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後悔買取店 ―その後悔、三十二万円です―

作者: 月泉
掲載日:2026/09/20

後悔を売買できるようになった世界の、ある一日の話です。

少し不穏な短編ですが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

「その後悔、三十二万円ですね」


男は泣いていた。


だが、査定額を聞いた途端、涙が止まった。


「……そんなに?」


「強い後悔ですから」


俺はタブレットを返した。


画面には、後悔に結びついた記憶が残っている。


病院の廊下。

閉じた手術室。

母親から最後に届いたメッセージ。


――たまには帰ってきなさい。


既読をつけた。


返さなかった。


三ヶ月後、母親は死んだ。


「こちらにサインを」


男は鼻をすすり、署名した。


査定機の透明なカバーが下りる。


低い駆動音。


七秒。


男が瞬きをした。


「あれ」


自分の頬に触れる。


「俺、なんで泣いてたんでしたっけ」


珍しい反応ではない。


「お母様の件です」


「ああ」


男は画面を見た。


母親のメッセージが、まだそこにある。


「そうでしたね」


それだけだった。


三十二万円の入金を確認すると、男は二度頭を下げ、店を出ていった。


自動ドアの向こうで透明な傘を開く。


外は朝から雨だった。


これが俺の仕事だ。


正式には《感情資産取引士》。


世間では、後悔屋と呼ばれている。


二〇四一年、記憶と感情を切り離す技術が実用化された。


最初に扱われたのは恐怖だった。


事故や犯罪の記憶を残したまま、身体を震わせる恐怖だけを除く。


次に幸福が商品になった。


結婚式。

初めて子供を抱いた日。

亡くなった祖父と釣りをした午後。


金に困れば、幸福を売る人間もいる。


そして、最も大きな市場になったのが後悔だった。


後悔は役に立つ。


会社を潰した経営者。

部下を追い詰めた上司。

子供との関係を壊した親。


彼らの後悔を移植された人間は、似た状況で強い忌避反応を示す。


他人の失敗を、失敗せずに学べる。


企業研修。医療。教育。スポーツ。


後悔は今や、資産だった。


俺は十二年、この仕事をしている。


客が売る。

会社が買う。

別の誰かが使う。


俺は値段をつける。


善悪について考えるのは、ずいぶん前にやめた。


ただし、一つだけ例外がある。


《特級後悔》。


端末にその四文字が出たら、査定を中止する。


客に触れない。

詳しい事情を聞かない。

警察へ通報する。


理由は知らない。


新人の頃、研修で尋ねたことがある。


講師は資料から目も上げず、


「知る必要はありません」


と答えた。


十二年間、一度も見なかった。


だから、その存在自体をほとんど忘れていた。


その日の午後七時二十三分までは。


少女が入ってきた。


高校生くらいに見えた。


濡れた黒髪。

紺色の制服。

白い靴下は雨を吸って、足首まで灰色になっている。


右手に透明な傘。


左手にはコンビニの袋。


「後悔、売れますか」


「未成年は保護者の同意が必要です」


「十八です」


学生証を差し出す。


久住絵麻。


十八歳。


「どんな後悔ですか」


「先に測ってください」


「内容を伺わないと――」


「測れば出るから」


妙な言い方だった。


簡易査定を開始する。


通常なら二秒。


三秒。


五秒。


端末の画面が暗い赤に変わった。


警告音。


《解析停止》


《資産由来異常》


その下に、


《特級後悔》


俺はカウンター下の緊急ボタンへ手を伸ばした。


「押さない方がいいですよ」


指が止まる。


「規則です」


「知ってます」


「なら――」


「その後悔の中にいる人」


少女が俺を見る。


「あなたですから」


*


「俺を知ってる?」


「知ってます」


「どこで会った」


「会ったことはないです」


「じゃあ、どうして」


絵麻は答えず、店内を見回した。


白いカウンター。

査定機。

