第七話 ブラッシュアップ
☆★☆2026年4月第2週目以降は、水曜・日曜を目安に投稿してまいります★☆★
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翌日。
掃除を終えて一息ついていると、遠くの方から馬の足音が聞こえてきた。
(この音って……)
戸を開けると、やはりそこには各務様の姿があった。
その手には大きな籠、もう片方の手には風呂敷が抱えられている。
「どうされたのですか?」
地面に置かれた籠の中を覗く。
「鶏だ」
「え?」
籠の中では、一羽の鶏が首を傾げてこちらを見上げている。
「昨日卵があれば、と言っていただろう。町には卵はめったに売っていない。卵がほしいなら、鶏を飼うのが普通だ」
何気なく言った言葉を覚えていてくれたのは嬉しい。
でも、まさか鶏を連れてくるなんて……。
もう一度、籠の隙間から目を凝らす。
「……え?」
「どうした?」
「い、いえ、何も……」
また心臓が深く鼓動を打つ。
(どうして……)
鶏のおでこは、私が持ってきた鶏のぬいぐるみ、コッコと同じ場所が茶色い。
「……この子、おでこの部分だけ茶色なんですか?」
「ああ、珍しいと思って連れてきた」
(コッコ……)
偶然?
それとも――。
その時、まるで何かを知っているかのように、籠の中のコッコがこちらを見上げて小さく「クー」と鳴いた。
「湯吞、果物も持ってきた」
風呂敷から出てきたのは、桃に梨、柿に葡萄、そして蜜柑。
「あ……」
どれも大きくて見るからに美味しそうだった。
(これがあれば……)
俄然やる気がわく。
「ありがとうございます、必ず美味しいケーキを作ります!」
「ああ、楽しみにしてる」
「!」
向けられた柔らかい笑みにドキッとする。
「湯呑、小屋と柵を作るぞ」
「え?」
「鶏のだ。庭に放すと逃げるかもしれないからな」
「でも作るって……」
「手伝ってくれるか?」
「え、あ、はい!」
***
(すごい……)
迷いのない手つきで鋸をあて、板があっという間に切りそろえられていく。
「そっちを押さえてくれ」
「はい!」
そして釘も使わずに板をはめ込んで、あっという間に小屋と柵が完成する。
「すごすぎ……」
そのスピードと完成度に思わず声が漏れる。
感嘆している夢乃の横で、各務は藁を小屋に敷き詰めていく。
「じゃあ、湯呑。ここに鶏を放してくれ」
「はい!」
ドキドキしながら籠の蓋を開ける。
真っ白でおでこの部分だけが茶色の鶏が、扉からひょっこりと顔を出す。
(コッコ……!)
思わず帯の内側にしまったぬいぐるみ・コッコに触れてしまう。
本物の鶏・コッコはゆっくりと庭を一周すると、やがて小屋の藁の上に落ち着いた。
「気に入ってくれたみたいですね」
「ああ」
『コッコッコッ』
「え……?」
藁の上に座った途端、いきなりコッコが鳴き出す。
「どうしたんだろ」
「……早速産んだのかもな」
「え?」
各務はコッコの後ろに回ると、藁をそっとかき分ける。
「湯呑、見てみろ」
「?」
近づいて見てみると――
「え、嘘。卵……!」
人生初めて見る光景だ。
「ああ。早速産んでくれた。拾えるか?」
「は、はい……」
そっと手を伸ばし、緊張しながら卵を拾い上げる。
両手に包むと、ほんのりとした温かさが伝わる。
「すごい……」
「……良かったな」
「コッコありがとう……それに各務様、本当に何もかもありがとうございます!」
各務様に深く頭を下げる。
自分にとって、紛れもなくスーパーヒーローだ。
(ここまでしてもらったんだから、何が何でも美味しいお菓子を作らなきゃ!)
意気込んでいると、各務様が少し目を細めてこちらを見る。
「……湯呑、奥の部屋で少し仮眠を取っても良いか?」
「え? もちろんです!」
確かに見てみると顔に疲れが浮かんでいる気がする。
(昨日、あの後また仕事に戻られたんだ……その上、こんな力仕事までしてもらっちゃって……)
***
奥の部屋では各務が眠っている。
(よし、昨日のお菓子のブラッシュアップ版から……)
昨日使った玄米粉と黒糖に、桃・梨・柿・葡萄、そして採れたての卵を並べる。
(メレンゲを加えればもっと軽くできるよね、ミキサー代わりになりそうなもの……茶筅があるといいんだけど……)
元々あった物の中にも、持ってきてもらった物の中にもなさそうだ。
(……あ、これ使えるかも!)
戸棚の中に竹串があるのを見つける。
それを束ねて布でぎゅっと結ぶ。
(……よし!)
即席の泡立て器だ。
すり鉢に卵の白身を入れ、早速、即席泡立て器で混ぜる。
最初はただの透明な液体だった白身が、少しずつ白く濁っていく。
(よし、いい感じ!)
思った以上に腕にくるが、それでも手を止めない。
昨日より美味しくしたい、各務様に食べてもらいたい、いつかはもっとたくさんの人に食べてもらいたい、その想いで一心に混ぜ続ける。
しばらくすると、白身がふわりと泡立ち始めた。
(やった!)
完全なメレンゲには程遠いけれど、空気を含んで軽くなっているのが分かる。
玄米粉と黒糖を混ぜた生地に、卵黄を加え、最後にメレンゲを静かに落とす。
(潰さないように……)
しゃもじで、ざっくりと切るように混ぜる。
昨日とは明らかに違う感触に、気持ちが逸る。
(どうせなら、見た目も可愛くしたいな……あ、そうだ、茶碗蒸し風にしてみよう!)
湯呑みに生地を流し入れる。
昨日と同じように蒸し器にセットして、蓋を閉める。
その間に黒糖を少量の水を加えて火にかける。
やがて、ゆっくりと溶けだした黒糖が、とろりとした艶を帯びていく。
(いい感じ……)
火を止め、皮を剥いて小さく切った桃をそっと絡める。
淡い色の果実が黒糖の蜜をまとって、艶やかに輝いた。
(ここでもまたお菓子作りができるなんて……)
もしかしたらもう一生お菓子を作れないかもしれない――。
一昨日そう思ったばかりなのに、何が起こるか分からない。
しばらくすると、湯気と一共に、蒸し器から甘い香りが広がり始める。
使ったものを片付けながら、心が躍る。
材料も器具も限られているからこそ、新しい挑戦ができている気がする。
蒸し器の火を止め、中を覗くと表面に気泡ができている。
竹串を刺しても生地がついてこない。
(やった!)
小躍りしたい衝動に駆られながら、ふと気配を感じて後ろを振り向く。
「か、各務様!?」




