神棚
近所のレンタルショップでバイトを始めてひと月。業務には慣れたが、どうにも気になる事ができた。
店の奥、18歳未満立ち入り禁止のコーナー並に入口から遠い箇所に、ひとつの棚がある。そこには今ひとつ食指の動かない、配慮した表現をすると、「芸術性の高そうな」映画ばかりが集められている。
ジャンルも雑多でコンセプトも意味不明。新作や人気作があるでもない、誰に需要があるのかわからないようなこの棚なのだが、誰もここには手をつけない。明らかにデッドスペースなのに、棚替えの対象になる気配すらない。
しかも皿に不思議な事に、その棚のとある一本だけが、いつ見ても貸し出し中になっている。
「どういう事なんっすかね?」
先輩に尋ねると、彼は実に楽しそうな顔をした。
「ああ、お前知らねぇんだっけ。この店な、出るんだよ」
「出るって?」
「出るっつったら決まってるだろ。これだよ、これ」
言って手首から先をだらりと垂らした「小さく前へならえ」の格好をする。いわゆるお化けのポーズである。
「実は前の店長が映画マニアだったとかでさ、自分の趣味の棚作ってたんだわ。それがあれ。んでその店長、車に撥ねられて死んじまったんだけどさ、まだあの棚に拘ってるみたいなんだわ。今もあそこを誰かいじると暴れるんだぜ」
「暴れるって、どんな感じなんっすか?」
「閉店してから開店までの間に、あの棚以外の全部のケースが叩き落とされてたりすんの」
「うっわ、クソ迷惑っすね」
そーだよなー、と先輩は頷き、
「で、いっつも貸し出し中のDVDあんじゃん? あれがその店長の一番のお気に入りだったヤツらしくてさ。あれがずーっと借りられないままだとまた暴れるんだわ。だから中身抜いて、常時レンタル中のタグつけてあんのよ」
「それでいいんっすか?」
「それでいいみたいだぜ。中身、誰も見ずに店ん中でホコリかぶってんのになー」
大笑いしてから、俺の肩をぽんと叩いた。
「ま、あれ片付けんのマジめんどいし、触らぬ神に祟りなし、ってな。放置でいいんだから放置しときゃいいんだよ」
後日悪戯心が抑えきれなくなって、件の棚にこっそりと、萌え系アニメのDVDを混ぜてみた。
翌朝は大変な有様だったらしく、先輩のみならず現店長にまでこってりと絞られた。生きてる人の方がよっぽどに怖いと思った。
以上は橘 塔子様よりの原案「近所の●タヤでいつ行ってもレンタル中になってるDVDがある。特に人気作でも新作でもないのに」を元に創作したものです。