07. ≪氷の海≫をめざせ
あざらしのうず雄は、鼻先と豊かなひげをふるふる震わせながら、ポトリーグの話を真剣に聞いていた。
『……ごめん。ポトリーグの話に出てきた風景、自分みたことない。だからこの近くじゃあ、ないと思うのん……』
もふん、とうず雄はひげを振って、水平線の方へ頭をむける。
『ここは、≪黒き島々≫って言って。南と北に、ながーく島が群れてんのんだけど』
「黒き島々?」
ポトリーグには、まったく聞き覚えのない名だった。
『向こうに見えるのんが、≪ひげあざらし島≫』
うず雄のあごが示す方向を見て、ポトリーグも気づいた。
「うん。あっちに、もやっと島影が見えるな」
『それが、≪黒き島々≫のだいたい北はずれなんよ。そこから南に向けて、島がいっぱい浮き集まってんのん』
「へえ……。ますます知らねえ」
ポトリーグは黒い巻き毛の頭を、もしゃっと振った。
トゥーレから、だいぶ変な方向へ流されてしまったのだろうか、と考える。
『けどね。その島々を全部こえたところ、南のはじっこは、この世の果てになってて。それは≪氷の海≫なんだって、言い伝えを聞いたことはあるのん』
ポトリーグは蒼い目をまるーくして、やはり円いうず雄の目を見た。
「≪氷の海≫!? たぶんそれだ、俺たちがいたとこ!」
『でもね、ぼんやりした話でしかないのん。昔から語り継がれてるってだけで、実際に行ってみたあざらしに会ったことないし』
「……遠いってことか? そこまでは」
『うん。めちゃくちゃ彼方っぽい』
ポトリーグは小首をかしげ、うず雄の顔をまじまじと見た。あざらしなりにまじめな表情 (たぶん)、嘘や冗談を言っている様子ではない。と言うかポトリーグはあざらしにからかわれた経験なんてまるでないから、うず雄の真意がどうも見えなかった……。
けれどこんな状況でポトリーグに嘘をついて、いったい何の得がうず雄にあると言うのだ?
「けど待てよ、うずっち。おかしくねぇか、俺はその遠ーいところを越えてきた、っつうことになんの? たった一日かそこいらでよ?」
『うん。自分も、変だと思うのん。ポトリーグ』
ばちばち、大きな円い目でまばたきをしつつ、うず雄は言う。
『ポトリーグが、どんだけ速く泳いんだのんか、わかんないけど。とにかくめちゃくちゃーな勢いで、≪黒き島々≫を突っ切って、ここの北のはじっこにたどり着いたんとしても。この世の果てのてまえには、≪蛇の島≫があるはずなのん……。そこをするっと通り抜けられたのんが、ふしぎ』
「へび……? 昨日、うずっちが絡まれてた、あいつらかよ?」
『そう……!』
うず雄は大きく、首をたてに振った。
目を閉じて、ぷるぷる顔とひげとを震わせている。しめ殺されかけた恐怖を、思い出しているようだった。
何となく、ポトリーグはうず雄の長いひげをつかんで、握る。ふとくてざらざら、しなやかなひげだ!
「心配すんなよ、うずっち。どうもあいつらは、俺のことが大嫌いっぽいからなー? また囲まれたら、俺が追い払ってやらぁ」
『うん』
うず雄のまるい黒い瞳が、かなしげである。
『あいつらには、本当みんな困ってるのん。自分も海ん中だったら、さっさともぐって隠れちゃうから、今まで危ないことってなかったのんだけど……』
「うん?」
『昨日はつい、こんぶ食べすぎて……。あったかい岩の上で、ちょっとだけ昼寝するつもりだったところ、やられちゃった』
「げえ、昼寝もおちおちできねえの? ……しかも、あんな束になって寄ってたかってくるたぁ、気ッ色いやつらよなー。うずっちは何も悪くねえぞ。わるいのは、蛇だ」
『……』
ばちばち、しゃらん。
でかい黒目をまばたきさせたものだから、うず雄のひげも一緒に揺れる。しゃらん。
「あの蛇どもは、ここんちの島には棲んでねぇのか?」
『ううん。ねじろの島から、泳いで渡ってくる。さっき言った、この世の果て……≪氷の海≫に近いとこらしいのん』
ポトリーグは首をひねった。少年の故郷、ヒベルニアに蛇はほとんどいない。
ずうっと小さかった頃、誰かがつかまえて瓶の中に閉じ込めたのを、珍しいよと見せてもらったことがあるっきりだ。
記憶の中の小さな蛇はいかにも儚げで、昨日遭遇したやつらのすさまじさなんて、まるで持ってはいなかったのに。
――蛇って。水ん中を、泳げるんだな~。
昨日うず雄を襲っていた蛇たちも、海に逃げ込んで帰ったのだろうか。
「……はッッ!」
そこまで考えて、ポトリーグは思いついた!
「そいじゃあ、よう! 次に蛇のやつらを追っ払う時に、そのあとをつけていけば。俺はブレンダン修道院長たちとはぐれたあたりまで、たどり着けるんじゃねえのかぁッ?」
氷が地と化した、トゥーレの≪氷の海≫へ!!




