【poison boy】
神原の過去、そして由佳の思い。
弱った神原です。
上原由貴の死因は毒らしい。しかし、その毒の種類は分かっていないらしい。だから僕は毒について色んなことを調べた。生物毒に放射能性物質。ファンタジーなものまでも調べた。しかし、そこまで調べたあと、ふと我に返り僕は何をしていたのだろうと思った。何故僕が嫌いな人間のために毒のことを調べなければならない。別に警察から命令など出ていない。それなのに、何故。そうして僕は調べることを放棄した。だけど、今ならわかる。何故僕は頼まれてもいないことを調べ始めたかを。
第四話【poison boy】
神原たちは急いで階段を上がり、冨山の部屋の前まできた。オーナーの伊達の手にはマスターキーが握られており、皆、冷や汗をかいている。
「おい、冨山! いるなら返事しろ!」
五十嵐勇人がそう叫ぶも部屋の中は誰もいないかのように静かである。そこで伊達は鍵穴に鍵を入れ、中をあけてみると、鉄くさい匂いが広がった。――否、ただの鉄の匂いではない。人の体内に流れる液体の匂いだ。
「な、何よ、この血の匂い……!」
誰かがそう言ったが、神原は別段気にもせず、ドアを開けてすぐにあった電気にスイッチをおした。パチという音とともに明るくなったこの部屋には生きた人間はいなかった。ただ、この部屋にいたのは、胸を何かが書かれた紙とともに矢で貫かれている冨山義正だった。
「この時代に矢……? じゃ、なくて現場は……024号室、被害者は……」
「冨山義正三十九歳。職業、医者。死因は……刺殺か、出血多量死か……」
「毒だネ。矢の鉄部分が変色しているヨ」
氷野がそういうように矢の鉄製部分は本来の鉄の色ではなくなっていた。氷野という少年は小学5年生でありながら歴史、特にアジア史の知識が豊富な小学生だ。彼が天才と呼ばれる所以は所謂子役の天才で何をやらせてもその役に完璧になりきるという実力の持ち主だからである。そんな天才少年は自らの知識と経験をフル活用させ、毒という考えを持ち出した。
その考えには神原も同じだったらしく特になにも言うことなく天才少年の考えを聞いた。
「あのサ、僕が思うにこれは連続殺人って考えていいんじゃないかナ? ほラ、何年か前のこのホテルでの最初の事件、確か死因は毒殺でしョ?」
「あ、はい。そうでうが……」
「024号室で毒殺……じゃあ次は右目を抉られるカ、殺されるカ……ま、楽しもうヨ、この状況をサ」
「“青い一つ目の龍”……“青龍”……“蒼竜の棲む泉”……」
神原は一人小さく呟く。その様子をある人物は見逃さなかった。
思えば最初から神原はおかしかった。気分が悪いと外に出たり、急に女の子を連れてきたり、目の前の天才少年を前にしても何もいわなかった。少しくらい、反論があるだろうに。
‡ ‡
神原さんがこんなに静かな日があっただろうか。最近のことを思い出すだけでも皆無だ。以前草加さんに聞いたことがある。神原さんが最初で最後に尊敬した人物のことを。その人が死んだ場所はココだった。先程の被害者のように、死因は毒殺。その他に右目がなかったり、所々傷があったという。家族に見せることなくその人は焼かれ、家族がその人を見たのは骨になった後だという。その死体を本人と確認したのは神原さん。そのときはまだ成人に達していなかったらしい。
「神原さん、今回のって……」
「まだ続くよ」
「え?」
どういうことだろうか。静かに、風に叩かれている窓を見ながら思いふけっていたはずなのに、推理なんていつ……。
「由貴は一度にやられたけど、冨山は毒殺のみ……。何回かに分けて殺す気だよ。ま、大体ターゲットは分かってるし、僕らはそれを守ればいいだけだからね」
「ターゲットってまさか……由佳さんじゃないですよね?」
「……きっと、父と同じように殺されるだろうね。毒を盛られて、目を抉られて、裏切られて、もしくはそれに相当する絶望を与えられて、犯人の目星はついてるけど、証拠がなぁ……」
「証拠?」
「そう、証拠。あと動機かなぁ」
そういいながら、僕の目の前にいる天才は自分の小さなバッグから手紙のようなものをだし、読み始めた。時折、懐かしんだり、後悔したりと色んな顔を見せながら。その手紙は年代物なのか少し色が褪せている。しかし、破れた部分などは一切ないのでとても大事にされていたことが分かる。今だってこの手紙はよくクッキーなどが入っているような缶箱から出てきた。きっとこの男にとって大事なものなのだろう。この天才が人生で唯一後悔した、悲しい話の結末なのだろう。神原由悟が最初で最後に尊敬した人物“上原由貴”という一人の男性の結末が書いているのであろう。この手紙を読むことは僕たちに許されてはいない。これは、彼の思い出なのだから。
