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召喚憑依転生の――  作者: aika
序章
6/16

第五話 謎に包まれた知識と素性 (side 憑依者)


 迫る大きな拳を、他人事のように見れるのは……俺が、まだ認めてねぇからなのかも知れねぇなぁ。こんな化け物と相対するなんて状況、考えた事もねぇから当然かも知れねぇが。


「ゴアアァァァァァッ!!」


 目の前の化け物、オーガとか言う名の怪物はとんでもない巨大な拳を振り下ろす。隙が大きいためテレフォンパンチもいいところだが、あの巨体にしては速ぇ。風切りが聴こえてきやがるし当ったらタダじゃ……いや、死ぬな。

 身を逸らす、だけじゃなく後ろに飛びのいて避ける。それが最良だと頭の中の『知識』が訴えてきやがる。まぁ、俺個人としてもその考えは同感だ。あれだけの巨体の打ち下ろしなんて見た事ねぇからな。余裕を持って避けるに限る。


 ま――大地が揺れたのまでは想定外だったが。


 ……いや、気のせいだ。本当に地震まで起こった訳じゃねぇ。どれだけ巨大でも拳一つで地盤揺らすような真似はできねぇ。ただ、振動が伝わったのは間違いないがなぁ。

 くそったれ。なんだありゃ。地面が陥没してやがる。んなパンチ繰り出す生きモンなんざフィクションの中だけだと思ってたんだけどよ。クソメルヘン世界の生き物は身体の構造からしてメルヘンって訳か? もっとも、メルヘンすっ飛ばしてバイオレンスの極みだがなぁ。

 さて、どうするか。あんな化け物とガチで戦っても勝ち目はねぇ。かと言って逃げるのもどうだか。逃げたい逃げたくないの感情の話じゃなく、クソオーガの踏み込みの速さがやべぇ。あの速度で追われたらその内捕まるのが目に見えてる。

 ならばやはり退けるしか無い訳だが……何か持ってねぇのかこの馬鹿赤髪野郎。

 こういう化け物の居るメルヘン世界には、魔法やら剣やらのお約束があるもんだが――。


「…………あ? 何だその『知識』……?」


 唐突に、頭の中に沸いた知識が一つ。

 それは『魔陣』。陣を描いて魔力を篭めて、各々の特性にあった属性の力を解き放つ魔法制御法。程度の差はあれ、この世界に於ける人間の殆どが『魔陣』を操れる素質を持つ。ただし絶対魔力量は生涯に渡って変動する事が無い為、才覚のあるものは国にも認められる一級の、


「うぜぇ。んな豆知識はいいんだよ。今は目の前の化け物をどうにかする事を……っ」


 再度空を引き裂いて迫る拳を避け、役に立つんだか立たないんだか微妙な『知識』を漁る。

 今も現在進行形で『魔陣』についての情報が頭の中を徘徊してやがる。はっきり言って訳がわかんねぇ。元の世界じゃ聞いた事もねぇ常識を、いきなり頭に叩き込まれたところで全部を理解する事は出来ねぇ。

 だが――なんとかなりそうなモノは拾い上げる事が出来た。

 魔力とかいうものも、魔陣とかいうものも、属性とかいうものも。

 掴んだのは初歩的な所までだが、それでも活路になる事は間違いねぇな。


「――描き導くは風爆の調べ――」


 指で空中に『魔陣』を描く。記号と図形で構築された『魔陣』に『魔力』を篭める。

 身体の中にある妙な熱量。元の身体では自覚できなかったその熱量を掬い、描いた陣に篭めていく。この間の時間は一秒にも満たない。どうやらフレアスとかいうこの赤髪野郎は、それなりに才覚のある人間だったらしいな。特に苦も無く『魔陣』は発動した。


「――エアロショック――」


 空気が、弾けた。

 同時に後方に吹き飛ばされるオーガの巨体。圧縮した風を爆発させ、風爆として敵を吹き飛ばす風の攻勢魔陣。簡易でありつつも威力があり重宝する初級魔陣。

 ……とまぁ、そんな『知識』が頭の中にぶち込まれてる。自然に使えた事に対する違和感は多いような少ないような。頭では驚いてるんだが、身体の方はさも当然と言った感じだ。

