鯉女房
河州に、萩助なる若者があった。
堤の傍に家を建て、川魚を獲って暮らしていたそうである。
ある嵐の後、彼が生け簀を確かめると、そこに一尾の鯉が逃げ込んできていた。
鯉は十四、五の人ほどもあり、背には独特の斑点を備えていた。波に揺れた光を受ければ、二頭波の如くに優美である。
萩助は気に入って名を与え、日々これに話してかけて過ごした。父母を亡くしてのちは天涯に孤独の身であったから、縁に飢えていたものであろう。
鯉はまるで言語を解するように、水面から半身を覗かせて、じっと萩助の声に耳を傾けていたという。
萩助は心根のよい青年であったから、村娘と仲人をしようと思い立つ向きは少なくなかった。
が、思いつきを実行した者は一人もなかったそうである。
なんとならば彼らの夢には必ず二頭波紋の着物を着た美しい娘が現れて、一晩中、咎める目つきでじっと見つめて来たからだ。
斯くして嫁を世話されることもなかった萩助だが、いつしか女房子供と暮らし始めた。
彼の子の脇腹には左右三枚ずつの鱗があり、立つより先に泳ぐを覚えたとも言うが、ここまで来ると眉唾であろう。
『西鶴諸国ばなし』巻四「鯉の散らし紋」より取材




