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召喚憑依転生の――  作者: aika
序章
1/16

プロローグ

 召喚――この国、ライゼール魔道国の『行事』にはそんなモノがある。

 この世在らざる場所から異なるモノを呼び出す術理。それは命の無い物体である事もあれば、生きた生物である事もある。共通しているのはこの世界に無いモノだという事だ。

 過去に呼び出されたモノは等しくこの世のモノではない。見た事も無い工芸品。材質の解らない武器。製法の解らない道具。または……異なる人間。

 それが何処から来たモノかは解らない。なにせ『召喚』なのだ。『召還』ではない。呼び出すためだけの術であるが故に。つまり送り返す術は最初から存在しない……あるのかも知れないが、少なくとも私の知る限り無い。開発していない。当然だ。『召喚』は国の行事、国王の指示の元に魔道長が執り行う儀式だ。ならばこそ還す必要性は無い。『召喚』によって呼び出されたモノは全て国が求めたモノ。必要なモノをわざわざ元の場所に戻す理由は無いのだから。


「…………ふぅ」

「レイゼルス様? いかがなされましたか?」

「……いや、なんでもない。今期の『召喚』は果たして成功するのか否かを考えていてね」


 ペンを置き溜息を吐いた私を、侍女であるサリーナは疑問に思ったのだろう。翡翠のような瞳で私を覗き込んでくる。このように執務中にあからさまな溜息を吐く事など滅多に無い。私自身記憶している限りでも片手で数えるくらいか。他人の前で溜息など吐かない。私は吐ける立場にいない。二十にもなるこの人生で他人に弱みを見せた記憶が無い。そんな立場に生まれてしまった。


「何を仰いますか。ドリス様の執り行った儀式が失敗した事などいまだありません。心配為さらずとも見事成功なさいますでしょう……レイゼルス様も見に行けばよろしかったのに」

「そんな気にはなれぬよ。そもそも心配の意味合いが違う。私は今も昔も『召喚』は失敗するべきだと切に思っているのだから」

「……またそのような事を。心に痛い言葉を仰るのはおやめください。そのような発言が国王陛下の耳に入った時を思えば、私は眠りに就く事もできません」

「解っている。サリーナ以外に聴かせるつもりはないよ……繰り返された事柄は常識になる。なってしまう。この国の殆どが『召喚』に疑問を抱くまい……どれだけ非人道的な行為なのか、考えた事のある者は果たしてどれだけいるのだろうな」

「レイゼルス様……」


 長く続いた『召喚』は十年に一度の行事と成ってしまった。慣れとは恐ろしい。『召喚』が何時からどのように何が切欠で行われた儀式なのか……それはもう定かではない。一説によれば世界を征服せんとした魔王を討つ勇者を呼び出す為であったと言われているが……確かめる術は無い。

 解るのは遥か昔に、このライゼールにとって益を齎すモノが『召喚』されたということ。そしてそれに味を占め、幾度と無く『召喚』が繰り返されてきたということ。

 何しろ『召喚』によって齎せる利益は大きい。素性の解らぬ道具が呼び出されたとしても、それを解明すれば新たな技術が手に入る。羅針盤や時計など、役立つ技術がいまこの国にあるのはすべて『召喚』の賜物だ。誰しもがその恩恵を知っている。

 無論、『召喚』には莫大な魔力が必要とされる為、頻繁に行うことは出来ない。前回の召喚は私が十の頃の話である。あの時呼び出された道具については今も研究中だ――まああれは、そう易々解明できるものではないだろうが。

 兎も角、ライゼール魔道国における『召喚』は国の大事に他ならない。この『召喚』の成否によって国の未来が決まるといっても過言ではなく……だからこそ今回の召喚も成功するだろう。失敗の可能性など皆無に等しい。魔道長の指揮の元、魔道団総出で陣の作成を行っていたのだから。万に一つも失敗は無い。

 そうだ。失敗は無い。ありえない。

 だから今回も――犠牲者が生まれる。


「……当たり前になっている、私はそれが怖いのだよ。『召喚』などと聴こえはいいが、やっている事は窃盗と誘拐だ。ああ勿論私も王族の一人として綺麗事を言うつもりは無い。今まで何人も見捨てて来たし切り捨てても来た。自分が清廉潔白だと言うつもりは無い……だが、『召喚』は違う。王も、貴族も、執り行う魔道団も、良心の呵責など微塵も無い。自分達のやっている事が悪行非道の類なのだと思う心は欠片も無い。もう、当たり前になってしまっているのだからな」