 ったく。本当にメルヘン世界なんだな此処は。ようするにこれ、ゲームや漫画である魔法って奴だろう? こんなもんが普通に存在する世界ってのは、実際問題どうしたものかねぇ。


「――ゴアアアアアアッ!」

「あぁ? なんだよクソが。大して効いてねぇじゃねぇか。役に立たねぇな」


 一度吹き飛ばされたオーガだが、すぐに立ち上がり再び俺に向かって来ている。

 手軽で威力があるとかいう情報を拾ったから使ったんだが……クソオーガ相手じゃ足りねぇな。なんかねぇのか赤髪野郎。てめぇ悪人面なんだから何か持ってんだろ。問答無用でぶっ殺すような凶悪なモン――。


「……なんだ今度は? 『虚空倉召喚陣』……? また訳解んねぇモンが出てきたな」


 次に浮上したクソ『知識』は、武装を呼び出す魔陣だとか。

 虚空倉。それは無形の倉庫。かつて神皇都市ディバインガルドの魔道士が作り上げた次元を歪める保管庫の事を指す。その製法は既に失われ、現存しているモノは国が管理しているものが殆ど。未開の迷宮にはまだ残っているとの噂があるが、見つけ出した者は少ない。尚、今現在において虚空倉を所持しているハンターは十人にも満たず、


「だからうぜぇって言ってんだろうが。今すぐ使える情報だけ出しやがれ」


 魔陣の情報を掬い上げた時同様、くそったれな豆知識が半自動的に駆け巡る。

 本当、扱いに困る『知識』だ。検索したい事柄が必ずしも出てくるとは限らねぇ。状況に応じたモンが出てきてくれてることは解るんだが……その判断基準がよく解らん。おそらく、このクソ赤髪が基準になってるんだろう……まじで役に立たねぇ赤髪だなこいつは。


「ゴアッ、ゴアァァァァッ!」

「あぁ、五月蝿ぇんだよテメェも。さっきからゴアゴア叫びやがって……ちっ!」


 ドォン、と音を立てて飛びのいた地面が土煙を上げる。拳を振り下ろすだけの単純な攻撃しかして来ないが、威力の方は洒落になってねぇ。一度でも喰らったら立派な手捏ねハンバーグが出来そうな破壊力だぜ。

