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第二話 唯一


少し走った後、馬を降りる。


掲げられた提灯の先に見えるのはたくさんの家らしき建物だ。

片手に布団、もう一方に提灯を持った各務様が振り向く。


「少し歩くぞ」

「は、はい」


辺りは信じられないほど静かだった。

そのまま五分ほど歩いたところで、一軒の家の扉を開ける。

中は真っ暗だ。


入口直ぐにある明かりを灯すと、やっと部屋全体が薄っすらと見渡せた。


「そこは段になっている」


足元を照らしながら、各務様が室内へと案内してくれる。


「ここは……?」

「私の家だ」

「えっ!?」


驚く私をよそに、各務様は布団を巻いていたロープを解いて土間で砂を払う。


「……そなた、只者ではないだろう」

「え……」

「あのままでは、いずれ沙汰を下さねばならない」

「……」


(よく分からないけど……助けてくれている……?)


「ただこの界隈は皆、仲間の住む家だ。見つからないよう静かにできるか?」


その言葉に、再びこくりこくりと頷く。


「腹が空いていると言ったな。そこに座って少し待ってろ」

「あ……」


そうだ。

緊張で忘れていたけれど、丸一日飲み食いしていない。


(しかもさっき“お腹が空いた夢乃”なんて言っちゃったし……)


思い出すだけで、顔が熱くなる。


恥ずかしいのはそれだけじゃない。

服装に布団に……もちろんすっぴんだし、髪もブローしていない――よりによってイケメンの前で最悪すぎる。


(それでもこうやって命があるだけありがたく思わなきゃ……)


勧められた座布団に座ってみたものの、何だか落ち着かない。

座った隣には囲炉裏がある。


(ここが今の時代でいうリビング……?)


(ふすま)が閉まっているが、隣にも部屋があるようだ。


各務様が少しして何かを持って戻ってくる。

同時に美味しそうな匂いが漂う。


「粥だ」


その言葉と同時に、条件反射のようにお腹が鳴る。

ごまかすように慌てて手を合わせる。


「い、いただきます!」


中央には梅干し、それに青菜も入っている。


「……美味しい!」


塩加減がすごくいい。

身体にじんわりと染みわたる美味しさだ。


「それは良かった。鍋にある分も全部食べればいい」

「あ、あなたは?」


作ってくれた人を前に、自分一人で食べるのは気が引ける。


「仕事に戻る。帰るのは明日の夕方だ」

「え……ご飯は? 寝るのは?」

「宿直だ。それまで自由にこの部屋を使っていい。だがさっき言った通り、他の者に気付かれるとまずい。外出せず、静かにここにいられるか?」

「は、はい」

「あちらが台所だ。米や乾物、野菜、あるものは何でも自由に使えば良い。風呂は……皆顔見知りだから共同浴場に行くのはまずい。土間の鍋に湯を沸かしてある。手拭いはそこにある。身体を拭くのに使ってくれ」


そこまで言って、私の小花柄布団に視線を移す。


「とりあえず今日は私の布団を使えばいい。隣の部屋に敷いてある」

「……」

「どうした?」


各務様の思いやりに、自然と涙がじわりと込み上げる。


「あ、ありがとうございます!」


各務様の視線が私を一瞥する。


「……じゃあな、湯呑(ゆのみ)

「!」


一瞬、その唇がニヤッと笑った気がする。


湯呑(ゆの)って言ったのに……絶対名前バカにされてる!)



***



あまりの空腹に、用意してくれた粥を全て食べ切ってしまう。

用意してくれた温かな湯で体を拭くと、一気に心が解けるのを感じた。


(本当に疲れた……)


自分の身に何が起こっているのか皆目見当もつかない。

でも、やっと一息つけた。


(目つきが悪いなんていってごめんなさい……)


土埃に塗れた髪を洗った後、ドライヤーがないことに気付く。


(そりゃそうだよね……)


洗い物をしながら、台所に置かれた鍋や包丁を見て何となく時代を推測する。


(人々の服装、町の景色、そしてこの家から推測するに……鎌倉時代から江戸時代ってところ……って全然絞れてないか)


もっと歴史の勉強をしておけば良かった。


濡れた髪の毛を乾いた手拭いで包み、隣の部屋の襖を開ける。

するとそこには、一組の布団が敷かれていた。


見ず知らずの自分が使うのは申し訳ないと思いながらも、疲れきった体は自然とそこに吸い寄せられる。


そして、倒れ込むようにそのまま深く眠ってしまった。



***



目が覚めると、すっかり外は明るくなっていた。

眩しい光が射し込んでくる。


寝ぼけた状態で枕元をゴソゴソする。


(ん? あれ……スマホ……どこ……?)


そこまで思ってから、ハッとして飛び起き、ぐるっと部屋を見回す。


(昨日のままだ……)


深い絶望感が襲う。


(一晩寝ても何も変わらなかったってことは……)


もしかして戻れないんじゃないかという不安が生まれる。


昨日はシフト休みだったけど、今日は出勤日だ。

時計がないから時間は分からないけど、おそらくもう出勤していないといけない時間のはず。


(今頃どうなってるんだろう……?)


職場の上司や同僚の顔が思い浮かぶ。


涙を流した日もあれば、ストレスでやけ酒に走った日もある。

それでも好きな仕事だ。


(もしかして、もう戻れないの……?)


急に自分が置かれた現実を突きつけられ、涙が溢れる。

その手は無意識にポケットのコッコを握りしめていた。


その時、戸口がガタリと音を立てた。


「!」


誰かが家に入ってくる。

慌てて布団に全身もぐり、息を殺す。


襖が開かれる。


(や、やばい!)


が、そこで音が途切れる。

隙間から怖々と見上げると、そこに立っていたのは“各務様”だった。


「!?」

「……泣いているのか?」

「ち、違います! 驚いただけです」


慌てて涙を拭う。


「あ、あなたこそ夕方に戻る予定だったのでは?」

「少し早く切り上げた……だが言っておくが、とっくに昼は過ぎてる」

「え……!?」


その言葉に絶句する。


(そんなに寝てたんだ……)


「……?」


ふと各務様が抱えている物に気付く。


「……ああ、これか。湯呑(ゆのみ)のだ」

「!?」


風呂敷を広げると……中から出てきたのは色とりどりの着物だった。

しかもたくさん――。


「これ……!」

「その恰好は目立つ。好みが分からないからな、好きなのを着れば良い」

「!」


一度引っ込んだはずの涙がまた零れる。


「……随分と涙もろいな」

「そんなこと……」


そう言ってる横から、つうと頬に涙が伝わる。


「……使え」

「えっ?」


そっと腕を引かれて立ち上がると、そのまま肩に頭を預けさせられる。


(あ……)


それが、泣く場所を貸してくれたのだと分かった途端、堰を切ったように次々に涙が溢れてくる。


「す……みま……せん」

「……気にするな、湯呑」

「!」


湯呑(ゆのみ)じゃなくて、湯呑(ゆの)だと反論したいところだが、今はそんな元気はなかった。


誰にも頼ることのできない世界で、“各務様”は私にとって唯一の救いだった。


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