「……自国の繁栄の為。ならばこそレイゼルス様が御心を痛める理由はありません。そのように悪しく言う必要などどこにも無いではありませんか」

「いや、ある。あるに決まっている。私は人を使う立場に居る人間だ。だからこそそれは覚悟の上でやらねばならない事なのだ。決して“当たり前”のように行っていいものではない。息を吸うように、水を飲むように、そんな風に“当たり前”になってはならぬのだ。『召喚』は悪逆非道な行為に違いないのだから」


 我々が『召喚』した事によって不利益を被った者が確実に居る。『召喚』されるものは何かしらの益になるものと決まっているのだから。だからこそ益を失った者は不利益を被るに決まっている。

 どんな不利益を被るかは知らない。盗まれたとして責任を問われ職を失った者も居るかもしれない。

 しかしこの国は、そんな負の結果は無視している。見ようとしない……否、それどころか頭の片隅にすらない。『召喚』によってモノを呼び出すのが当たり前になっているからだ。自身の益しか眼に行かず、他者の不利益を念頭に入れていない。

 私はそれが怖いのだ――この狂った常識が。


「誰に言っても不思議がられる。誰に聞いても首を傾げられる。何を言っているのだろう、と――そんな顔を向けられる。君もそうだったなサリーナ。私が言うまで、疑問にすら思わなかった」

「……」

「それが、この国の常識なのだ。名も知らぬ誰かから物を奪って笑顔を浮かべる、そんな行為が当たり前になっている国なのだ。私は怖くて堪らないよ。私だけが異端なのだ。それはそうだろう。この国の誰もが豊かになる行為に反発するのは私くらいしかいない」

「……レイゼルス様は優し過ぎるので御座います」

「優しくなどないのだよサリーナ。本当に優しいのなら今頃『召喚』の儀式を止める為に動いてる。どうせ誰も耳を傾けない、無駄な行為なのだと断定して目を逸らしているだけに過ぎない」


 結局のところ、私は常識に負けた敗残者だ。少数は多数に駆逐される。白い物を白と言っても、多数が黒と言い張ればそれは現実になってしまう。私一人が声高に叫んでも、一人だけでは意味が無い。声が虚しく響くだけ。当たり前の事柄に異を発しても、ただ不思議がられるだけ。

 それでも、私が王族だからこそ声を発する事がかろうじて許されている。

 もしも私が平民として生まれていたら……きっと私はこの世にはいないだろう。


「もう、私に出来るのは祈る事だけだ。召喚が成功しないように、と。せめて人が召喚されないように、と。拉致誘拐行為まで平然と笑顔で受け取る父や母、そして兄弟達の姿は……見たくない」

「……レイゼルス様」


 ただ、祈る。もうこの常識に口を出さない。ただ、失敗して欲しい。召喚が出来なくなって欲しい。

 そうすれば『召喚』に頼らなくなる。『召喚』以外の方法で国を富ませようと思うようになる。

 それは苦難の道かも知れないが、私はそれを願う。

 どうかお願いだ。止めてくれ、変えてくれ、壊してくれ。

 この国の常識を、この狂った当たり前を――。




 そう、祈っていた時の事――――城を揺るがす爆音が響いた。




「……な、に……?」

「っ、レイゼルス様!」


 突如聴こえた爆音と、揺れるこの振動を前に、サリーナが私を庇うように上から覆い被さる。何が起こったのかまるで解らない為の、咄嗟の行動。瞬時に私の安全を確保する為に侍女の反射。


「――案ずるなサリーナ! 私に大事は無い! 状況の確認を優先しろ!」


 身を起こしサリーナを引き剥がす。私を案じてくれた彼女に対する答えとしては最低にも近いが、今の爆音はこの執務室より離れた場所からのものだ。まずはどこから、どの程度の規模の爆発が起こったのかを確認しなければならない。

