架け橋小唄
「らっつたのー、ほんざがさー、くくのちひいの、ふう。ほい!」
などと口ずさむのは俺ではない。
うちの台所の天井裏には昔からヘンなのが居て、下で人が何かかき回すと必ずこの歌を歌うのだ。
鍋だろうが味噌汁だろうが納豆だろうがインスタントコーヒーだろうが見境なしだ。どこかにいるそいつは、二十四時間いつだって、回転の動作に合わせて歌い始める。
ちなみに洗濯機には反応しない。多分回転時は蓋が閉まっていて、中が見えないからだろう。
とまれ歌う以外は何をするでもないし、益も害もない存在……と、思っていたのだが。
こいつの所為で、ある時大変なことになった。
その日の昼、俺はオフィスでコンビニ弁当を食っていた。
たまたま皆出払っていて、仕事場には俺ひとり。そんな気の緩みからだろう。一緒に買ったカップスープをかき回しながら、つい、
「らっつたのー、ほんざがさー、くくのちひいの、ふう」
と美声で小唄を披露した。
でもって、「ほい!」と顔を上げたら、そこには同僚の宮里さんがいた。もう誤魔化しようもなく、ばっちりと目が合った。
ぐえ、と思わず声が出る。
なんてタイミングで戻ってくるのだ。いい大人が熱唱状態を目撃されるとか、気恥ずかしさで死ねる案件だぞ。顔がわーっと熱くなって、こりゃあ耳まで赤いの間違いなしだ。
だが醜態を目の当たりにしつつ、彼女は引きも笑いもしなかった。
どころかちょこちょこ駆け寄ってきて、ぐっと胸の前で両こぶしを握る勢い込みのポーズで顔を寄せ、
「うちにもね、おんなじのがいるの!」
偶然って凄いなあ。あいつらの歌にも流行り廃りってあんのかなあ。そんな益体もない思考のバリアで、俺は近すぎる笑顔から意識を逸らす。
あわよくばこの赤面は、歌を聞かれたがためと勘違いしていただきたい。