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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第一踏 ≪うず雄の巌≫
3/8

03. ひとりっきりの野営、初日

 ごつごつ岩棚を少し内陸よりへ進むと、草に覆われた丘陵と灌木の茂みとが見えてきた。


 そこでポトリーグは岩場の間に小舟カラハを隠し、かいを杖のように持って、そちらへ行ってみる。


 そよぐ風は穏やか。しかし、鳥のく声もしなければ、もちろん人の気配もない。



「まじでここは、どこなんだ。俺ぁ全ッ然、知らねえぞ?」



 海沿いに岩の多くまじる岸、浅い林。そういう風景じたいはポトリーグの故郷によく似ている。空と海とが緑色である、という点をのぞけばの話だが。


 やがてかんばや樫の寄り添いたつ林の中に、小さな泉が湧いているのを見つけて、ポトリーグはひゃっほうと小躍りした!


 重なり合った岩の間に、冷たく清らかな水が流れ出している。なめてみれば、塩味なし!


 海に近くても、ばっちり真水の湧水だ。これは実にありがたい。


 空っぽになっていた皮ぶくろにその水をためて、しばらく林の中をさまよった後、ポトリーグは磯へ帰る。地に砂の混じるところで、野営するによさそうな場所を探す。


 食べるものは何も見つからなかったが、水と焚き付けの枯れ枝は手に入った。風よけになりそうな大きな岩の脇、裏に返した小舟をかたむけて、かいをつっかい棒に。皮の小舟カラハは、半開きの屋根を持つ天幕テントとなる。


 磯の岩に貼りついて、からからになっていた海藻を集めてゆく。その上に焚き付け小枝をのせて、ポトリーグは火打ち石を使った。


 ゆっくりと暮れてゆく空にさす夕陽は、だいだい色と金色である。


 鉄の鍋底にわかした湯を冷まし冷まし飲んで、焚き火の傍らに座り込んだポトリーグは、のびのびとため息をついた。


 肩掛け麻袋の底に最後に残っていた食糧、固焼きパンと干しりんごとを、ゆっくり時間をかけて噛む。


 むわん、と遠くで何かが鳴いたように思えた。


 頭をそちらに向けると、鳥の群れが金の空に転々と黒い。


 ずうっと遠くの岸にむけて飛んでいるようだった。それを眺めて、ポトリーグはにひっと笑う。



――あれだけ鳥がいるっつうことは、群れの巣があるんだな~? たまごがとれるかもしんねぇ! 明日行ってみよッッ。



 それに今は海のそばにいるのだ。貽貝むうるか何かを磯から引っぺがしてゆでれば、飢えることはなかろう。


 真水の泉と焚き付けのとれる林を見つけたポトリーグは、どこまでも楽観的になっていた。明日のことは、明日考えればよい。


 本日は、きょう越えてきた航海のぶんで、もうまる疲れなのだ。とにかくその疲労を眠って落とす、それがポトリーグの目の前にある使命である。


 空の色とは関係なしに、闇は闇らしい。とりあえずは迫りくる夜の寒さ、つめたさを乗り切って眠るべし……。


 ポトリーグはその辺で集めたからからの浜草を、小舟の下に敷き詰めた。


 毛織り修道衣の頭巾をかぶって、その小さな寝床の中にもぐりこむ。つっかい棒の櫂を下ろして、ひっくり返した小舟の天幕、とざされた安全な空間の中でまるくなった。



「ふあーあ」



 盛大なあくびが出る。


 そう言えば就寝前の祈りはどうなったのだろう? 修道士の兄さんたちが、口やかましく言っていたものだが……。



「神さま、お休みぃー」



 ポトリーグは簡易省略版ですました。


 当たり前だ、こんなに疲れているんだもの。



 ・ ・ ・



 ポトリーグはねむった。泥のように眠った、いや泥になんてなったことはないから、この比喩だって謎なのだけど……とにかく、よく寝た。


 修道院にいた頃は、祈りの時間だぞと夜間しょっちゅう起こされていたものである。航海に出てからもそれは同じ。じきに慣れるよ、と修道士の兄さんたちに言われても、ほんとかよとしか思えない。


 だから久しぶりに誰にも何にも邪魔されず、日暮れからぶっ続けで寝倒したポトリーグは……。


 小舟カラハ天幕のあたたかい狭さの中で、実を言うとむちゃくちゃ幸せだったのである!



「ふんごーッ」



 しかしまるまる半日も寝て、さすがに起きる。


 どこにいるんだっけ、とありがちな記憶喪失に一瞬おちいるも。


 身体の下でがさつく乾いた草の感触で、一挙に現実に戻ってきた。


 そうっと小舟のふちを上げてみると、夜明け後だいぶ経っているようだ。世界の明るさ、まぶしさを視界に入れて、ポトリーグのあおい瞳がきらーっと輝いた。



「ひゃっほう、朝だぜえっっ」



 がばり、と小舟を大きく持ち上げる。涼しさ静けさ、遠い潮騒……。まとめて気持ちのよい朝だ!



「んッ!?」



 しかし……。ポトリーグは気づいた。


 逆向きかぶせ置いていた小舟天幕のすぐ脇、昨夜の焚き火の跡近くに、見慣れぬものがあるではないか。



「おさかなぁーッッッ!?」




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