表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第八話 予感

※※2026年4月第2週目以降は、水曜・日曜を目安に投稿してまいります※※


お読みいただいた皆さま、ブックマークや評価をしてくださった皆さま、本当にありがとうございます。とても励みになっています。

これからも丁寧に書いてまいりますので、今後の更新も見守っていただけたら嬉しいです。


奥の部屋で物音がした。

畳の軋む音。


目を覚ました各務の足は、台所に向かっていた。


「……」


そこにはすり鉢を前に、必死に何かを混ぜる湯呑の姿。

シャカシャカ、という音が響き渡る。


時々手を止めながらも、ひたすら何かを混ぜている。


湯呑は全く気付いていない。

自分が起きてきたことも。

後ろから見られていることも。


隣には卵の殻が置かれている。


(早速、お菓子を作ってるのか……?)


しばらく黙って眺める。

箸を握る手を時々振って休ませながらも、それでも混ぜる手を止めない。


しゃかしゃか――。


「……」


その音を聞きながら、各務の耳にはいつしか懐かしい感覚が蘇っていた。

それは、釉薬(ゆうやく)を混ぜていた時の音――。



あれはまだ両親がここで陶器を作っていた頃のこと。

自分も見習いとして朝から晩まで土を捏ねていた。


思い通りにいかなくて、何度も何度も作り直した。

誰に言われたわけでもなく、もっと良いものを作りたい、ただその一心で……。



――目の前の湯呑の姿が、あの頃の自分と重なる。


「……」


相変わらず、湯呑が自分に気付く気配はない。

迷いのない手つきで、ただ目の前の作業に没頭している。


やがて、火を止めて蓋を開けると同時に、甘い匂いが辺りを満たす。

そこでようやく振り返った湯呑が、台所の入口に佇む自分に気付いた。


「か、各務様!?」


どこから出たのかと思うような素っ頓狂な声を上げる。


「お、おはようございます! もう起きていらしたんですか?」

「……さっきな」


振り向いたその頬には粉が付いている。

各務はゆっくりと湯呑の方に近づく。


「……ついてる」

「え?」


頬についた粉を各務の指が拭い、そのまま蓋の開いた鍋を覗き込む。


「いい匂いだな」

「……あ、はい。コッコ……いえ、卵が手に入ったので作ってみました」


二つの器からは、ふっくらと蒸し上がったものが顔を出している。


「これは?」


その隣にある桃が入った鍋に目を向ける。

表面が艶々に光っている。


「この桃をこうやってこのカップの上にのせて……」


お玉ですくった桃をケーキにのせる。


「これで完成です!」



***



日の当たる縁側に並んで座る。

真ん中にはお盆に乗せたケーキと、炒った玄米の残りで作った玄米茶が並んでいる。


二人で手を合わせてから口にする。


「これは何というケーキか?」

「そうですね……桃の蒸しケーキです」

「良い香りだな」

「はい。ぜひ召し上がってみてください」


艶やかな桃と生地を一緒に匙ですくう。


「……美味い!」

「美味しい!」


揃った声に、思わず顔を見合わせて微笑んでしまう。


(やっぱ卵一つで全然違う。果物もまだあるし……次は何を作ろうかな)


ワクワクした気持ちで、次のレシピを想像しながら食べ進める。


「さっき蒸しケーキと言っていたが、他にもケーキの種類があるのか?」

「はい、焼いたケーキの方がメジャー……いえ、よく食べられていました。」

「焼いたケーキ、というのは鍋で焼くのとは違うのか?」

「私が元の世界で作っていたケーキは、オーブンを使っていました。鍋で焼くのと、火の伝わり方が違うんです。でもこうやって材料もたくさんもらいましたし、ここでしかつくれないケーキをこれから作ってみようと思います」


各務が匙を置く。


「…その“オーブン”というのはどういうものだ?」


見上げると各務の目は真剣そのものだ。

一瞬、言葉に詰まる。


「オーブンは……火を直接当てるのではなくて、箱の中全体が熱くなるんです」

「箱の中全体が……?」

「はい、上下左右どこからも同じように熱が当たるというか……」

「……」

「す、すみません、上手く説明できなくて」


各務は少しだけ考え込むように視線を落とす。


「いや……それは箱の中に熱を溜めて、逃がさず保つようなものか」

「多分そんな感じかと……」

「中に入れたものを火で(あぶ)るのではなく、密閉した空間の熱でじっくり焼くということか」

「そうです、それです! って……えっ?」


急に各務様が立ち上がる。


「ケーキ、本当に美味かった。ちょっとしばらく両親の仕事場にいる」

「えっ……」


どうしてと聞く前に、各務様は両親の仕事場と言っていた離れの方へと消えてしまう。


(急にどうしたんだろ……)


よく分からないが、各務様が美味しそうに食べてくれた姿を思い出して嬉しくなる。


(もっと色々作ってみたいな)



***



食器を片付けながら、次のアイディアを練る。

何せスマホもパソコンもない。

材料も器具も満足にない中で、一からレシピを考えるのもなかなか新鮮だ。


ただ、蒸しケーキだと限界がある。


(……プリンは牛乳がいるし、クッキーはバターがないし……でも、油があるからドーナツみたいなものはできるかな……あとはフルーツ飴……あ、果物を煮ておけば他にも使えそう)


欲しい材料を言えば買ってきてくれるかもしれない。

でも、とんでもなく高価だったり、入手しづらい可能性もある。


(これ以上迷惑かけたくない……それでなくても)


庭で何かをついばむコッコの姿が目に入る。

……顔も身体も白いのに、おでこの部分の毛だけがくっきりと茶色だ。


(……まさか、こんなところでリアル・コッコに会えるなんて……)


ここに来た意味を考えてしまう。


自分が理想として描いた店の絵。

小さい頃から大切にしてきたぬいぐるみのコッコだけ、一緒に異世界(ここ)に来て。

そして目の前に、そのコッコそっくりな本物のコッコがいる。


偶然にしては出来すぎている――気がする。


夢乃は静かに離れの方を振り返った。

その胸は小さく高鳴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