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白昼夢

御機嫌よう。

作者: 立春

御機嫌よう。


 如何か手前を嗤ろうて下さい。

 大した故も無く、今から死のうとするのですから、どうぞ哄笑して下さい。

 諸般、死ぬる手法を慮りましたが、軟弱な手前で有ります。腹を切るなど出来よう筈も有りません。身投げしようとも思いましたが、後々、此の躰を始末する方々に申し訳が立たぬと、まあ、亡き数に入った後を慮るのも滑稽な噺では有りますが、立つ鳥跡を濁さずと申しますように、汚いのは、やはりいけません。

 其れでは、首縊りと思いました。然し、如何やら之も筋肉が弛緩し、汚穢が排出されると聞き及びましたので、矢張り美しくありません。最期の日に何も食さなければ、或いは此の様な次第に成らないやも知れませんが、首縊りの姿を想像致しますと、黄泉に帰らぬ亡者に成り果てた様ではありませんか。昔語りに、然る武人が、死後も守護者と成る様に、起立して埋葬された噺を聞いたことがありまして、如何にも柄では有りません。

 扨、其れでは、手首を切っては如何かと思いましたが、死に切れ無い時が有るそうで、気が滅入って仕舞います。首を切れば、成就出来るでしょうが、血が四方に飛散すると言うのは、之も又、美しく有りませんし、痛みを感じ続けて死ぬるというのも、性に合いません。

 何の様に死出の旅に出たものか、手前の知識を探し倦ね、薬か中毒に因る自尽に絞ることに致しました。薬では、睡眠薬を用いる仕様しか知らないのですが、昨今では余程の数を服用せねば致死量に成らない様で有ります。しかし、廿参拾或は百錠を服用した処で、躰は拒絶し、吐いて終うそうで有ります。粉にして、一思いに飲み込んで終おうとも慮りましたが、其れこそ洋菓子に用いる小麦程の量に成りそうで、水に溶かした処で飲み干せるものか判りません。

 其処で、中毒死を選択致しました。中毒死と申しまして、化学薬品を用いるような、特殊な事は考えて居りません。何の事は無い、煉炭に因る一酸化炭素中毒死で有ります。有り勝ちな自殺法の一つで、割腹の度胸も無い不肖には、無痛で死ぬることは劈頭、決していた様なもので有ります。是で誠に鬼籍に入れられるのか如何かは判りませんが、前評判を信用することに致します。

 扨、次は道具と場所の支度をしなければ成りません。能く、車内にて決行される様ではありますが、手前、此の様な不肖、大金を稼ぐ器量も持ち合わせて居りませんので、当然個人所有の愛車等有りはしません。又、貸し車、部屋を用いるのは、気が引けます。

 如何したものかと考えまして、外で適した場所を捜した方が良いと思い至りました。然し、樹海等で発見が遅れ、腐乱して仕舞っては元も子も有りません。浅学で有りますが、墓地か火葬場が最終的に残りました。恣意ではありますが、元々鬼籍の人に縁の在る場所で有りますので、嫌悪感が薄く成るのでは無いかと思惟致しました。

 続いて、密封された空間で有りますが、初めの内はドラム缶等如何で有ろうかと連想しましたが、屈葬の形で発見されると言うのは、往昔なら兎も角、見苦しく思います。其れならば一層の事、棺に仕様と決めました。空気が漏れる様で有る為らば、粘土為りで内側から塞いで仕舞えば良いでしょう。

 方法、場所は決まりました。日時については、仏滅に決行する事に致します。

 道具を揃える段階に入りましたが、煉炭と言うものは、果たして何で有りましょうか。自殺に欲使われるのですから、入手が難しい筈は有りません。一先ず、粘土等他の道具一式を揃える為、日用品雑貨の揃う街で一番大きい舖に行きました。

 考え得る限りの道具を買い揃えまして、最後に店員に煉炭の販売場所を尋ねました。相しますと、店員の噺に由れば、此処でも販売して居ると教えて下さいました。其処で、その場所まで案内して戴いたのですが、煉炭と言うのは、特別な物では無く、七輪に用いる炭の一つで有りました。買う際に使用目的を尋ねられましたので、一番小型で安い七輪と共に料理に使うのだと答え、購入致しました。

 最後は棺桶ですが、之が中々難しいもので有ります。葬儀屋で頼みましたが、一番安いものでも数万円を下りませんので、いやはや、燃して仕舞うと謂うのに、阿漕な物で有ります。

 道具は一式揃いました。場所に附きましては、人里から漸離れた墓地と寺の間、生垣の側に致しました。其処は日中では陽の下に晒されますが、夜には死角と為って覗き込まない限り、見つかる一憂は有りません。

 道具を運ぶ方法に付きましては、車で運ぶことも出来ませんので、猫車を用います。必要な道具を棺の中に入れ、青いビニールシートに包み、運びました。夕闇の中、田舎と言うのは人が疎らなものですから、誰にも気づかれることは有りませんでした。

 棺桶を設置し、後は火を点けた七輪と共に中に入って眠るだけです。然し、直ぐに入って仕舞うのは味気無いもので有りますから、七輪で肴を焼き、星を見ながら一杯飲ませて戴きます。

 長い事、夜空を仰ぎ見る事がとんと有りませんでしたので、妙に感傷的に為って仕舞います。星と云えば、子供の頃に絵本で「燐寸売りの少女」に流れ星の噺が有りました。確か、流れ星が流れると、世界の何処かで誰か死ぬるそうです。此処で死ぬると言うのが人間だけである発想は、実に西洋的だと思います。

 肴に焼酎を二杯、素晴らしき哉、嗚呼、人生。

 睡眠薬も飲みました。酒と一緒に呑むなと言われましたが、良いじゃ有りませんか、今から死ぬるので有りますから。

 幾々、眠く成りました。如何やら思考も呂律も奇怪しく為って来ました。

 睡眠薬か、酒の力か、そろそろ御暇する時が来たようで有ります。

 七輪を棺桶に入れ、自分も棺桶の中に入りました。隙間は予め粘土で詰めて有りますので、後は蓋を閉めるだけです。

 今から死ぬるのですから、何か昔の事が走馬灯の様に巡るだろうかと思いましたが、思考が鈍って居る様で下らない過去すら蘇りません。案外、そう云うものなのでしょうか。

 手前の遺体の発見者へ、遺書でも残すべきなのでしょうが、如何せん、書くべき事が在りません。情の無い事で、恥かしい限りです。

 誰にも残す言葉等、持ち合せて居りません。誰かに残したい言葉も、亦有りません。

 嗚呼、もう目を開けて居られません。是で本当に良いのかと自問自答を何万回繰り返した処で、矢張り同じ結論を出した事だけは確かなのです。

 如何か、放埓な手前を嗤ろうて下さい。理解も共感も求めません、如何か阿呆と嗤ろうて下さい。

 最早思考停止です。

 臭いものに蓋を閉め、是で準備万端で有ります。


 其れでは皆々様、御機嫌よう。



死んでばっかりです。

当時の自分は何を考えて生きていたんでしょうか。

実行しなかっただけですかね。

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