塗り替えられる
久方ぶりの同窓会だというのに、遅刻をした。
SNSで謝ると、絵里から「改札まで迎えに行く」との応答があった。
正直、ありがたい。こっちを離れてもう十年。町並みは私に余所余所しくて、記憶を頼りに指定の店まで走ろうにも、また迷子になる予感しかしなかったからだ。
改札前で腕組みする絵里を見つけて手を振ると、
「あんた、ほんっとに遅刻魔よね」
「えー。そんな遅刻ばかしてたっけ?」
「してたわよ、昔っから」
お説教が長くなりそうだったので、ごめんごめんと拝む仕草で打ち切って、ふたりで皆のところへ向かった。
「スマホの電源、切っときなさいよ」って絵里の注意に生返事を返しながら乗り込んで、それからうわあってなった。
全然知らない顔ばっかりだ。
いや正確には知ってるんだろうけど、皆、すっかり大人の面立ちになってしまっている。
名前を名乗られたところで、きっと面影を思い出せないだろう。十年という時間の長さを思い知らされてしまった感じだ。
でも元級友たちは、そんな私にも至極親しく笑みかけてきた。もうお酒が入っているのもあるのだろう。
「お、白崎じゃん。また遅刻?」
「そんな遅刻ばっかしてないけど!?」
「いやいや、青田と付き合ってた時、あいつ愚痴ってたぜ。いつも時間通りに来なくて、すっぽかされるんじゃないかって焦るって」
「え、それ青田の嘘だって。私あいつと付き合ってないし」
いきなり身に覚えのない話を振られたので、ちょっと驚いた。というか青田ってどんな男子だったっけ。
「ちょっと、絵里からも言ってやってよ。私当時は純真無垢で男の子と手を繋いだこともなかったって」
「ああ、そういやそうだった。むしろ白崎って、絵里と噂あったりしたよな。ほら、あの部活で肝試しした時も……」
名前の思い出せないクラスメイトが話を続ける。
いやでも部活って、私、帰宅部だったんだけど? 肝試しなんてした覚え全然ないんだけど?
疑問符を浮かべていると、
「はいはい、入り口で喋ってないで、中に入れてあげなさいよ」
絵里がまたこっちに戻ってきて、料理の乗ったお皿とグラスを渡してくれた。どうやらバイキング形式らしい。
お礼を言って受け取って、まずはグラスを傾ける。多分、いいワインだったんだろう。よく冷えて甘い口当たりのそれは、びっくりするくらい美味しかった。
私が飲食に口を使う間にも、絵里は周囲と談笑を続ける。
でも、不思議だった。
彼らが語られるどのエピソードも、私の学校生活にはなかったり、食い違ったりするものだ。なのにそれが真実のように、彼らは共通認識として、知らない私の過去で盛り上がっている。
私も私で、
「あの時も、そうだったわよね?」
絵里にそう訊かれてしまえば、曖昧ながらも空気を読んで、否定せずに頷いてしまうのだ。
いつしかお酒の酩酊とはちょっと違う、雲を踏むような心地になっていた。
なんだかどんどん、彼女たちの言う通りのことがあった気がしてくる。語られるがままに、私の昔が塗り替えられていくようにすら思える。
――でも、いっか。
ふわふわとした頭で思う。
私が話を肯定するだけで、周りはひどく楽しそうだし。
くすくす、くすくす。
まるでさざ波みたいに、皆が笑ってる。私も絵里も笑ってる。
このまま、この人たちの知ってる私になるのも悪くない。
眠りに落ちる寸前の、ひどくやわらかな気分でそう考え始めたところに、着信のメロディが鳴り響いた。
はっと我に返ると、私はひとり、小さな公園に佇んでいた。
遊具が撤去されていてすぐにはわからなかったけれど、昔よく遊んだ児童公園だった。さっきまで店の中にいたはずなのに、と見回すが、級友たちの姿はどこにもない。
混乱に陥りながらも体は自動操縦のように動いて、鳴り続ける電話に応答した。
かけてきたのは同窓会の幹事だった。いつまでも現れない私を気遣い、連絡を入れてくれたのだという。「白崎が遅刻なんて珍しいしな」と言う彼に、久しぶりの地元でうっかり迷ってしまったのだと言い訳をし、改めて店までの道を確認して通話を終えた。
スマートフォンをしまって、小さくひとつ息を吐く。
すると、
「『切っておきなさい』って、言ったでしょ」
どこにも姿の見えぬまま、耳元で絵里の声がした。
けれど思考の靄はもう晴れていて、私は自分に、そんな友達がいないことを知っている。
「あと少しだったのに。残念」
囁きはどこか寂しげで――だからだろう、不思議と恐怖は湧かなかった。ただ、置き去りにされてしまった喪失感だけが胸にある。
その痛みが、一度だけ私を振り返らせた。
「ばいばい」と呟いて、どこへともなく手を振った。
以上は橘 塔子様よりの原案
「十年ぶりに参加した同窓会では、見知らぬ級友たちが、記憶にない私のエピソードを肴に談笑していた。」
を元に創作したものです。