ウォーターサーバー。


壁には本部指定のポスター。


《後悔を手放して、明日へ》


絵麻はそれを見て言った。


「これ、嫌い」


「何が」


「このコピー」


「本部に言ってくれ」


絵麻の眉がわずかに動いた。


「……やっぱり言うんだ」


「何を」


「同じこと」


胸の奥に、小さな棘が刺さった。


「前にも俺が言った?」


「だから、会ったことはないって」


絵麻はコンビニの袋から黒いケースを取り出した。


旧式の感情媒体。


「これを買いました」


カウンターへ置く。


値札が残っていた。


《判断失敗/対児童》


二百六十四万円。


正規流通コード。


販売元。


うちの会社。


「どこで手に入れた」


「公式オークション」


「特級資産が一般市場に出るわけない」


「買った時は特級じゃなかった」


「どういう意味だ」


「私に入れてから、そうなった」


俺は顔を上げた。


「移植したのか」


「はい」


「自分で?」


「正規のクリニックで」


二百六十四万円払って、見知らぬ人間の後悔を自分に入れる。


「何のために」


「知りたかったから」


「何を」


絵麻はケースを指で押した。


「番号、調べてください」


端末に入力する。


商品は実在した。


販売済み。


購入者――久住絵麻。


生成日は七年前。


二〇三四年十一月十九日。


日付を見た瞬間、何かが引っかかった。


絵麻は俺の顔を見ていた。


「久住湊」


名前が記憶を連れてきた。


三歳男児。

浴槽内で溺死。

母親は在宅勤務中、数分間浴室を離れていた。


大きく報道された事件だった。


「……あの事件か」


絵麻の表情が変わる。


「今の言い方」


「何が」


「さっきの人と同じ」


「さっき?」


「お母さんに返信しなかった人」


店の外から見ていたらしい。


「『ああ、そうでしたね』って」


俺をじっと見る。


「同じ顔してた」


背中を汗が伝った。


「私は湊の姉です」


*


母親の名前は久住明日香。


湊が死んだあと逮捕され、今も服役しているという。


「来月、出てきます」


「そうか」


口にした瞬間、さっきの男の顔が浮かんだ。


――そうでしたね。


「その後悔は」


俺は黒いケースを指した。


「誰のものだ」


絵麻は俺を見た。


「あなた」


笑いそうになった。


「俺はこんなの売ってない」


「そう?」


「売れば覚えてる」


後悔を売っても、出来事の記憶は残る。


処置を受けた事実も。


だから分かる。


俺は――


絵麻がカウンターの下へ手を伸ばした。


反射的に身体が固まる。


指先は、緊急通報ボタンの横にある小さな傷をなぞった。


「ここ」


言った。


「前は銀色のテープ貼ってましたよね」


心臓が強く打った。


「……なぜ知ってる」


「知らない」


「今、言っただろ」


「だから困ってるんです」


絵麻は自分のこめかみを押さえた。


「私じゃない記憶がある」


「……」


「昨日、コンビニで缶コーヒー買いました」


「それが?」


「ブラック」


「普通だろ」


「私、コーヒー嫌いなんです」


笑った。


目は笑っていなかった。


「なのに、飲んだら懐かしかった」


俺は何も言えない。


「右手の親指で、缶のへこみ押す癖も」


言われて自分の手を見る。


親指がカウンターの縁を押していた。


絵麻が同じ動きをした。


「これも、あなたでしょ」


*


媒体を査定機に入れた。


十一秒かけて読み込む。


画面に記憶が映った。


七年前。


この店。


内装だけが少し違う。


カウンターの向こうには、若い俺。


目の前に一人の女。


久住明日香。


覚えている客だった。


息子を風呂に入れていた。


仕事の電話が鳴った。


一分だけのつもりで浴室を離れた。


戻ると、三歳の息子が湯船で滑っていた。


その時は助かった。


だが、それ以来、明日香は子供を風呂に入れられなくなった。


眠れない。


湯の音で吐く。


息子を見ると、湯船に沈んだ姿が浮かぶ。


『これ、取れますか』


画面の中で明日香が尋ねた。


