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第四話 できること


「――安心しろ。いる間は守ってやる」


鼓動がドクンと大きく跳ねる。

少女漫画の中でしか使われないとばかり思っていた台詞……。


(しかもこんなイケメンが、私に――)


自然と頬が熱くなる。

そんな私に気付いてるのかいないのか、各務様がすっと立ち上がった。


「帰るのは夜遅い。昨日と同様、自由に過ごしていてくれ」

「は、はい……」


裏返りぎみな声で、そう答えるのがやっとだった。



***



戸が閉まった後、隣の部屋の布団に思いっきりダイブする。


“……安心しろ。いる間は守ってやる”


台詞が頭に蘇った途端、枕に顔を埋めてジタバタしてしまう。

が、三回繰り返したところで、ふと足の動きが止まった。


(そんなことより――)


さっきの各務様との会話を思い出し、一気に冷静に戻る。



“――ここは統央(すおう)瑞果(ずいか)時代だ”

“……じゃ、じゃあ今の将軍……ううううん、この国で一番偉い人は?”

九頭見天(くずみてん)様だ”


二十三年生きてきて、どれもかすりもしない単語ばかりだ。


(私、どこに来ちゃったんだろう……)


来た先が分からないとなると、帰れるのかますます不安が募る。


(もし、万が一戻れなかったら――)


そこまで思って首を振る。


まだここに来て二日。

諦めるのは早い。



“あなたの名前と……あと、あなたの身分……どういう方なのかを教えてください”

“名は各務宗真(かがみそうま)、職業は治安司(ちあんし)だ”

“治安司……?”

“……文字通り、統央の治安を守る仕事だ”

“その中で一番偉い人、ですか?”

“……どうだろうな”


“この者を家に届ける。少し記憶を失っていたようだが、家を思い出したようなのでな”

“はっ”

“私、家なんて……”

“分かっている“


“ここは……?”

“私の家だ”


“そなた、只者ではないだろう”

“え……”

“あのままでは、いずれ沙汰を下さねばならない”



これまで交わしてきた各務様との会話が一気に走馬灯のように駆け巡る。


(もし各務様がいなければ……私、今頃どうなってたんだろ……)


町のど真ん中で布団を敷いて寝ていた女――しかも見たこともない服装(スウェット)で。

捕まっても決して文句は言えないシチュエーション。


(そんな危険な人間を自分の家に匿うなんて……普通する? しかも、あんなに当たり前みたいに……)


警察のような仕事をしている人だ。

万が一知られたら、責められるのは私よりも……きっと各務様の方だ。


(親切にしてくれてるのに、それは絶対避けなきゃ!)


こんなところでしょげている場合じゃない。


(このままじゃ単なる居候……帰る方法を考えつつ、今できることをやろう!)



***



箒で床を掃き、布団を陽に当てる。

ふと振り返った先に、隠すように巻いたまま置いてある自分の布団が目に入る。


来た日の事を思い出しながら、カバーを外して同じく日の当たる場所へ広げる。


(本当はカバーもスウェットも洗いたいけど……)


でも、こんなものを干したら一発で各務様に迷惑をかけてしまう。


(あ、そうだ……)


ボトムのポケットに入れていた鶏のぬいぐるみ、コッコを取り出す。


色あせたトサカ。

くたびれた羽。

おでこには、子供の頃こぼしたチョコレートの染みが残ったままだ。


(まさかこんなとこまで一緒に来てくれるなんて……)


唯一持ってきたものをギュッと抱きしめる。


(どこにしまおう……)


考えた挙句、帯の内側に挟んでみる。

小さな重みが、ほんの少し心を落ち着かせてくれた。


(……よし、次)


土間から台所へ向かい、食材を確認する。


大根に人参、厚揚げに油揚げ。

それに餅も昆布もある。


(……これだけあれば、作れそう)


おでんづくりに着手する。


油揚げを開いて餅を詰める。

水で戻した昆布を結ぶ。


下ごしらえを終え、鍋に材料を並べて煮込んでいく。


その隣で、最難関の炊飯にも立ち向かう。


これまで炊飯器以外でお米を炊いたことがない。

火加減を見ながら、何度も蓋を開けたくなる衝動と戦う。


(お願い、成功して……)


しばらくして湯気と共に立ち込める匂いに、ホッとする。

最後におでんの味を調える。


(うん、美味しくできた!)


「……」


蓋を閉めながら、脳裏には本来自分がいるはずの場所が思い浮かぶ。


(今頃、バレンタインの仕込みで忙しいだろうな……)


チョコレートの匂い。

焼き上がったマドレーヌの香ばしい香り。

お客さんの笑顔。


一気に思い出してしまう。


――もし、このまま帰れなかったら。

もしかしたら、もう一生お菓子を作れないかもしれない――。


喉の奥がツンとする。


“……随分と涙もろいな”


さっきの各務様の言葉が急に思い浮かんで、出そうになった涙を慌てて拭った。


(泣いている場合じゃない……)


夜は遅くなるって言っていた。


(ご飯いるか分からないけれど……)


半紙に“良かったらどうぞ”と書いて鍋の下に挟むと、湯気が静かに立ち上る台所を後にした。


――けれどその日、各務様は帰って来なかった。


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