肩透かし
酔った勢いで、度付きのサングラスを露店で買った。
だが一夜明け、酔いが醒めてから眺めてみると、感動したはずのそのデザインがあまりよろしく思えない。
フレームはごてごてと無駄な装飾が多く、レンズもぐにゃりと歪んだ曲線をしている。奇抜というより悪趣味に近い作りだ。
衝動買いは駄目だなと首を振って、そのまま引き出しにしまった。
死蔵していたそれが再発見されたのは、引っ越し前の大掃除がきっかけだ。
発掘されたサングラスのデザインは相変わらず最底辺だったけれど、一度も使わずゴミにするのも忍びない。平素の眼鏡を外し、なんの気なしにかけてみた。
すると、どうだろう。
部屋のありさまと重なって、見知らぬ光景が眼前に現れた。
まるで多重露光の写真のようなそこは、コンサートや演劇などを催すホールのようだった。
私の視点は舞台の上にあって、そこから見下ろすようにして、無数の客席を眺めている。
入れ物こそは豪勢だが、席はまったくがらがらだった。上映が終了した映画館のように、人っ子ひとり見当たらない。
目を瞬かせて周囲を見回し、それから全身の毛穴が開くような心地を覚えて、大急ぎで眼鏡を外した。
だって、考えてしまったのだ。
もし買ったその夜にこれをかけていたなら、どうなっていたかを。
きっとレンズ向こうの座席には、幾万もの観客がひしめいていたのではあるまいか。驚き戸惑う私が晒す醜態を、期待しながら息を凝らしていたのではなかろうか。
この悪趣味なサングラスは、そんな、もっと悪趣味な意図で用意されたような気がしてならなかった。
上手く肩透かしを食らわせてやった、というのは想像に過ぎないが、どうにも気分のいい品ではない。知らぬ間に、向こうから覗かれている可能性があるのも業腹だった。
私はサングラスはビニール袋に入れ、ドライバーの尻で微塵に砕いてからゴミに出した。
そうして安堵の息を吐き、改めて衝動買いは駄目だなと首を振った。
以上は狼子 由様よりの原案
「レンズの向こうでは、幾万の観客が見ていた」
を元に創作したものです。




