03. ひとりっきりの野営、初日
ごつごつ岩棚を少し内陸よりへ進むと、草に覆われた丘陵と灌木の茂みとが見えてきた。
そこでポトリーグは岩場の間に小舟を隠し、櫂を杖のように持って、そちらへ行ってみる。
そよぐ風は穏やか。しかし、鳥の啼く声もしなければ、もちろん人の気配もない。
「まじでここは、どこなんだ。俺ぁ全ッ然、知らねえぞ?」
海沿いに岩の多くまじる岸、浅い林。そういう風景じたいはポトリーグの故郷によく似ている。空と海とが緑色である、という点をのぞけばの話だが。
やがて樺や樫の寄り添いたつ林の中に、小さな泉が湧いているのを見つけて、ポトリーグはひゃっほうと小躍りした!
重なり合った岩の間に、冷たく清らかな水が流れ出している。なめてみれば、塩味なし!
海に近くても、ばっちり真水の湧水だ。これは実にありがたい。
空っぽになっていた皮ぶくろにその水をためて、しばらく林の中をさまよった後、ポトリーグは磯へ帰る。地に砂の混じるところで、野営するによさそうな場所を探す。
食べるものは何も見つからなかったが、水と焚き付けの枯れ枝は手に入った。風よけになりそうな大きな岩の脇、裏に返した小舟をかたむけて、櫂をつっかい棒に。皮の小舟は、半開きの屋根を持つ天幕となる。
磯の岩に貼りついて、からからになっていた海藻を集めてゆく。その上に焚き付け小枝をのせて、ポトリーグは火打ち石を使った。
ゆっくりと暮れてゆく空にさす夕陽は、だいだい色と金色である。
鉄の鍋底にわかした湯を冷まし冷まし飲んで、焚き火の傍らに座り込んだポトリーグは、のびのびとため息をついた。
肩掛け麻袋の底に最後に残っていた食糧、固焼きパンと干しりんごとを、ゆっくり時間をかけて噛む。
むわん、と遠くで何かが鳴いたように思えた。
頭をそちらに向けると、鳥の群れが金の空に転々と黒い。
ずうっと遠くの岸にむけて飛んでいるようだった。それを眺めて、ポトリーグはにひっと笑う。
――あれだけ鳥がいるっつうことは、群れの巣があるんだな~? たまごがとれるかもしんねぇ! 明日行ってみよッッ。
それに今は海のそばにいるのだ。貽貝か何かを磯から引っぺがしてゆでれば、飢えることはなかろう。
真水の泉と焚き付けのとれる林を見つけたポトリーグは、どこまでも楽観的になっていた。明日のことは、明日考えればよい。
本日は、きょう越えてきた航海のぶんで、もうまる疲れなのだ。とにかくその疲労を眠って落とす、それがポトリーグの目の前にある使命である。
空の色とは関係なしに、闇は闇らしい。とりあえずは迫りくる夜の寒さ、つめたさを乗り切って眠るべし……。
ポトリーグはその辺で集めたからからの浜草を、小舟の下に敷き詰めた。
毛織り修道衣の頭巾をかぶって、その小さな寝床の中にもぐりこむ。つっかい棒の櫂を下ろして、ひっくり返した小舟の天幕、とざされた安全な空間の中でまるくなった。
「ふあーあ」
盛大なあくびが出る。
そう言えば就寝前の祈りはどうなったのだろう? 修道士の兄さんたちが、口やかましく言っていたものだが……。
「神さま、お休みぃー」
ポトリーグは簡易省略版ですました。
当たり前だ、こんなに疲れているんだもの。
・ ・ ・
ポトリーグはねむった。泥のように眠った、いや泥になんてなったことはないから、この比喩だって謎なのだけど……とにかく、よく寝た。
修道院にいた頃は、祈りの時間だぞと夜間しょっちゅう起こされていたものである。航海に出てからもそれは同じ。じきに慣れるよ、と修道士の兄さんたちに言われても、ほんとかよとしか思えない。
だから久しぶりに誰にも何にも邪魔されず、日暮れからぶっ続けで寝倒したポトリーグは……。
小舟天幕のあたたかい狭さの中で、実を言うとむちゃくちゃ幸せだったのである!
「ふんごーッ」
しかしまるまる半日も寝て、さすがに起きる。
どこにいるんだっけ、とありがちな記憶喪失に一瞬おちいるも。
身体の下でがさつく乾いた草の感触で、一挙に現実に戻ってきた。
そうっと小舟のふちを上げてみると、夜明け後だいぶ経っているようだ。世界の明るさ、まぶしさを視界に入れて、ポトリーグの蒼い瞳がきらーっと輝いた。
「ひゃっほう、朝だぜえっっ」
がばり、と小舟を大きく持ち上げる。涼しさ静けさ、遠い潮騒……。まとめて気持ちのよい朝だ!
「んッ!?」
しかし……。ポトリーグは気づいた。
逆向きかぶせ置いていた小舟天幕のすぐ脇、昨夜の焚き火の跡近くに、見慣れぬものがあるではないか。
「おさかなぁーッッッ!?」




