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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第一踏 ≪うず雄の巌≫
7/8

07. ≪氷の海≫をめざせ

 あざらしのうずは、鼻先と豊かなひげをふるふる震わせながら、ポトリーグの話を真剣に聞いていた。



『……ごめん。ポトリーグの話に出てきた風景、自分みたことない。だからこの近くじゃあ、ないと思うのん……』



 もふん、とうず雄はひげを振って、水平線の方へ頭をむける。



『ここは、≪黒き島々≫って言って。南と北に、ながーく島が群れてんのんだけど』


「黒き島々?」



 ポトリーグには、まったく聞き覚えのない名だった。



『向こうに見えるのんが、≪ひげあざらし島≫』



 うず雄のあごが示す方向を見て、ポトリーグも気づいた。



「うん。あっちに、もやっと島影が見えるな」


『それが、≪黒き島々≫のだいたい北はずれなんよ。そこから南に向けて、島がいっぱい浮き集まってんのん』


「へえ……。ますます知らねえ」



 ポトリーグは黒い巻き毛の頭を、もしゃっと振った。


 トゥーレから、だいぶ変な方向へ流されてしまったのだろうか、と考える。



『けどね。その島々を全部こえたところ、南のはじっこは、この世の果てになってて。それは≪氷の海≫なんだって、言い伝えを聞いたことはあるのん』



 ポトリーグはあおい目をまるーくして、やはりまるいうず雄の目を見た。



「≪氷の海≫!? たぶんそれだ、俺たちがいたとこ!」


『でもね、ぼんやりした話でしかないのん。昔から語り継がれてるってだけで、実際に行ってみたあざらしに会ったことないし』


「……遠いってことか? そこまでは」


『うん。めちゃくちゃ彼方かなたっぽい』



 ポトリーグは小首をかしげ、うず雄の顔をまじまじと見た。あざらしなりにまじめな表情 (たぶん)、嘘や冗談を言っている様子ではない。と言うかポトリーグはあざらしにからかわれた経験なんてまるでないから、うず雄の真意がどうも見えなかった……。


 けれどこんな状況でポトリーグに嘘をついて、いったい何の得がうず雄にあると言うのだ?



「けど待てよ、うずっち。おかしくねぇか、俺はその遠ーいところを越えてきた、っつうことになんの? たった一日かそこいらでよ?」


『うん。自分も、変だと思うのん。ポトリーグ』



 ばちばち、大きなまるい目でまばたきをしつつ、うず雄は言う。



『ポトリーグが、どんだけ速く泳いんだのんか、わかんないけど。とにかくめちゃくちゃーな勢いで、≪黒き島々≫を突っ切って、ここの北のはじっこにたどり着いたんとしても。この世の果てのてまえには、≪蛇の島≫があるはずなのん……。そこをするっと通り抜けられたのんが、ふしぎ』


「へび……? 昨日、うずっちが絡まれてた、あいつらかよ?」


『そう……!』



 うず雄は大きく、首をたてに振った。


 目を閉じて、ぷるぷる顔とひげとを震わせている。しめ殺されかけた恐怖を、思い出しているようだった。


 何となく、ポトリーグはうず雄の長いひげをつかんで、握る。ふとくてざらざら、しなやかなひげだ!



「心配すんなよ、うずっち。どうもあいつらは、俺のことが大嫌いっぽいからなー? また囲まれたら、俺が追い払ってやらぁ」


『うん』



 うず雄のまるい黒い瞳が、かなしげである。



『あいつらには、本当みんな困ってるのん。自分も海ん中だったら、さっさともぐって隠れちゃうから、今まで危ないことってなかったのんだけど……』


「うん?」


『昨日はつい、こんぶ食べすぎて……。あったかい岩の上で、ちょっとだけ昼寝するつもりだったところ、やられちゃった』


「げえ、昼寝もおちおちできねえの? ……しかも、あんな束になって寄ってたかってくるたぁ、しょいやつらよなー。うずっちは何も悪くねえぞ。わるいのは、蛇だ」


『……』



 ばちばち、しゃらん。


 でかい黒目をまばたきさせたものだから、うず雄のひげも一緒に揺れる。しゃらん。



「あの蛇どもは、ここんちの島には棲んでねぇのか?」


『ううん。ねじろの島から、泳いで渡ってくる。さっき言った、この世の果て……≪氷の海≫に近いとこらしいのん』



 ポトリーグは首をひねった。少年の故郷、ヒベルニアに蛇はほとんどいない。


 ずうっと小さかった頃、誰かがつかまえて瓶の中に閉じ込めたのを、珍しいよと見せてもらったことがあるっきりだ。


 記憶の中の小さな蛇はいかにもはかなげで、昨日遭遇したやつらのすさまじさなんて、まるで持ってはいなかったのに。



――蛇って。水ん中を、泳げるんだな~。



 昨日うず雄を襲っていた蛇たちも、海に逃げ込んで帰ったのだろうか。



「……はッッ!」



 そこまで考えて、ポトリーグは思いついた!



「そいじゃあ、よう! 次に蛇のやつらを追っ払う時に、そのあとをつけていけば。俺はブレンダン修道院長たちとはぐれたあたりまで、たどり着けるんじゃねえのかぁッ?」



 氷が地と化した、トゥーレの≪氷の海≫へ!!


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