‡ ‡
「もしもし? ええ、順調に進んでいますよ? ああ……はい、はい。もちろん指示は俺が出してますけど? あー、分かりましたよ。ま、騎士としての役目は果たすつもりですって。ね? 黒の王」
そして朝はやってくる。
「み、皆様。お食事の準備が整いましたのでどうぞ竜の間へ……」
このホテルのオーナーである伊達は仲居に客である彼らを一ヶ所へ集めた。
「皆様、昨晩のことですが……」
「警察に連絡したの?」
「それが、つながらなくて……」
そのとき、周りがざわめいた。その中で一人だけ、パソコンを立ち上げカタカタとキーボードを叩く。一通り終わったのだろうか、口を開いた。
「……一応メール送っといたけど、ちょっと怪しいよ。届かないかも」
「森羅ので駄目、か……」
「由悟、今朝方俺の携帯に入ってきた情報だが“何者か”に電波を傍受されたらしい」
「止めたわけね、警察のほうは。ならいいや。伊達さん、暫らくC†Bは自分の部屋で過ごします。昼食もそこに運んでください。あと、外から鍵かけといてください。そうすれば僕らのアリバイは成立することが出来るので」
口早に神原は言い、急ぐようにその場を離れた。彼に続いてC†Bの仲間達はその場を出て行った。
伊達に用意されたロッジに移動し、神原はすぐに自室へ籠もった。皆に自分を暫らく一人にしてほしいこと、上原由佳を絶対にここから出してはいけないことを言って部屋に籠もった。
――頭が痛い。思い出すな、由貴を殺した犯人と今回の犯人は一緒。なら動機は? 由貴の時のは分かる。でも、冨山を殺した理由は? 思い出すな、思い出すな。何を見落とした? 何を……。
神原は悩む。強がりな、プライドの高い彼には相談相手などもういない。ひとりで解決してしまう。精神への負担はとても大きい。
上原由佳は言う。
「アイツ、どうしたんだ?」
「……神原さんはね、君のお父さんが死んでからずっと死因について調べてた。それでよく仕事サボったりするけど、毎回脈ナシで、でも落ち込む暇なんて無くて……相談できる人もいないんだよ」
「? お前らがいるじゃん」
「由悟が相談できる人はこの世でたった一人だけだ。その人亡き今、由悟を救える奴は居ない。なにより、今まで由悟が事件に対して真面目になったことなんてほとんど無い。だからどうすればいいのか知らないんだ」
まして俺達はいわば由悟の手駒。こっちからアクションを起こすことは許されてない。と草加は続ける。それを聞いた上原由佳は、おかしいとただ思った。仲間なら、声をかけたりだとか、ただそばにいるとかあるだろうにと。上原由佳は静かに神原の元へ行った。
扉を一枚隔てた先に男はいる。そう分かっているが一歩踏み出せない上原。ポツリポツリと話し始めた。
「……父さんの毒、昔中国でつかわれていただろう鳥の毒だって」
「……知ってる」
「……長谷川さんが言ってた。父さんが死んでからアンタ、ずっと犯人捜してたって」
「……」
「そんなこと知らずに今まで暴言吐いててゴメン。でもさ、少しくらい仲間頼ったらどう? 私がいうことじゃないけど、アンタがそうやって溜めて、辛くなるなら話して楽になったほうが、仲間も楽になるんじゃない?」
「……。君は本当に由貴の子供だね。純粋で、節介焼きで、黒いことを嫌う。―――僕は頭はいいかもしれない。それは自負してる。だけど、きっと誰よりも弱い。由佳、暫らくそこに居てくれない? 君にしか弱みは見せれない」
「ああ、いいよ、由悟」
静かに彼らは瞳を閉じる。
――由悟、この手紙は俺が死んだ後に届くようになってる。仕掛けは自分で考えろ。ま、とりあえず……俺の娘にな、由佳っていう俺似の可愛い娘がいるんだ。お前は変なところで意地張るからな、いつかお前と由佳が一緒の事件に居たら由佳はまあ、チェスで言うクイーンの役になるだろうさ。お前が許すなら、由佳がそう望むなら、今お前が考えてる組織の中に入れてやってくれ。死んだ後だが一生の頼みだ。代わりと言っては何だが、この手紙と届いた荷物やる。売れば金になる、持ってればいいことがある、らしい。それから――
たぶん次でこの話は終わりです。