第二話 黒猫亭で食事をする。
話が一向に進みません(汗)
そろそろ昼時なので黒猫亭で昼飯を食う事にした。
ランチを頼むとモーニングプレートとほぼ同じモノを人間のメイドさんが運んできた。中身はトースト二枚、目玉焼き、ソーセージ、ポテトサラダ、コンソメスープである。
「これってモーニングプレートじゃないの?」
「ランチです」
「じゃあ夕食は……」
「これと同じです」
しれっと答える人間のメイドさん。騙された気になるのは絶対に俺だけではないはずだ。
「ではごゆっくり」
彼女はそう言い残してキッチンに戻る。
文句を言いたいのだが行ったところで状況は改善されないだろう。
「非常に言いにくい事なのですが……」
いつの間にか、クローネさんが隣にいる。
「何だ?」
そーゆー奥歯にモノが挟まった言い方をされるのが一番気になるだろう。
「あなたが転移する予定の国はメシマズです」
「マジで?」
ちょっと待て。聞いてないぞ、そんな重要な事!
「本来は豊かな農業国で代々美食家の王家もいましたからメシウマな国だったんですが、勇者が王家
をほぼ皆殺しにして貴族も零落した結果、美食の伝統が途絶えてそれは悲惨なメシマズ国になりはてました」
何という悲劇!
勇者許すまじ!
「といわけでイズモさんにはあまり美味しい物を出さないようにと上司から指示がでてます。転移先の世界に慣れてもらうのもこの迷宮での訓練ですから」
クローネさんは事務的に説明した。
「冗談だろう」
「冗談ならよかったのですが。私の事はクローネとお呼び下さい」
黒猫のクローネさんですか。三毛猫だったらミケーネだったんだろうか。
隣のテーブルの女性冒険者が哀れみの目で俺を見ている。
「自炊ができれば問題ないわけだな?」
「冷蔵庫がありませんから一般人がまともな肉が食べられるのは越冬の為に家畜を絞める時だけです。塩漬け肉や燻製肉は富裕層が独占しています。塩や香辛料も当然高価です。鶏卵も日本のように安くは無いですね。ワインとチーズは美味しいそうですが」
当然美味いワインもチーズも高価で一般的な冒険者には手が出ないんですよね。何か美味い物へのハードルがやたらと高いぞ。
いや魔法による保存はないのか?
神は虫歯の治療は一般的な魔法で普及しているといったはずだぞ。
「俺が行く世界に治癒魔法はあっても保存魔法はないのか?」
「切実度が違いますからね。人は美味しい食事を取れなくても死にはしませんが、虫歯を治療しないと死ぬこともあるそうですし」
米国とかで無保険の人が虫歯で死んでるらしいな。俺が神様でも虫歯は治すけど美味しい物は自分で何とかしろという方針を取るか。
「じゃあ、美味しい魚は無いのか?」
「西方海北部のタラやニシンが塩漬けで流通してます。不味いわけではないようですがそれほど美味しいわけでもないようです」
「希望は失われたか……」
いやまあ不味くないのなら希望はあるかもしれないが、むやみに希望を持つのは止めておこう。実際に食ってみて不味かったら救いようが無い。
「ただ西方海南部の沿岸地方は数少ないメシウマ地域です。温暖で海産物が豊かですから安くて美味しいものも多いようですよ」
「嘘じゃないよな?」
「はい」
希望は出てきた。転移した後は南の海に向かえばいいわけだな。
「問題なのは南方海沿岸部は古く平和な地域で、冒険者の飯の種になるような亜人や魔族も居ない事でしょうか」
クローネさんが俺の最後の希望を無造作に叩き潰した。
「大丈夫です。美味しいものを食べなくても人は死ぬことはありません」
「その国の食事はどーなってるんだ?」
「最近の冒険者だとオートミールかライ麦パンに、塩漬けニシンとキャベツと蕪のスープですね。リンゴなどの果物もないわけではないようです。肉料理は残念ですが期待されないほうがよろしいかと思います」
「鳥もダメなのか?」
最後の希望とともに俺はクローネさんに訊いてみた。家畜である鶏や家鴨はダメでも鴨や鶉などの狩の産物があるはずだ。
「難しいですね。資源保護のために狩猟が制限されてますから」
「もうダメだ……」
俺の人生は終わった。神に騙された。こんな事なら日本で死ねばよかった。
「何を馬鹿な事を言ってるの。」
「放っておいてくれ。俺はもう駄目だ」
美味い物が食えない人生なんて生きるに値しない。
「お金を稼げれば好きな物が食べられるでしょう」
声の方を見てみると話しかけてきたのは人間のメイドさんだった。
「せっかく神様が助けてくれたんだからもっと真面目に生きなさい」
「助けてくれと頼んだわけじゃない」
むしろ俺は放置しろと言ったはずなのに転移させるとか言いやがって。
「はいはい。アイちゃんもイズモさんもそのぐらいにしておいて下さいね」
メイド服を着た二十代後半の女性が止めに来た。メイドさんの名前はアイちゃんか。
「すいません」
「もう一人新人さんが来たようですからチュートリアルを始めますよ。最初に自己紹介しておきますが私はメイド長のアオイです。そちらの男性がイズモさん。このちらの女性がハルカさんです」」
転移者らしい女の子が軽く会釈をして俺の隣の隣の席に座る。最適化の結果なのだろう。年齢は十五歳ぐらいか。セミロングの茶髪にBカップのおっとりとした感じの子だ。おっぱいに目がいってしまうのは注意しておかねば。
「チュートリアルって?」
「最低限知っておいて欲しい事です」
「生活のルールとか?」
「それはあなた方の常識と良識に従っていただければ結構です。朝は七時にまでに起きろとは言いません」
アオイさんは放任主義らしい。ここの冒険者は外見はともかく中身はいい大人だろうし、それで問題ないのだろう。午後七時に起きだして迷宮にもぐる生活を続けてもキッチンスタッフ以外に迷惑をかける事は無いだろうし。
「すいません。食事は何時まで出来るんでしょうか?」
「暖かい食事が出来るのは十時から二十一時までです。よろしいですか」
「暖かくない食事なら二十四時間できるんですか?」
「いいえ。十時から二十一時以外はボッタルク商店で買った保存食で何とかしてください」
「わかりました」
サービス悪いなと思うが訓練の一部なのだろう。諦める事にする。
「では本題に入ります。ここで訓練が出来るのは一年間あるいは地下五階で戦闘に勝った時までです。戦闘以外にも火のおこし方や水の探し方や野営の仕方など冒険者に必要な技能を習得して下さい」
一年もあれば何とかなるだろう、多分。
お疲れ様でした。