蔑される
大型トラックのタイヤくらい大きな車輪。外縁はめらめらと青白く炎を発し、その中心には生首があって、眼光炯々と私を睨めつけている。
子供の頃、アニメで見た覚えがある。
確か、輪入道とかいう妖怪だったはずだ。
しかし今、ごろごろと夜の向こうから寄り来る、その中央に鎮座するのは若い女の首である。派手派手しい、赤に近い茶髪だった。「入道」と名にし負うなら、そこは坊主頭のおじさんであるべきではないのだろうか。
化け物に出くわした瞬間の思考はと言えば、大体この程度のものだった。並外れた異常を咀嚼するのに、どうしたって人は時を要する。
だからふた呼吸して状況に理解が及んだ途端、私は悲鳴を上げて駆け出していた。回れ右して全力で、駅前へ、人と光のある方角へ。
でもいくら必死に走っても、ほんの数分先にあるはずの光景は少しも見えてこなかった。誰ひとりいない、どことも知れない薄暗い路地が、延々と視界の果てまで続くばかりだ。
足をもつれさせながら逃げる私を、輪少女はキャハキャハと追って来る。
耳障りに化け物が上げるのは、嘲弄を含んだ笑いだった。その気になればすぐにも追いつけるのに、敢えてそうしないのだ。
嬲られる悔しさに歯噛みしたけれど、だからといってどうなるものでもない。
半ば観念しつつも、それでも走って走って必死に走って、ついにどうにも動けなくなって私は冷たい路面に倒れ込んだ。
ああ、もう駄目だと目を閉じた横に、車輪の気配が停止する。
「足、おっそ」
そう吐き捨てると、化け物はキャハキャハと転げ、夜の彼方へと消えていった。
九死に一生を得たはずなのに、胸に生じたのは安堵ではなく、凄まじい苛立ちだった。