残らない
雪の日だった。
駅から家までは人通りが少なくて、道には足跡ひとつない新雪が降り積もっていた。
転ばぬように気をつけながら、私は早足に歩く。そしてちらり後ろを盗み見た。
やっぱり、ついてきている。
駅からずっと、私の後ろをコートの男がついてきている。
どうしよう。ここで不自然な行動をすれば、向こうを刺激してしまうかもしれない。考えた末、私はコートのポケットから携帯電話を取り出した。これで話している素振りでもすれば、きっと牽制になるだろう。
「おーい」
するとちょうどそこに 向こうから呼びかけられた。びくりと体が硬直した。思わず足が止まる。
そんな私を尻目に、男はざくざくと雪を踏みながらやってくると、
「落としましたよ」
笑顔で差し出されたのは、私の携帯ストラップだった。先ほど取り出したときに外れたらしい。
「ありがとうございます」
受け取って頭を下げて、私は心の中でお詫びを付け加えた。怯えたり疑ったりしてごめんなさい。
いえいえ、とそのひとは手を振って、私を追い越し歩き出した。
ストラップを付け直し、用のなくなった電話をまたしまう。これまでとは逆に、彼を追いかける格好で
歩を進めようとして、息を呑んだ。
ゆるゆるとそのひとの背は私に先立つ。
けれど積もった雪の上に、足跡はひとつだって残ってはいなかった。