若い俺が答える。


『取れます。ただ、この後悔には再発防止に関わる反応が含まれています』


『簡単に言ってください』


『同じことを、もう一度やる可能性が上がります』


明日香はしばらく黙った。


『それでもいいです』


端末には、


《買取非推奨》


と赤く表示されている。


若い俺は一度、


『当店では買い取れません』


と断った。


ここまでは覚えている。


明日香は泣いた。


何度も頼んだ。


最後は怒鳴って帰った。


俺はあの日、客を守った。


ずっとそう思っていた。


映像は続く。


閉店後。


店長の河本がバックヤードから出てくる。


『何で落としたの』


『再発リスク高いんで』


『この資産、本部が欲しがってる』


『無理ですよ』


『今期の育児領域、数字きついの知ってるよね』


俺は黙っている。


河本が言った。


『四十八でどう?』


『何がです』


『査定額。二十五じゃ客も迷うだろ。四十八なら戻ってくる』


知らない。


そう思った。


だが、映像を見ているうちに、記憶が輪郭を持ち始めた。


俺は知っている。


ずっと知っていた。


どうでもいい出来事として、残っていただけだ。


画面の中の俺が言った。


『六十なら来ますよ』


絵麻が息を呑んだ。


河本が笑う。


『強気だね』


『このタイプは金じゃないです。自分を罰したいんですよ。高い方が納得する』


翌朝。


俺から明日香へ電話している。


『昨日の査定ですが、再評価で六十万円まで出せることになりました』


長い沈黙。


『ただ、リスクについては――』


そこで、本来読むべき説明を飛ばした。


『もちろん、絶対に同じ事故が起きるわけではありません』


声が、少しだけ柔らかくなる。


明日香は店に戻った。


六十万円。


後悔は売られた。


八ヶ月後。


久住湊は死んだ。


同じ浴槽で。


母親が仕事のメールを返している間に。


再生を止めた。


「続き」


絵麻が言った。


「もういい」


「最後まで」


「知ってる」


「知らない」


「知ってる!」


声が店に響いた。


絵麻は黙った。


俺の手が震えている。


怒っているのか。


怖いのか。


分からなかった。


再生する。


事件の三日後。


閉店後の店。


一人で座っている俺。


机には、開けていない缶コーヒー。


ブラック。


若い俺は泣いていた。


鼻水も拭かず、


同じ言葉を繰り返している。


『俺が売った』


『俺が売った』


『俺が売った』


翌日。


人事との面談。


『辞めます』


『まず休職を』


『辞めます』


『榊さん、これはあなた一人の責任ではありません』


若い俺が笑う。


『六十万にしたの、俺です』


相手は黙った。


『説明飛ばしたのも』


数日後。


感情処置室。


俺が椅子に座っている。


《社員感情衛生プログラム》


技師が確認する。


『久住湊死亡事案に関する後悔、罪悪感、自己嫌悪。この三項目で間違いありませんか』


『はい』


『処置後も事実記憶は残ります』


『はい』


『判断傾向に影響する可能性があります』


『はい』


『本当に希望しますか』


若い俺が顔を上げた。


『明日から普通に働けるんですよね』


『多くの場合は』


『じゃあ、お願いします』


そこで映像は終わった。


*


「私、あなたのこと嫌いです」


絵麻が言った。


「そうだろうな」


「その言い方も嫌い」


俺は黙った。


「七年間、母が怪物になったと思ってた」


刑務所で面会しても、明日香は湊のことを覚えている。


死んだ日も。


葬式も。


裁判も。


全部。


でも泣かない。


後悔しない。


「『かわいそうだったね』って言うんですよ」


絵麻の爪が掌に食い込んでいる。


「自分の子なのに」


黒いケースを見る。


「だから探した」


「この後悔を?」


「事件に関係するやつを、片っ端から」


裁判記録。


感情資産の流通履歴。


裏で売られる番号。


二年かかったという。


「あなたのだって知らずに買った」


「二百六十四万も?」


