表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 鵜狩三善
828/1000

survival one

 何が理由かは知らないが、祖父は本が嫌いだった。いっそ憎んでいたとすら言っていい。

 漫画や新聞は気にしない。だが小説の類をひどく嫌悪して、目に入れるのも拒むようだった。

 だから訃報を聞いてその家を訪れた時、小さいながらも書斎があることにます驚いた。そうして書棚にあるのが、全て漱石の『吾輩は猫である』なのを見て二度驚いた。

 ざっと見で数十冊は同じ本が並んでいるのだ。一種異常の感がある。

 まあ祖父の本当のところなど、本人が死んでしまった今は知りようがない。首を横に振ってから、真新しい一冊を抜き出した。

 有名なタイトルであるが、実を言えば内容はうろ覚えもいいところだ。それでふと、結末を確認しようと思ったのだ。

 確か酔っ払った猫が水に落ちて……と朧な記憶を辿りつつページを捲ると、そこには思わぬ展開があった。

 猫が甕を脱し、生き延びているのだ。


 つい、「え?」と声が出た。

 首を捻りながら別の一冊を手に取って見ると、これもまた中身が違う。

 名号も唱えず、延々と生に執着して足掻き続ける猫の描写が続いている。意地になって確かめれば、数十冊全ての結末部分が異なっていた。

 自分が信じられなくなってスマートフォンで青空文庫を覗いてみたが、そこにあるのは自分の知る通りの猫の末期だ。祖父の蔵書の文章だけが、奇態な変異を遂げている。 

 もしかして、壮大な祖父の悪戯だろうか。そんな考えが頭を過ぎった。私家版を用意して、読んだ者を惑わせてやろうという魂胆かもしれない。

 だが装丁を確認しても奥付を確かめても、きちんとした出版社の手で発刊され、市販されたものに間違いはない。

 そしてこの作業のお陰で、もうひとつ気づいた。

 祖父は全ての『吾輩は猫である』の扉に、購入した書店名とその年月日を書き込んでいる。

 それを辿ればおよそ一年ごとに、そして全て異なる本屋で、祖父はこの小説を買っていたのだと知れた。

 おそらく彼は確認していたのだ。

 数十冊、つまりは数十年に渡って、変化し続けるその内容を。

 それは好奇心ではなく恐怖心が為せる業だったろう。現在の猫がどうなったのか、祖父は見ずにはいられなかったのだ。

 全ての漱石を棚に放り込み、逃げるように書斎を出た。


 今年、ついに猫が生き延びたこと。祖父の死が、まさに最新の購入日に起きたこと。

 そしてどこかで、猫の鳴く声がしたこと。

 その全てが、偶然であると信じたかった。




 以上は千賀藤兵衛様よりの原案


「祖父はほとんど本を読まない人間だったが、『吾輩は猫である』だけは三十冊以上も持っていた。」


 を元に創作したものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 猫が来てくれるならカウントダウンでもいいかも……とかつい思っちゃう猫好きの性。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