第八話 予感
※※2026年4月第2週目以降は、水曜・日曜を目安に投稿してまいります※※
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奥の部屋で物音がした。
畳の軋む音。
目を覚ました各務の足は、台所に向かっていた。
「……」
そこにはすり鉢を前に、必死に何かを混ぜる湯呑の姿。
シャカシャカ、という音が響き渡る。
時々手を止めながらも、ひたすら何かを混ぜている。
湯呑は全く気付いていない。
自分が起きてきたことも。
後ろから見られていることも。
隣には卵の殻が置かれている。
(早速、お菓子を作ってるのか……?)
しばらく黙って眺める。
箸を握る手を時々振って休ませながらも、それでも混ぜる手を止めない。
しゃかしゃか――。
「……」
その音を聞きながら、各務の耳にはいつしか懐かしい感覚が蘇っていた。
それは、釉薬を混ぜていた時の音――。
あれはまだ両親がここで陶器を作っていた頃のこと。
自分も見習いとして朝から晩まで土を捏ねていた。
思い通りにいかなくて、何度も何度も作り直した。
誰に言われたわけでもなく、もっと良いものを作りたい、ただその一心で……。
――目の前の湯呑の姿が、あの頃の自分と重なる。
「……」
相変わらず、湯呑が自分に気付く気配はない。
迷いのない手つきで、ただ目の前の作業に没頭している。
やがて、火を止めて蓋を開けると同時に、甘い匂いが辺りを満たす。
そこでようやく振り返った湯呑が、台所の入口に佇む自分に気付いた。
「か、各務様!?」
どこから出たのかと思うような素っ頓狂な声を上げる。
「お、おはようございます! もう起きていらしたんですか?」
「……さっきな」
振り向いたその頬には粉が付いている。
各務はゆっくりと湯呑の方に近づく。
「……ついてる」
「え?」
頬についた粉を各務の指が拭い、そのまま蓋の開いた鍋を覗き込む。
「いい匂いだな」
「……あ、はい。コッコ……いえ、卵が手に入ったので作ってみました」
二つの器からは、ふっくらと蒸し上がったものが顔を出している。
「これは?」
その隣にある桃が入った鍋に目を向ける。
表面が艶々に光っている。
「この桃をこうやってこのカップの上にのせて……」
お玉ですくった桃をケーキにのせる。
「これで完成です!」
***
日の当たる縁側に並んで座る。
真ん中にはお盆に乗せたケーキと、炒った玄米の残りで作った玄米茶が並んでいる。
二人で手を合わせてから口にする。
「これは何というケーキか?」
「そうですね……桃の蒸しケーキです」
「良い香りだな」
「はい。ぜひ召し上がってみてください」
艶やかな桃と生地を一緒に匙ですくう。
「……美味い!」
「美味しい!」
揃った声に、思わず顔を見合わせて微笑んでしまう。
(やっぱ卵一つで全然違う。果物もまだあるし……次は何を作ろうかな)
ワクワクした気持ちで、次のレシピを想像しながら食べ進める。
「さっき蒸しケーキと言っていたが、他にもケーキの種類があるのか?」
「はい、焼いたケーキの方がメジャー……いえ、よく食べられていました。」
「焼いたケーキ、というのは鍋で焼くのとは違うのか?」
「私が元の世界で作っていたケーキは、オーブンを使っていました。鍋で焼くのと、火の伝わり方が違うんです。でもこうやって材料もたくさんもらいましたし、ここでしかつくれないケーキをこれから作ってみようと思います」
各務が匙を置く。
「…その“オーブン”というのはどういうものだ?」
見上げると各務の目は真剣そのものだ。
一瞬、言葉に詰まる。
「オーブンは……火を直接当てるのではなくて、箱の中全体が熱くなるんです」
「箱の中全体が……?」
「はい、上下左右どこからも同じように熱が当たるというか……」
「……」
「す、すみません、上手く説明できなくて」
各務は少しだけ考え込むように視線を落とす。
「いや……それは箱の中に熱を溜めて、逃がさず保つようなものか」
「多分そんな感じかと……」
「中に入れたものを火で炙るのではなく、密閉した空間の熱でじっくり焼くということか」
「そうです、それです! って……えっ?」
急に各務様が立ち上がる。
「ケーキ、本当に美味かった。ちょっとしばらく両親の仕事場にいる」
「えっ……」
どうしてと聞く前に、各務様は両親の仕事場と言っていた離れの方へと消えてしまう。
(急にどうしたんだろ……)
よく分からないが、各務様が美味しそうに食べてくれた姿を思い出して嬉しくなる。
(もっと色々作ってみたいな)
***
食器を片付けながら、次のアイディアを練る。
何せスマホもパソコンもない。
材料も器具も満足にない中で、一からレシピを考えるのもなかなか新鮮だ。
ただ、蒸しケーキだと限界がある。
(……プリンは牛乳がいるし、クッキーはバターがないし……でも、油があるからドーナツみたいなものはできるかな……あとはフルーツ飴……あ、果物を煮ておけば他にも使えそう)
欲しい材料を言えば買ってきてくれるかもしれない。
でも、とんでもなく高価だったり、入手しづらい可能性もある。
(これ以上迷惑かけたくない……それでなくても)
庭で何かをついばむコッコの姿が目に入る。
……顔も身体も白いのに、おでこの部分の毛だけがくっきりと茶色だ。
(……まさか、こんなところでリアル・コッコに会えるなんて……)
ここに来た意味を考えてしまう。
自分が理想として描いた店の絵。
小さい頃から大切にしてきたぬいぐるみのコッコだけ、一緒に異世界に来て。
そして目の前に、そのコッコそっくりな本物のコッコがいる。
偶然にしては出来すぎている――気がする。
夢乃は静かに離れの方を振り返った。
その胸は小さく高鳴っていた。