「弟が死んだ理由が分かるなら」


少し間を置いた。


「安いと思った」


移植してから三ヶ月。


最初は夢だけだった。


知らない店。


缶コーヒー。


査定端末。


そのうち、自分のものではない記憶が昼間にも浮かぶようになった。


「最近」


絵麻が言った。


「湊の顔を思い出そうとすると、あなたの記憶が先に出る」


俺は何も言えなかった。


「私、湊の笑い方忘れかけてるんです」


初めて声が崩れた。


「なのに河本って人の笑い方は分かる」


俺の背中が冷える。


「特級って、何なんですか」


答えられない。


絵麻が笑う。


「社員なのに知らないんだ」


端末に警告詳細の表示が出ていた。


原所有者確認済み。


閲覧権限解除。


押す。


《特級感情資産》


《高密度人格結合を検出》


《移植先に原所有者の記憶・判断傾向・嗜好等が定着する恐れがあります》


その下。


《処置選択》


二つ。


《原所有者へ再統合》


《現所有者へ定着》


原所有者へ戻せば、絵麻から俺の感情と周辺記憶は除かれる。


侵食は止まる。


俺には七年前の後悔が戻る。


ただし、長期間分離されていた強い感情の再統合には重い副作用がある。


抑うつ。


解離。


自傷。


自殺企図。


もう一つ。


現所有者への定着。


現在の混乱は収まる。


代わりに、俺の記憶や判断傾向の一部が、絵麻の人格として固定される。


「選んで」


絵麻が言った。


俺は画面から目を離さない。


「お前が決めることじゃないのか」


「決められないから来たんです」


「俺に?」


「あなたの後悔だから」


「今はお前の身体にある」


「だから何」


声が荒くなった。


「私に決めろって?」


「……」


「あなたになりかけてる私に?」


言葉が出なかった。


絵麻が立ち上がる。


「最近」


涙を拭わずに続けた。


「母のこと、許してもいい気がする時がある」


「それは――」


「違う」


俺を見る。


「私じゃない」


その顔を見て、初めて怖くなった。


後悔を売る。


苦しみをなくす。


俺はずっと、そう考えていた。


だが売ったものは、消えるわけじゃない。


誰かの中へ行く。


十二年働いていて、そんな当たり前のことを考えたことがなかった。


*


「戻して」


絵麻が言った。


「返してください」


画面の《原所有者へ再統合》を指差す。


俺は指を置いた。


本人認証。


あとは押すだけ。


俺の後悔を戻せば、絵麻から俺が消える。


俺は七年前に戻る。


泣く。


吐く。


眠れなくなる。


死ぬかもしれない。


それでも、それが当然だと思った。


指に力を入れる。


店のドアが開いた。


「すみません」


さっきの男だった。


母親への後悔を三十二万円で売った男。


「忘れ物したみたいで」


傘立てを見る。


透明な傘が一本残っている。


「あった」


柄には、小さな白いシール。


丸い字で、


《たかし》


と書いてある。


「それ」


思わず聞いた。


「お母さんのですか」


男は傘を見た。


「ああ、たぶん」


「たぶん?」


「母の家から持ってきたんで」


笑う。


「捨ててもいいんですけど、まだ使えるから」


男は会釈して出ていった。


ドアが閉まった。


絵麻は何も言わない。


俺の指は、まだ実行ボタンの上にある。


「……ああなるのが嫌なんですか」


「分からない」


「怖いんでしょ」


「怖い」


「じゃあ、私に残す?」


答えられない。


どちらを選んでも、誰かの中から何かが失われる。


「少し待ってくれ」


「何を」


俺は社内記録を開いた。


七年前の久住明日香案件。


承認ログ。


査定額変更――榊。


リスク説明省略――榊。


感情処置履歴。


さらに、


処置後の資産利用記録。


俺の後悔は会社所有になり、その後市場へ流れていた。


売上。


三百十六万円。


俺が手放したものは、そのあとも金を稼いでいた。


「何してるんですか」


「残す」


「何を」


「記録」


