序章 異世界転移って、こんな始まりだったっけ!?
眩しい光。
瞼越しに感じる視線。
そして人々の騒めき――。
(――って、ここどこ――!?)
目が覚めた場所は……まさかの外だった。
しかも全く見覚えのない場所。
気付けば私は、土埃の舞う地べたに布団を敷いて寝ていた――。
***
「……え!? え!?」
「おい、起きたぞ!」
心配そうな顔。
興味津々な顔。
まるで怖いものを見るような顔。
上半身を起こして見回すと、十人、いや二十人以上の人に囲まれていた。
しかも皆の様子がおかしい。
全員、着物。
服装もメイクも違う。
男はちょんまげを結っている。
(……どういうこと?)
思わず自分を見る。
いつも使っている見慣れた布団、そして昨日寝る時に着ていた真っ黒のスウェット上下。ちょうど一昨日買い替えて毛玉一つない新品――って、今はそんなこと問題じゃない。
(何が起こってるの……? それとも夢?)
胸に手を当てて、自分を落ち着かせる。
「……あんた誰じゃ?」
勇気ある?一人の老人が、私に声をかけてきた。
皆、私の答えを固唾を呑んで見守っている。
「私は……」
答えようとして、口を噤む。
絶対におかしい。
百歩譲って屋外にいたとしても、こんな場所――。
だって……私が住んでいるのは住宅街にあるマンション。
周囲にも似たようなマンションが立ち並ぶエリアだ。
なのに、ここには高い建物は一つもない。
(タイムスリップしたみたい……)
時代劇か何かに出てくるような景色。
その時、布団の下でボトムのポケットに触れる。
(あ、あった!)
それは自分が大切にしている鶏のぬいぐるみ、コッコ。
自分が酉年生まれで、子供の頃に買ってもらってからずっと寝る時のお供だ。
(これはあるんだ……)
でも……
枕元を見てもスマホはない。
自分の部屋で寝ていたはずなのに、自分と自分の布団だけがここにある。
(何がどうなってるの……?)
思い出そうと頭に手をやると――
「こいつ、やっぱり怪しいぞ!」
「捕まえろ!」
「早く各務様の元へ!」
「えっ!?」
周囲の人間が口々に叫び、自分を指さす。
向けられる警戒度MAXな視線……今にも本気で捕らえられそうだ。
(や、やばい! 逃げなきゃ!)
枕を中央に置いて、くるくると布団を巻き上げる。
立ち上がった瞬間、寒さ対策に三重履きしていたソックスが目に入ったが、今はそんなことどうでもいい。
巻いた布団を横抱えにすると、人の間を縫ってその場を全速力で走り抜けた。
「おい、逃げたぞ!」
「後を追え!」
(ど、どうしよう……!)
ここがどこなのかも分からない。
道の両脇には、住宅なのか店なのか低い建物がずらっと並んでいる。
全く地理が分からない。
(どこに向かって走ればいいの?)
ふと狭い横道を見つけて、そこに身を隠ししゃがみ込む。
隣に布団を立てて置き、その影で息を潜める。
「はぁ……はぁ……」
全速力で走ったのなんていつ以来だろう。
靴下三枚重ねとはいえ、素足で地面は舗装されていない土だ。
小石や砂が刺さって地味に痛い。
大勢の人間が、自分を追うため横の路地を次々と駆けていくのが見える。
(何もしてないのに……一体どういうこと……?)
***
昨夜――。
仕事を終えて帰宅した私は、簡単な夕食を済ませた後、ソファーに沈み込んだ。
(今日も疲れたな……)
肩にマッサージ器を当てながら、いつものように洋菓子やケーキ屋さんの動画を眺めていた。
その中で私が目を止めたのは、女性がお店をゼロから作り上げていく姿――こだわりと夢がいっぱい詰め込まれた店を前に、その女性の目はキラキラ輝いていた。
(素敵だな……)
私もいつかは自分のお店を持ちたい。
それはパティシエになった頃からの夢だった。
動画を見ながら、自分の理想のお店に想いを馳せる。
――青い空、空気の澄んだ山の麓に建つ一軒の古民家。
(それから……)
ぼんやりと想像しているうちに、私は自然とノートとペンを手にしていた。
サラサラとペンが動く。
甘い匂いが漂い、明るい笑い声が絶えないお店。
常連さんが「いつもの」と言ってくれる、そんな場所――願いを込めながら手を動かす。
(うん……こんな感じ!)
完成した絵を見て思わず頷く。
自分でも驚くほど、はっきりとした夢の輪郭だった。
(いつか必ず叶えたいな……)
そんなことを思いながら、いつものように眠りについた。
――確か二十二時過ぎだったと思う。
スマホのアラームをセットし、枕元に置いた。
鶏のぬいぐるみ、コッコをいつもの通りポケットに入れた。
何も変哲もない日常――それが、朝目覚めたらこうだ。
場所は見知らぬ屋外。
(地面に布団を敷いて寝てるってどういう状況……!?)
ツッコミどころ満載だ。
そういえば……異世界転生って言葉を聞いたことがある。
(でもこういうのってトラックにはねられてとか、どこかから落ちて目が覚めたら中世の素敵なお城に住む姫になってるとか、ゲームのヒロインに生まれ変わってるとかじゃなかったっけ!?)
自分の顔を触ってみる。
別にどこかの姫やイケメンに変わっている気配はない。
体も自分のままだ。
いや……死んではいないってことは異世界転生じゃなくて、異世界転移?
(うぅ、それより寒っ)
ここにずっといるのが正解なのか分からない。
とはいえ、布団を抱えたまま歩くにしても、布団を置いて歩くにしてもこの服装では憚られる。
何も悪いことをした記憶はないが、追いかけられれば逃げるしかない。
ましてや、得体の知れない場所。
捕まったが最後、何がどうなるか分からない。
(また今夜寝て、朝になったら元の世界に戻ってるかも……)
全くもって確信はなかったが、今はもうその一縷の望みに賭けるしかなかった。
***
あれから追手はこない。
どうやら逃げ切れたみたいだ。
徐々に夜に近づく空を見て驚く。
(こんなに暗いんだ……)
街灯がなく、人の気配もしない。
墨で塗りつぶしたような空に、星が無数に輝く。
(綺麗……)
「――!?」
空を見上げていた私の目に、急に一直線に光が飛び込んできた。
「いたぞ!」
「えっ……」
左にも右にも、武士みたいな人達が自分に向けて提灯を照らす。
「眩し……っ」
そして、文字通りあっという間に取り囲まれる。
「早く各務様の元に!」
「各務……?」
逃げ切れたと思ったのに観念するしかない。
何が何だか分からないまま、私は促されて立ち上がる。
布団は親切にも武士達が担ぎ上げる。
上下スウェットに靴下三枚履きという情けない姿で両脇を抱えられ、真っ暗な夜道を武士達と共に歩く。
気分は完全に連行される指名手配犯――。
(シュ、シュールすぎる……!!)




