第六話 試作
「待たせたな」
しばらくして各務様が大荷物を持って戻ってきた。
広げた風呂敷には、一人では十分すぎる量の食料と日用品が入っていた。
「足りそうか?」
「はい、ありがとうございます!」
「他に欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
「……湯呑」
改まって名前を呼ばれる。
「?」
「……あの言葉はここにいても変わらない。忘れるな」
「え?」
一瞬、何の言葉を指しているのか分からなかったが、直後にあの言葉が蘇る。
(もしかして……)
“――安心しろ、いる間は守ってやる“
「……あ、ありがとうございます!」
ちょっと顔を赤らめながら、頭を下げる。
――でも、各務様の背中が小さくなるまで見送った後、嬉しい気持ちと同時に気付いてしまう。
(私、この家にいても、また守られるばかりだ……)
欲しいものがある度に、またこうやって買って持ってきてもらうのだろうか。
絶対身分が高い人のはず。
とてもそんなお願いができる相手とは思えない。
各務様の部下に知られたら叱られそうだ。
(買い物くらいは自分で行こう。この前の頭巾を被って……)
そこまで思った時、ふと気付く。
(私、お金持ってない……!!)
そうだ。
着の身着のままで異世界に来たんだった。
(もし仮にお金を持ってたとしても、異世界では通用しないだろうけど……)
お金を得るには働くしかない。
でも、町にさえ行かない方が良いと言われてるのに働くなんて――。
無情な現実が目の前に突きつけられる。
(これからどうしよう……)
思わず頭を抱える。
もちろん帰れるのが一番だ。
でも帰れるのか……少なくともいつ帰れるかは分からない。
(それまでの間、どうやって生きていく……?)
各務様に頼ればきっと助けてくれるだろうけど……でも、頼りっぱなしでいるのは――。
(私にできることっていえば……)
視線の先には、さっき各務様が持ってきてくれた食材が並んでいる。
パティシエの血が騒ぎ出す。
まずは一つひとつ食材を確認していく。
米や野菜、乾物に混じって目に入ったのは――
(これ、何……?)
隅に置かれた白い包みが視界に入る。
そっと開くと……中には黒い粉状のもの。
(これってもしかして……)
指先で摘まみ、少し舐めてみる。
「甘っ!」
(やっぱり……)
思った通り黒糖だ。
(この時代にあるんだ……)
一気に希望が湧く。
(それ以外にケーキの材料になりそうなものは……あ、もしかしたらいけるかも……)
***
目の前には水で洗った後、炒ってすりつぶした玄米。
蒸して細かく切ったさつまいも。
そして黒糖。
これだけの材料を前に、一度大きく深呼吸する。
いつもケーキを作っている時とは、また全然違う緊張感だ。
まず、炒ってすりつぶした玄米粉に、黒糖とダイスカットしたさつまいもを混ぜる。
指先で感触を確かめながら、水を少しずつ足していく。
(こんな感じ……?)
生地を丸め、そっと押し広げる。
隣では、鍋の湯が沸々と音を立てる。
鍋に平ザルを渡し、布巾を敷いてその上に生地を並べる。
(上手くいきますように……)
火加減も難しい。
何度も蓋を開けて覗き込んでチェックする。
(うっ、固い……)
表面は水滴で覆われているのに、歯が沈まない。
これじゃ人に出せない。
(もっと平たくしなきゃいけないのかな。あと生地もさっきより滑らかにして……)
蒸気が立つ鍋の横で、二度目の生地を捏ね始める。
さっきより、さらに玄米を細かくすりつぶす。
さつまいもも角切りでなく、裏ごしする。
生地を平らにして、持ってきてくれた小皿で型を取る。
(今度こそ……)
先程と同じように、祈るような気持ちで蒸し器の中へ二度目の生地を入れる。
あとは火加減だ。
(オーブンって本当に便利だったんだな……)
やがて出てきた湯気と同時に、先程よりも甘い香りが漂う。
(もしかして、いい感じ……?)
蓋を開けると、明らかに一度目よりも膨らんだ生地がお目見えする。
指でそっと押すと優しく戻る。
(やった!)
余熱に任せる間にお湯を沸かし、作ったお菓子に合いそうな皿を探す。
(そういえば……)
さっき見た器のことを思い出す。
(あの器に乗せたら、もっと良い感じになりそうだけど……でも勝手に使うわけにはいかないよね)
各務様が揃えてくれた器から合いそうな皿を見つける。
様々な絵柄の小皿は見てるだけでも楽しい。
(どうせなら……)
良いことを思いつく。
縁側に座布団を敷き、そこにお茶とお菓子をのせたお盆を運ぶ。
――それはまるで、描いた絵の中に自分がいる不思議な光景だった。
「いただきます」
(あ……)
さつまいもと黒糖の甘みが重なり、玄米の香ばしさが後から広がる。
(美味しい……黒ゴマがあったらもっと良いかも)
見た目は派手じゃない。
でも、じわじわと美味しい。
二口、三口と味わう。
(初めてにしては上出来かも!)
気付けば頬が緩んでいた。
***
その日の夜。
戸を叩く音がした。
「湯呑、私だ」
その声に慌てて戸に駆け寄る。
「各務様!」
仕事中なのか、帽子のようなものを被っている。
「どうだ、初日は。困ったことはないか?」
「はい、大丈夫です」
(心配して見にきてくれたんだ……)
「それなら良かった。戸締り忘れるなよ」
「はい」
そう言った後、気付いた時には各務様の背に声をかけていた。
「各務様! 少しだけお時間ありますか?」
足音が止まり、振り返る気配がする。
「どうした?」
「少し中によろしいですか?」
囲炉裏の前に座ってもらう。
各務様の実家で、各務様にお菓子を振舞うことになるなんて予想外のシチュエーションだ。
でもやっぱり各務様に食べてもらいたい。
内心ドキドキしながら、お茶と一緒に差し出す。
「……これは?」
「作ってみたお菓子です。良かったら召し上がってみてください」
各務様が菓子を口に運ぶ。
その様子を固唾を呑んで見守る。
「……美味いな。これはどういう菓子だ?」
(やった!)
「持ってきてくださった材料で作ってみました。ケーキもどきといいますが……」
「ケーキ?」
「あ、私は元いた世界でパティシエ……お菓子の職人でした」
再び各務様が菓子に口をつける。
じっくりと味わうかのように、長い睫毛が伏せられる。
「材料はさつまいもと黒糖か?」
「はい」
「こんな菓子を食べたのは初めてだ……湯呑、すごいな」
そう言って向けられた眼差しにドキッとする。
「そ、そうですか……本当は卵があるともっと膨らむのですが……」
「いや、十分美味い」
そう言いながら完食する。
真っ直ぐに褒めてもらえて嬉しい。
「この菓子なら……もしかして果物は使えそうか?」
「え、果物があるんですか!?」
「ああ、“瑞果時代”というだけあって、果実栽培が盛んだ。一般的によく食べられているのは、桃に梨、柿に葡萄あたりか……他に柑橘類もよく採れる」
「嘘……!」
まさかの展開に、思わず口を両手で覆う。
「次来た時に一通り持ってくる」
「ありがとうございます!」
――できるかもしれない。
ここで、生きていけるかもしれない。
各務様の一言で、世界がグッと広がった。