 なにせ、今は城で行われている事は『召喚』の儀式。一番可能性が高いのは『召喚』に何か異変が起こったという事態なのだから。


「はっ! ただちに確認を取ります! レイゼルス様は速やかに避難を!」

「いや、私もお前と共に行く。何が起こっているか解らない以上、闇雲に動くのは危険だ。私もお前もな。今すぐ儀式場に行くぞ――我が剣を持て!」


 指示を出し、魔法剣を帯剣する。法銀で造られた一振り。これでも年少の頃より剣術の指南は受けている。多少の脅威ならば、この剣だけでいかようにも対処できるだろう。

 しかし今の爆発はなんだ? あの儀式場は万が一を考え、充分な警戒態勢にあった筈。魔道団の腕利きも配備されており、今のような爆発が起こる可能性など皆無に等しい。

 考えられるのは……召喚物か? 不利益なモノは召喚されないとは言え、危険なモノが召喚されないという訳ではない。何か誤作動でも起こし爆発した可能性もなくはない。

 私とサリーナは儀式場へと続く廊下を駆ける。その間、右往左往する兵士は慌てふためく騎士なども見えたがその全てを無視して先へ急ぐ。私達を制止する声も聴こえるが無視だ。今は一刻も早く儀式場へ向かわねば。


「……レイゼルスか」


 儀式場の扉は既に開け放たれており、その全貌が見て取れた。

 中からかけられた声は、苦悩に満ちた父――ライゼール王のもの。悔しげな、その顔は珍しい、珍しすぎる顔だった。このように感情を表に出す王は久々に見る。


「一体何が……!」


 状況は聞くまでも無かった。儀式場の石壁に空いた大きな穴。外の青空が見渡せるほど大きく空いたその穴こそ先程の爆音の正体なのだと容易に解らせる。

 けれど解らない。何をどうすればあのような大穴が空く? この儀式場には結界が張ってある。そう易々と破壊できない。実際、今私が持っている魔法剣を振るっても、この儀式場の石壁を壊すことは出来ない。精々、僅かな傷を刻むことだけだ。

 にも関わらず――あの大穴。何がどうなれば、あんなものが生まれる?


「……今回の召喚で呼び出されたモノは人間であった。そのモノが壁を破壊し逃走したのだ」


 王の言葉に耳を疑う。

 珍しく人が召喚された事もそうだが、その人がこの儀式場の壁を破壊した事にも。

 馬鹿な。この儀式場を破るには、魔道団が総出で攻撃魔法を放ちでもしない限り不可能。にも関わらず破壊しただと? それもこのような大穴を空ける規模で?


「……止めなかったのですか? どうしてこのような事態に」

「止める暇も無かったのだよ。一瞬の事だった。近付いた騎士達を叩き伏せ、一瞬で結界を破った。全く末恐ろしい者が呼び出された者だな。見目麗しかったのは、正しく見た目だけだったらしい」


 苦悩に満ちた顔は消え、獰猛な笑みが浮ぶ。獲物を狙う覇王の破顔。

 逃走したとは言っているが――逃がす気は無いのだろう。何処までも追い詰めて自身のモノとする。

 何もそれは目の前の王に限った事ではない。歴代の王達は皆貪欲に求めていたのだ。

 別世界から『召喚』されるモノを。


「逃がしはせん。あの美貌もあの力も、全ては我が手の内に収める……!」


 好戦的な笑みを浮かべたまま、王は儀式場を立ち去る。倒れた騎士も騒然とする魔道団達も置いて。

 おそらく追跡隊を組むのだろう。地の果てまでも追い、自らモノとするその時まで。


「……結局、変わらぬのか」


 思わず言葉が口から漏れる。

 変わらない。このような事態になっても何も変わらない。召喚されし者が逃げたとしても、その意思を汲む事は無い。どうして逃げたのか、何故逃げるに至ったのか、その事を考えようともしない。

 願わくば……逃げ切って欲しいと思う。この国のモノになってしまわぬよう、何処までも遠くへ逃げ切って欲しい。私に召喚された人を救う事は出来ないだろうけれど。



 レイゼルス・フォン・ライゼールとしてではなく。


 こんな世界に転生してしまった、一人の人間として――そう、願う。


レイゼルス・フォン・ライゼール=転生担当

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