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  作者: 鵜狩三善
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雨師

 空梅雨(からつゆ)が過ぎて、更に月が変じたというのに一向に雨が降らない。

 あちらもこちらも、もうからからに乾いていて、だからこそ私は鉢植えの水()りに細心を払う。

 我が家の庭先を飾る鉢植えたちは亡母が丹精してきたもので、だからこそこんな天気の気まぐれで駄目にしてしまうのは嫌だった。


 その日の夕暮れも暑かった。いつものように私が如雨露(じょうろ)で水を()いていると、ふとそこへ影が差した。


「すみません」


 いつの間にやってきたのか、そこには紋付羽織の青年がいた。着物に負けない、しゃんとした空気のある青年だった。


不躾(ぶしつけ)ですがその如雨露、僕にいただけないでしょうか。どうしても必要なのです。どうしても今、必要なのです」


 実に唐突な言いだった。私が困惑していると、彼は再び「どうぞお願いします」と頭を下げた。心底困窮(こんきゅう)するようだった。

 手にしていた如雨露は安価なもので、母が使っていたという以外は別段惜しい品でもない。そこまで必要なのなら、という気持ちになった。


 どうぞ、と差し出すと青年は心底嬉しそうに笑って深くお辞儀をして、そして強い風が吹いた。思わず目を閉じて次に開くと、彼はもうそこにいなかった。

 首を傾げていると、再び風が吹いた。今度の風は冷たく、湿り気を帯びていた。空にはみるみる雲がかかって、急な雨粒が落ち始める。


 閉口して家に入りかけ、その前にもう一度、私は空を振り仰いだ。

 もしも次があったなら、もっといい如雨露を渡してあげようと思った。

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