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  作者: 鵜狩三善


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時代錯誤

 山道を歩いていたら、道の脇から「おおい」と呼ばわる声がする。

 遭難者でもいるのかと下生えに分け入ると、しばらく進んだ先で古びた壺に出会った。

 壺は自らがたがたと揺れ動き、まるでこちらが見えているかのように、「来てくれたか、ここだ、ここだ」と繰り返す。先の声の主はこれで間違いがないようだった。


「済まないがひとつ頼まれてくれないか。口を塞いでいるこの紙をな、ちょいと剥がして欲しいのだ」


 言いながら、壺はこちらへ開口部を向ける。そこには変色した油紙がぺたりと貼り付けられていた。大分薄れ、また掠れているが、何やら墨で文字のようなものも書きつけてある。

 気味が悪いから嫌だと拒んだら、


「そう邪険にせず。頼む、頼む」


 と壺は縋るように転げて回り、


「こんな山奥にいるのだ。きっとお前は猟師なのだろう? 剥がしてくれたなら犬をやるぞ。放てば必ず大物をお前のところに追い立ててくる立派な犬だ」


 私は趣味の登山者で、職業は一介(いっかい)のサラリーマンである。

 そんなものは要らないと断ると、壺は思案してからまた言った。


「では修行に来た僧に違いないかろう。ならば筆をやる。これを用いれば書から画まで、どれも大変美しく著せるぞ。どうだ」


 太刀に石臼。機織(はたお)り機に鍬。釣り竿に(あぶみ)と鞍。

 壺は私の生業(なりわい)を憶測し、それからも手を変え品を変えて礼物(れいもつ)を提示してきた。しかしそのいずれもがどうにも時代に外れている。

 私が首を振り続けていたら、とうとう消え入りそうな声で、


「駄目だ。もう何も思いつかない。おしまいだ。これ以上できる事はない」


 そう呟いてすすり泣きを始めてしまった。


 あまりに哀れな様子に、ひどく悪い事をした心地になった。

 礼などはいいからと告げて油紙を剥がしたのだが、しかし何も出て来ない。

 中を覗いても見たが、壺の形通りの空間が、ただぽかんとあるだけだった。

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