第一話 各務様
立派な門をくぐり、武家屋敷のような室内に入ると、あちこちに置かれた灯りのせいで、自分の姿が否応なしに目に入る。
(う……)
着物に袴姿の武士に両脇を抱えられて歩く、寝起き&スウェット姿の私……。
改めて恥ずかしさが込み上げてくる。
やがて一つの部屋の前で武士達の足が止まった。
目の前に聳えるのは、上半分が障子、下半分が木戸の扉。
会社でいえば社長室、学校でいえば校長室のような雰囲気だ。
特別感漂う部屋を前に、急に緊張が増す。
「こ、ここは……?」
「中で各務様がお待ちだ」
異世界に来てから何度か聞いた名前。
「あの、各務様って――」
だがその答えを聞く前に、いきなり両開きの扉が開かれる。
「!!」
目の前に現れたのは、目つきの悪……いや、鋭い眼光をもつ――予想外にも若いイケメンだった――。
机の前に座り、両肘をついて両手の上に顎をのせている。
「ご苦労だった。皆の者下がって良い」
「はっ!」
(えっ、えっ……)
周囲にいた十名近くの武士達が皆、ぞろぞろと自分を置いて去って行く。
(置いてかないで……!)
しかし無情にも扉は目の前で閉ざされてしまう。
壁には丸められた布団がご丁寧に立てかけられている。
値引きに惹かれて買った、やけにラブリーな小花柄の布団が痛々しい。
仕方なく視線を前に向ける。
相変わらずその男性は身動きすることなく、自分をじっと見つめている。
そりゃそうだ。
この服装。
(せめて、もっと可愛い部屋着だったら……)
「……そなた名は?」
「!」
責め立てられるのかと思った声色が、思いの外優しいことにビックリする。
――もうこれは正直に話すしかない。
「小笠原夢乃です」
「!」
男性の顔が、明らかに驚きに満ちたものへと変わる。
「……?」
「そなた……苗字をもっているのか?」
「へっ!?」
(そういえば、昔の人は身分の高い人間しか苗字がないんだっけ?)
「い、いえ、夢乃です」
「そなたは確かに小笠原夢乃と言った。一体どこの者だ?」
「き、気のせいです!」
「本当のことを言え」
(や、やばい……)
どういう人なのか分からないが、偉い人なのは間違いない。
怒りを買ってはまずい。
「いや、お……」
「お……?」
「お……お腹が空いた夢乃、って言ったんです!」
「はぁ?」
自分でも酷い言い訳だと分かっている。
でも、もうこれで押すしかない。
「……腹が減っているのか?」
その言葉にこくりこくりと頷く。
「あとで飯は用意する。その前にもう少し話がしたい」
その言葉を拒否できるわけない。
とにかく、これ以上墓穴を掘らないようにしないと……。
「”夢乃“という名も珍しい。どのような漢字を使う?」
「……」
(この時代……がどの時代か分からないけど、苗字さえない時代って考えると、“夢”っていう漢字は一般的……?)
なんて答えれば良いんだろう……。
この時代で使いそうな漢字――。
男性は視線を逸らすことなく、自分をただじっと見つめている。
心が見透かされそうだ。
その時、ふと男性の机の上に置かれている白い湯呑みが目に入った。
(よし、これならこの時代でも使う漢字のはず!)
「どうした?」
「えっと、お湯の“湯”に“呑む”で湯呑と書きます」
「……」
男性はようやく肘を下ろした。
だが、表情は変わらない。
(これはどういう反応……? とりあえず疑われずに済んだ……?)
と思ったのも束の間、男性がいきなり立ち上がった。
そして机の脇を通り、自分の方へと近づいてくる。
「えっ、え……」
思わず後ずさりする。
無表情で何を考えているのか分からない。
そのまま息がかかりそうな距離で止まる。
目を閉じた瞬間――
ふわりと肩に何かを掛けられる。
「!?」
目を開けると男性が脱いだ羽織が掛けられていた。
「行くぞ」
男性が壁に立てかけられた布団を持ち上げ、扉を開いた。
「……」
***
――“従う”の一択しかない。
私は廊下を歩く“各務様”の背中を追っていた。
各務様は何も喋らず、そのまま廊下をどんどんと突き進む。
(この方はどういう立場の人だろう……)
そのまま先程入ってきた門の手前まで来ると、この場で待つようにと言われる。
少しして、各務様が馬を引いて現れた。
小花柄の布団が恥ずかしそうに馬にくくり付けられている。
「そなた馬は乗れるか?」
「と、とんでもないです……」
後ずさりする。
目の前で馬を見たのさえ初めてだ。
各務様は無言で馬に跨ると、手を伸ばす。
「……え?」
「早く乗れ。そこに足を掛けるところがあるだろう」
「え……?」
馬の身体の横に足を掛けられそうな金属がぶら下がっている。
そこに足を乗せると、力強く引き上げてくれる。
「急ぐぞ」
「は、はい」
各務様が後ろから覆いかぶさる形で馬が歩き出す。
出会ってすぐの男性とこんな至近距離なシチュエーションに緊張するが、今はそんなことより、この後の自分の心配をすることの方がよっぽど大事だ。
(どこに向かうの……?)
そのまま門をくぐる。
「各務様、どちらへ?」
その問いに、各務様は淀みなく答える。
「この者を家に届ける。少し記憶を失っていたようだが、家を思い出したようなのでな」
「はっ」
恭しく門番が頭を下げる。
静かに門を出ると、徐々にスピードを上げて走っていく。
「私、家なんて……」
「分かっている」
「……」
どこに連れられて行くのか分からない。
でも抗いようもなかった。
自分の運命はこのイケメンに委ねられている――のかもしれない。




