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袖中虎
四軒隣のM氏は虎を飼っている。
虎は普段、袖の中に納まってしまうほど小さい。だがM氏がひと度腕を打ち振れば、大人の背丈を越える体高の大虎となって吠え猛るのだ。
虎は、代々家に受け継がれてきたものだという。
お陰で強面どもがこの土地で悪さを働くこともなく、M氏は地元において、ちょっとした人気者である。
だが肩で風切るこのひとりと一匹にも弱点はあって、それは単純至極に酒なのだ。
両名ともの無類の酒好きで、勧められれば勧められただけ、それこそ正体を失くすまで呑んでしまう。
先日などは酔いどれた虎が大家の鶏を数羽、ばりばりと頭から齧ってしまったとかで、主従揃って大層に叱られていた。
勇猛なる虎もこの時ばかりはM氏の隣でしゅんと項垂れていて、食べられた鶏には気の毒だけれど、あれは随分と可愛いありさまだった。