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第三話 知らない世界


各務様が用意してくれた着物を身に(まと)う。


(良かった、高校の時茶道部で……)


茶菓子目的に入った部活だが、年に数回着物を着る機会があった。

そのおかげで、どうにか一人で着付けることができた。


目の前に置かれた()()()()()湯呑みからは小さな湯気が立っている。

淹れてくれた緑茶で心を落ち着かせる。


「……さっきはすみません」

「気にしなくて良い」


「……」

「……」


その後の言葉が続かず、沈黙が流れる。


――聞きたいことは山ほどある。

おそらく各務様も私に聞きたいことがたくさんあるだろう。


「何が知りたい?」


沈黙を破ったのは各務様だった。

この人の前では取り繕うことなんてできない。


シンプルだけど、とてつもなく重い質問を投げかける。


「……ここは、どこですか?」


正直、答えを聞くのが怖い。

湯呑みを置いた各務様が、私を見つめた後、目を伏せる。


「……場所か? 時代か?」


その問いに息を呑む。


(私が違う場所から来ただけじゃなく、違う時代から来たことにも気付いている……?)


素性が怪しすぎる事実は、今さらもう変えられない。

逃げようがない。腹を括ろう。


「……両方です」


各務様が一拍置いて、口を開く。


「ここは――」


私が住んでいたのと同じ東京? 昔の呼び方なら江戸だろうか。

時代は……鎌倉時代、いや、戦国時代、はたまた江戸時代……?


息を殺して次の答えを待つ。

しかし、その答えは想像を遥かに超えるものだった。


「――ここは統央(すおう)瑞果(ずいか)時代だ」

「え……?」


――歴史の授業は苦手だった。

それは否定しない。

でもそんな時代、中学の授業でも高校の授業でも、一度たりとも聞いたことがない。


冷や汗が流れる。


「……じゃ、じゃあ今の将軍……ううううん、この国で一番偉い人は?」

九頭見天(くずみてん)様だ」

「九頭見、天……?」


聞いたことがない。

スマホがあれば今すぐにでも検索したい。


でも日本語が通じるということは、日本ではあるはず。

なのに全く知らない時代、聞いたことのない場所……。


いくら歴史の授業が苦手だったとはいっても、さすがにそれはないだろう。

でも、各務様が嘘を言っているようには到底思えない。


「質問はそれだけか?」

「……はい」


もうキャパオーバーだ。

今でさえ混乱しているのに、これ以上の情報は頭に入ってこない。


「……ならば、私から質問する」

「う……」


何を質問されるかと思うと、急に怖気(おじけ)づく。


「ちょ、ちょっと待ってください。まだ質問したいことがあります!」

「何だ?」

「えっと……あなたの名前と、あと、あなたの身分……どういう方なのか教えてください」


そう、皆が”各務様”と呼んでいるだけで本人の口から名前を聞いたことはない。


「名は各務宗真(かがみそうま)、職業は治安司(ちあんし)だ」

「治安司……?」


またもや聞いたことのない言葉。


「……文字通り、統央の治安を守る仕事だ」


(今でいう警察みたいなもの……?)


「その中で一番偉い人、ですか?」

「……どうだろうな」


あんな部屋にいて、皆が頭を下げるのは間違いなく位が高い人。


(まだ若いのに……)


横目でチラッと見る。

自分とたいして変わらない年齢に見える。


(エリートってやつかな……)


それにしても驚くほど顔立ちが整っている。

パーツそれぞれに非の打ち所がない――。


「次は私の番だ」


その言葉に我に返る。


(慎重に回答しないと場合によっては――)


嘘が下手な自覚はある。

でもこの回答一つが、もしかしたら運命の分かれ道になるかもしれない。


緊張で膝の上に置いた拳が震える。


(何を聞かれる……?)


各務様の視線が突き刺さる。

――だが予想に反し、その問いはあまりにもあっけないものだった。


「私からの質問はただ一つ。そなたはこれからどうしたい?」



***



「そなたはこれからどうしたい?」

「……」


たった一つ、投げかけられた質問。

答えは”もちろん帰りたい”の一択。


何が何だか分からないまま、気付いたら知らない時代、知らない場所に来てしまったのだ。


といって、「帰りたいです!」とストレートに口にするのは憚られた。


……だって、帰る方法があるとは限らない。

きっと各務様を困らせてしまうだけだけだ。


これ以上の迷惑は――。


(なんて言えばいいんだろう……)


湯呑(ゆの)

「!」


俯いたまま何も言えずにいる私の名前を呼ぶ。


「名前の本当の漢字はなんだ?」

「えっ?」

「どういう字を書く?」

「な……んで?」

「顔に“嘘”と書いてある」

「!」


完全に見破られている。

反論できない。


「“ゆ”は……」


そこまで言って言葉に詰まる。

いつもは“ドリーム”の夢って言っていたけど、さすがに英語は通じないだろう。


「書く物はありますか?」

「ああ」


半紙と墨が入った(すずり)を渡される。

視線が注がれる中、緊張しながら「夢乃(ゆの)」と書く。


「ドリームの夢か……」

「えっ……英語、知ってるんですか?」

「ああ、少しな」


(さすがエリート……)


「いい名前だな」


そう言われて、思わず顔を上げる。


「だが……湯呑(ゆのみ)の方がしっくりくる」

「なっ……酷い!」


各務様を思わずバシッと叩いてしまう。


「痛って!」


「――各務様? どなたかいらっしゃるのですか?」


急に土間の方から男の声がした。


「えっ、あ、ど……」


次の瞬間、おもむろに戸が開く。


「……いや、何でもない。ちょっと湯呑みを落としただけだ」

「女の声も聞こえた気がしたのですが……」

「気のせいだろう」

「今夜は皆で一杯やる予定ですが、いかがされますか?」

「そうだったな。後から追いかける。先に行っててくれ」

「はい、では後ほど」


戸の閉まる音が聞こえた後、私は隣の部屋から顔を出す。


「す、すみません!」

「……ったく」


そう言いながらも、各務様が神妙な面持ちで呟く。


「だが、このままだと気付かれるのは時間の問題だな。外に出られなければ湯呑も不便だろう」

「……」


その言葉に急に不安が過る。


「……もちろん元いた場所に戻るのが一番だ」

「え?」


心の中を読まれているような言葉。

そしてさらに続けられた台詞に、私の心はいとも簡単に撃ち抜かれる。


「――安心しろ。いる間は守ってやる」


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