俺は証拠を外部監査機関と警察へ送った。


続けて供述書を開く。


《私は査定額を変更し、再発リスクを把握した上で販売を促進した》


絵麻が画面を見た。


「後悔、戻ってないのに」


「ああ」


「罪悪感もないんでしょ」


「たぶん」


「じゃあ、何で」


手が止まった。


責任。


償い。


正しさ。


いくつか言葉が浮かんだ。


どれも今の自分が口にすると、借り物に聞こえた。


「記録を見る限り」


言った。


「俺がやった」


それだけで十分だった。


署名する。


送信。


そのまま緊急通報ボタンを押した。


シャッターがゆっくり下り始める。


絵麻が目を見開いた。


「何してんの」


「逃げられないようにした」


「私も出られないんだけど」


「あ」


考えていなかった。


「……悪い」


「ほんと最悪」


絵麻が少し笑った。


俺も、つられて笑いそうになった。


その瞬間だった。


絵麻が左手で口を覆う。


顔から血の気が引く。


「どうした」


「コーヒー」


「何?」


「飲みたい」


涙が頬を伝った。


「私、コーヒー嫌いなのに」


侵食が進んでいる。


時間がない。


俺は画面を見る。


二つの選択肢。


戻す。


残す。


絵麻が言った。


「返して」


震えていた。


「私、湊のことまで、あなたの記憶で思い出したくない」


それでも押せなかった。


怖かった。


死ぬことより。


七年前の自分に戻ることが。


自分が何をしたのか、本当に分かってしまうことが。


「榊さん」


絵麻が言った。


「お願い」


その呼び方で気づいた。


俺は名乗っていない。


絵麻も、そのことに気づいたらしい。


口元を押さえる。


「……今の」


「俺の記憶だ」


指を動かした。


《原所有者へ再統合》


押した。


*


最初は、何も起こらなかった。


絵麻が椅子から崩れ落ちる。


立ち上がろうとした。


その時、


匂いがした。


濡れた子供の髪。


湯気。


安い浴室用洗剤。


久住明日香。


六十万円。


自分の声。


――このタイプは金じゃないです。


胸の奥で何かが潰れた。


息が入らない。


膝をつく。


胃の中のものを吐いた。


ほとんど何も出なかった。


映像が止まらない。


湊。


写真でしか知らない子供。


浴槽。


承認ボタン。


ニュース。


母親。


少女。


七年間。


全部が同じところにつながる。


「俺が」


声が勝手に出る。


「俺が――」


肩を掴まれた。


絵麻だった。


「言わなくていい」


泣いていた。


「でも」


「それ、もう知ってるから」


俺は床に座ったまま息をする。


苦しい。


死にたい。


今すぐ、この感情をもう一度売りたかった。


査定機が目の前にある。


俺なら動かせる。


絵麻が視線に気づいた。


二人で査定機を見る。


しばらく、何も言わなかった。


俺は手を伸ばした。


電源ボタンを押す。


画面が黒くなった。


*


警察を待つ間、絵麻がコンビニ袋を開けた。


「プリン食べます?」


「……今?」


「二個あるから」


断ろうとした。


口の中が酸っぱかった。


一つ受け取る。


絵麻が蓋を剥がした。


「湊、これ嫌いだったんです」


「プリン?」


「下の黒いところ」


カラメル。


「苦いって。上だけ食べて、毎回私に押しつけてきた」


スプーンで底まで掘る。


「事件の記事とか、裁判記録とか。何百ページも読んだけど」


一口食べた。


「こういうこと、一個も書いてなかった」


俺もプリンを食べる。


甘い。


底まで掘る。


カラメルは、思ったより苦かった。


「苦いな」


絵麻がこちらを見る。


「だから言ったじゃん」


外でサイレンが近づいていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


あなたなら、後悔を売りますか。


感想をいただけたら嬉しいです。

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