 仕方ねぇ。よく解ってねぇが虚空倉とやらから武器を呼び出すとするか。

 何がある。おい赤髪。てめぇ何を持ってやがる。俺が問答無用でぶっ殺すようなモノを求めたら、この『知識』が出てきたんだ。ちゃんと役に立つモン持ってるんだろうな――。


「――描いて呼ぶは狂気の剣――」


 頭に浮上した言葉に従い、宙に陣を描いて武装を呼ぶ。

 空間が歪む。水面に発生する波紋のように、空間に波が生まれ、そこから剣の柄が一振り。

 それを掴んで引き摺り出すと……細身の、両刃の剣が右手に収まっていた。


「……あぁん? んだこのひょろいモヤシみてぇな剣は……役に立つのかこんなもん……」


 重さも殆ど無い上に、刀身は細い。針金でも持ってるような心細さだ。

 こんなもんで戦うくらいなら棍棒の方が幾分マシな気がする。しかし無い物を強請っても仕方ない。俺はひとまず素振りして、剣の使い心地を確かめる。


 そう。俺は、ただ素振りをしただけだ。

 オーガの居る方へ向けて、一回剣を振るっただけ。

 だがその瞬間、振るった剣の軌跡に沿って光の束のようなものが奔り――オーガの身体を両断していた。あっけなく素っ気なく、豆腐でも切る様な手応えの無さで。


「…………ありえねぇだろ。なんだよこの阿呆みたいな剣は」


 流石に目を疑って、改めて手にした剣を見る。すると『知識』がその剣の情報を引き出してきた。剣の名称とその効果が、俺の頭の中に叩き込まれていく。



 名称『魔剣ルナティック』。月の剣。狂気の剣。

 装備者の意志に応じ、距離を無視して敵に迫る効果あり。古の武器。

 岩石をバターのように切り裂く切れ味を持つ、超一級の武装。

 かつて魔王が所持していたという曰くのある魔力剣で、その真なる力は――



「……描いて潜めるは狂気の剣……」


 速攻で『知識』に問い掛けて、虚空倉に仕舞う魔陣を見つけた。そして仕舞った。

 くそが。ふざけんじゃねぇぞ。なんだその阿呆臭ぇ剣は。ただの危険物じゃねぇか馬鹿野郎。こんな殺人鬼養成装置みたいな剣、後生大事に持ってんじゃねぇぞ。

 誰が使うかあんなもん。二度と取り出さねぇからな。あんな阿呆剣、倉庫の奥で埃でも被ってろ。それが一番だ。


「まぁ、これで一応片付いたな……おうおう、見事に真っ二つじゃねぇか。悪ぃなオーガくん。こんなくそ赤髪の命はどうでも良いんだが、俺が死ぬ気は無くてよ。そこで死んでてくれや」


 完全に息絶えたオーガを少し見やり……すぐに視線を切る。何時までも屍眺めていたってどうにもならねぇ。俺の現状に何か変化が起きる訳でもねぇ。この赤髪の身体に憑依してしまった現実から逃げられる訳でもねぇ。

 右手を見下ろし開閉する。身体はちゃんと動く。赤髪、フレアス・ブリューネルの身体と俺、火宮守勢の意識にズレは無い。不本意極まりないし理由も解らないままだが、完全に乗り移っちまったとみていいだろう。元の、フレアスくんの意識が何処に消えたかは知らねぇが。


「とりあえず、こんな所で立ち尽くしても埒が明かねぇな。どっかに街とか村とかねぇのか? 見える範囲じゃ何もねぇけどよ」


 どこか身体を休められる場所――それを意識すると、予想通り『知識』が脈動する。

 ここより一時間ほど進んだ地点に街があるらしい。どういう街なのかはよく解らねぇが、滞在してる場所らしいってことは解る。

 それと銀山がどうとかこうとか……近くに銀鉱でもあるってのか? ならそこそこ栄えてる筈だなぁ。まあ、寂れた場所でさえなきゃどうでもいいんだが。


「ひとまず向かうとするか……また変な化け物が出てこなきゃいいんだが……」


 溜息を一つ、俺はしぶしぶ歩き出した。

 あの剣は二度と使う気はしねぇし、魔陣とやらの使い方も殆ど解っちゃいねぇ。後で身を落ち着ける場所に行ったら、その辺調べないとな。こんな何も無い場所で実験するのは危険すぎる。魔力量とかいうのも限りがあるようだし、無駄撃ちは出来ねぇ。

 趣味じゃねぇが祈りながら進むしかないようだ。化け物と遭遇しないように街まで辿り着くのを祈るしか。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 ――で、自分でも信じられねぇんだが祈りは通じたらしい。俺はあれから一時間ほど化け物と会うことも無く、街とやらに辿り着いた。

 知識の中で銀山がどうとか言ってたのは間違いないみてぇだな。かなり賑わってやがる。露店なんかにも銀細工の装飾品が並んでいる。供給量が多い事の証明だろう。

 活気もかなりある。飢えた奴は見えねぇし、俺が目にした範囲での話だが街の住民は殆ど生活に困ってないんだろうな。裏に回ればどうかは知らねぇが、表立って貧困が見えねぇだけでも大したもんだろう。

 ただ気が滅入った出来事も多少ある。まず街の連中の……というかこの世界の連中の服装を見て気が滅入った。本気でメルヘン世界に来たんだなと思わせるものばかりだったから。

