた巨大蟻を斬っているだろうからな。
「刀身が綺麗になったら乾くのを待って」
「はい」
「乾いたらもう一方の布に油をつけて刀身に塗っていくの。丁寧にね」
「はいはい」
「はいは一回で」
「はい」
厳しいです、チナツさん。
俺の冒険は始まったばかりだからな、と余裕をかましている場合ではない。チナツさんは後一ヶ月ぐらいしかここに居られないんだよなあ。何か方法はあるらしいけどあまり良い予感はしない。
まともな話なら教えてくれてもいいはずだからな。
お疲れ様でした。