06. 氷と火柱の海をくぐり抜けて
「氷がぎっしり浮いた海があってー。大きな島っぽい氷の上に、皆で小舟のりつけて上陸したんだよ。そしたらいきなり、どっっっか――ん!! って、空と海が割れてなぁあああ!?」
『何それぇっっ』
あざらしは円く黒い眼をひんむき、ひげを震わせてポトリーグ談にくいついてきた! そう、このへん実に劇的だったのだ。ポトリーグ自身も、聞いてもらいたくってたまらない!
「俺も全ッ然わけわかんねえんだ、うずっち! そのちょっと前な、真っ黒いはずの夜空に、びらびら緑色の布みたいなんが広がってよ? 何じゃありゃあ、って皆でたまげて見てたら……。いきなり氷ん中から、火の柱が噴いてなッッ」
話しているうちに、ポトリーグはその様をありありと思い出していた。
氷の地表……大地が厚い氷に覆われていたのか、あるいは大地そのものが氷だったのか。よくわからないが、そういう冷えびえとした地面がぐらぐらと揺れ、そこかしこにぶしゅう、と猛烈な炎が噴き立ったのである。
≪落ち着こう、兄弟らよ。今こそ、主に祈りを捧げよう≫
修道院長の低い声が、力強くひびいた。しかし他の修道士たちがブレンダンの元へ寄って行ったとき、ポトリーグは気づいたのである。
大きなウェネテース帆船から氷の大地に接岸するのに、修道士たちはいくつかの黒い皮舟を用いていた。そのうちのひとつ、一番小さい舟が……! 揺れる氷の地面にすべり、今しも海へと落っこちようとしている。
これはやばい! いまだ頭頂を剃り上げてもいない自分の祈りなんて、たぶん神さまはどうでもいいとお思いになるだろう。それより何より、現実問題として舟をなくしてはだめだ、とポトリーグは直感したのである。
『なんで?』
「お前ぇらあざらしとちがって、俺ら人間は泳げねえから。舟は超だいじなんだよ」
一行はヒベルニアを発ち、大陸西端のアルモリカへ行くのに、これら皮舟を使っていた。大きくても四人乗りの舟である。
歴史ある港町アレートでは、こんなので海を渡ってきたのですか、と見る人ごとに驚かれた。しかし実際には長旅を耐える、優秀な小舟なのだ。
まあ乗っている人間たちにはきついので、今回遠方を目指すブレンダン修道院長は安全保障および快適のために、大型帆船をアレートで調達し、乗り換えたわけだが。
小さな皮舟はそのまま帆船にのせ、北上してきた。つまりこの先も旅に必要であり、帰路で帆船を返却した後も、ヒベルニア帰還になくてはならないものである。
そう認識していたポトリーグは、氷の端めざして全力で疾走した。つるっつるすべりかけて、どうにか舟のはじっこをつかむ。
ずっっっどおーん!!!
その瞬間、またしてもどこかの大地が火を噴いた。
すさまじい衝撃に、ポトリーグの身体は小舟ごと宙に投げ出される。くるり、と舟の内にはまって……ぼちゃん! 海水上に落ちた。
ずどーん! ずどん、ずどーん!!
炎の柱は、爆発をやめない。耳がどうにかなってしまいそうな大音響に頭をなぐられ続けて、ポトリーグは小舟のへりにしがみついていた。
頭上の闇にも、あかい火柱がうわんうわん、と走るかのよう。
小舟の内に、へたばりこんでいたポトリーグは……気を失ったのかもしれない。
ずどんずどん、どかーん!!
大気を砕くような音にのまれつつ、少年をのせたちっぽけな舟は、混沌のさなかを進んでいったらしい。
……はっ、とポトリーグが気づいた時。
夜はすでに明けきっていて、舟の上におりた陽光が、あたたかく少年の身体を包んでいた。
静かすぎるくらいに凪いだ海。
そのゆるやかな波間の上、優しい風にすーいすーいと押されるようにして……。最終的にはかなりいけいけな追い風に導かれ、どんぶらこ~! とポトリーグはたどり着いたのである。
空と海とが緑色にそまった、この見知らぬ地へと。
「けどよう。俺がばたん・きゅう、してたんはそこまで長い時間じゃねえ。だから最後の氷の野営地からも、あんまり離れてないと思うんだよなー。はぐれたからには、みんなと合流しなきゃなんねえし……。うずっち、道知らねえ?」
あざらしのうず雄は、鼻先をふるふる震わせながら、ポトリーグの話を真剣に聞いていた。