 間違いなく、ここは地球じゃねぇ。海外って話でもねぇ。化学繊維なんてこの世界には欠片もねぇんだろうな。麻や木綿が目立つ。多分、中世ヨーロッパあたりの技術か。

 詳しくは解らねぇが、パッと見の情報だけでも別世界だってのは嫌なくらい解る。それが気が滅入る一つ目の事柄だ。

 残りは――俺に向けられる視線。


「…………」


 怯え、恐れ、あるいは怒り。

 街に入ってから、碌な感情向けられてねぇぞ。正確には入る前からだが。街の入り口に居た衛兵も、恐れと怒りが同梱していやがったし。

 更に、そういった負の感情を向けるのは年齢性別問わずだ。ようするに、この赤髪くんは街の住民にえらく嫌われてるって事だ。どっちかというと忌避されてるようだが。

 いずれにせよ……くそったれな事実だけは変わらねぇ。フレアス・ブリューネルだったか。なんなんだよこいつは。魔陣だの魔剣だの化け物の名前だの、そういった事は『知識』として叩き込まれていくってのに、この赤髪野郎の詳しい素性は一切読み込めねぇ。苛立たしいにも程があるぜ。

 それに、素性が解らねぇのは何も赤髪だけじゃない。俺自身の事も微妙だ。記憶がおぼろげ。自分の年齢や名前は解るが、自分自身の人生、歴史が靄に覆われている感覚。

 ……マジで苛立たしい。こういうはっきりしない状況が一番嫌いなんだよ俺は。


「……ま、焦ってもどうにもならねぇか」


 はぁ、と脱力しながら大きな溜息を吐く。

 色んな視線を浴びながら、街を歩き辿り着いた先は一軒の宿屋。滞在場所、って事を考えていたら浮上したのがこの宿屋の位置だった。多分、赤髪はこの宿屋に泊まってるんだろう。

 戸を開けて宿屋の中に入る。木製のボロイ訳でも立派な訳でもない、何ともパッとしない宿の内装。入ったすぐの所にカウンターがあって……四十歳程の宿の主人が怯えた顔で俺を見てやがる。おいおい、宿泊してる宿の主人にまで怖がられてるのかよ。


「ブ、ブリューネル様。お、お帰りなさいませ……」

「――あぁ」

「ほ、本日はお早いお帰りでしたね」

「なんだぁ? 俺が早いと何か不味いってのかぁ?」

「い、いえ! 決してそのような……も、申し訳ありませんっ!」


 話しかけて来たから、少し返答すると宿の主人は涙目で答えてくる。

 ……なんなんだろうな、この赤髪野郎は。一体何をどうすればここまで恐れられるんだか。

 だが、俺が考えても答えなんて出る訳がねぇ。赤髪野郎の素性は追々考えるとして、とりあえず身体を休める事を第一に考えるか。


「ほ、本日の夕食はいかがされますか? お連れ様の分はどうなさいましょうか……?」

「……お連れ様だぁ?」

「ひ、ひぃ! す、すいませんすいません! お部屋に滞在されているのは知っていますが、食事を摂りに出てくる様子も無いものですから、つい……申し訳ありませんっ!」

「…………」


 怯えてる主人を無視して、俺は思考する。

 お連れ様。部屋に滞在。そこから導き出される事は……どうやらこの赤髪野郎には連れがいるらしい。そしてその連れは、今も部屋に滞在しているようだ。

 これは……どうするべきか。連れとやらがどういう存在なのかにもよるが、場合によっては面倒な事になりそうだ。勿論、今が既に面倒なのは違いねぇんだが。


「夕食については後で決める。すぐに降りてくるからその時にな」

「は、はいぃ……」


 頭の痛む出来事が出てきたが、まずはお連れ様とやらに会わない事にはどうにもならねぇ。

 階段を上がりながら考える。『知識』は勝手に滞在していた部屋の位置を割り出す。こういうところは便利なんだが……ならなんでお連れ様とやらの情報が出てこねぇ。人間関係の情報は読み込めないようになってんのか?

 ……ま、考えても仕方ねぇな。部屋に入って腰を下ろしてそれから考えよう――。






 そして、扉を開けてすぐ目にしたモノは、今日一番の驚愕だった。

 歳若い緑髪の少女だった。耳の長い少女だった。中学生くらいの少女だった。

 ボロ布みたいな服を着て、首輪を着けた――奴隷みたいな少女が怯えた目をしていた。






 ……とりあえずだ、フレアス・ブリューネルくん。

 てめぇが、世間一般で言うところの外道って種類の人間だって事が解っちまったぜ馬鹿野郎。



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