02. ポトリーグ、蛇の群れと戦う
「何だ、ありゃあ……!! 蛇がどんだけ、群れてんだよおおっ!?」
そもそもポトリーグは、≪へび≫にあまりなじみはない。しかしじいーっと見つめていると、細長い生きものたちの姿が、徐々に判別できてきた。間違いない、これは大量の蛇どもなのだ。
大きいのから小さいのまで、いったい何匹いるのだろう。十匹? 二十匹?? いやいや、何十匹?
太いやつなんて、ポトリーグの手首くらいもあるのではなかろうか。そういう蛇が無数に集まって、黒っぽいかたまりを作り、うごめいているのだ。
かれらのかたまりの下には、どうも何かがあるらしい。その何かに巻きついて長い身体で締めあげながら、うねうね蛇たちはのたくっていた。
ポトリーグは、じきに十五になるところである。
お子さまの如き単純な思考を有してはいるが、幼稚なあほう行為をしない分別はあった。
よって、このおぞましき蛇のかたまりにも、十歩ほどのところからぞぞぞとしつつ、遠巻きに見ているだけ。
手にした櫂でつついたり、石を投げたりという真似もしなかった。
……のだが、蛇の方ではポトリーグに気づいたらしい。
ふらっとかたまりを離れた一匹が、うねうねっと地を這ってすばやく近づいてきた。
「げっ」
ポトリーグは一歩あとじさる。と、蛇はくわぁっと鎌首をもたげ、口を大きく開けて威嚇してきた!
そして…… びぉんっっ! 少年にまっすぐ、襲いかかってきたのである。長い身体の先の頭を刃にして、突き刺してくるかのように。
ばしーッッ!
ポトリーグは反射的に、右手に持っていた白樫材の櫂で、その蛇をなぎ払った。
うねうねうねねねねぇー!!
すると仲間が攻撃されたことを察知したのか、うぞうぞ集まりかたまっていた蛇どもが、一斉にポトリーグめがけて突進してくるのである。
――逃げるべきなんか!?
瞬時ポトリーグはためらったが、さりとてどこへ逃げると言うのだ。選択肢なし、ポトリーグは両手に櫂をかまえる。
「しゃらくせぇぇぇーッッッ」
なだれ込んでくる蛇たちを、右から左へ! 思いっきりすくい上げるようにして、盛大に櫂でしばく。
硬い白樫の櫂の一撃をくらって、数匹が宙におどった。しかし敵は数多い! 打撃をよけた後続の蛇どもは、ポトリーグの周りをしゃあっと取り囲む。
「けっ、てやんでぇッ」
しかしポトリーグは、次々にとびかかってくる蛇を順調に櫂で弾き飛ばす。
べしり! もひとつ、右足先で蹴り落としてはその攻撃を防ぐッ。
びゅうんッ!
「げっ、何だぁ!? 飛ぶんか、ここんちの蛇はッ」
あまりはっきりと見なかったが、ずんぐりした影が頭の脇をかすめたような気配を感じて、ポトリーグは少々ぎくりとする。
いくら強靭な少年でも、頭や顔を咬まれるのは危険かもしれぬ! 死球はこわいぞ!
そこでとっさにポトリーグは、取っ手に細縄をつけて肩にさげていた、鉄鍋を頭にかぶった。そう、お鍋を。
「うおらぁ、かかってこいやぁあああッッ」
本人は大まじめ、みている分には滑稽きわまる光景である。しかしポトリーグは鍋かぶとの下で、雄々しく咆えたッ!
……と、その刹那。
少年を取り囲んでいた蛇たちが、もたげていた鎌首を、一斉に後ろ向きに引いた。
蛇が言葉を発するわけはないのだが、見るからに≪ぎゃふーん≫あるいは≪げろげろー≫など、どん引き衝撃を細い身体いっぱいに表現している。
うねうねうね……。どろろぉーん!!
そして蛇の群れは、そのままポトリーグの周囲から離れてゆく。ここでも寄り集まり、小さな波のようにかたまり合っていた。岩盤の上を海の方へと、一目散に流れてゆき……やがて蛇どもは見えなくなる。
――あいつら……。海の中へ逃げ込んだんか?
ポトリーグは変に思った。へびって泳ぐのだろうか、全然知らない。
しかし去った敵なんぞ、どうでもいいのである。気色悪いのを追っ払えて少年は満足し、鉄鍋を頭からとって、元通り背中側にひっかけた。
そうして地べたに残っていたものに、ようやく気がつく。
「うおおおっっ!? でっけぇあざらしッ」
目を閉じて平らな岩棚の上にのびていたのは、これまたポトリーグが見たこともないような、巨大なあざらしだ!
少年の知っている灰色あざらしとは、まるで違う。倍ほどもある、黒っぽい巨躯を横たえているのだ……。そして、なんと長いひげだろう!
――ああ、そうか。あの蛇ども、このあざらしに巻きついてたんだな!
そばかすだらけの丸顔を引きしめて、ポトリーグはそうっとあざらしに近づいてみる。
蛇が群れをなして、あざらしを狩っていた……。傍目には、そんな風にとらえられるだろう。前代未聞だけれども。
だとしたらこの巨大なあざらしは、蛇どもに息をつめられ、すでに死んでいるのだろうか?
ポトリーグはやわらかい革ぞうりの底をすべらせ、音を立てぬように慎重に歩く。やや距離をおいて、あざらしの頭の方へ回り込む……。巨大あざらしは、ぴくりとも動かない。
「くくくくく」
――ほんじゃあ俺が、煮て食っていいってぇことだよな~??
にやーっと両方の口角を上げて、ポトリーグは不敵に笑った!
あざらし肉を食したことは、まだない。しかし目の前にずどんと横たわっているものをおにくと認識したとたん、ポトリーグの胸は食への好奇心で、ずっきゅん・ばっきゅんと高鳴ってきていた……!
――どこまでをどう食えるのかは、わかんねぇけど。こんだけありゃあ、何日かは確実にもつッ!
ぬふふ、と舌なめずりをしかけた時である。
にょぅぅん!
ふいにあざらしが頭を持ち上げた。
かっと見開いたその大きな黒い目と、ポトリーグの蒼い目が、……出会った。
「あ」
見つめ合うこと、数秒の永遠……。
ぶるううううん!!
巨大な黒いあざらしは、勢いよく一回転すると、起き上がった!
「ぎひゃああああ、生きてたぁーッッッ」
どうにか数歩、後ろにとびすさって間をとったポトリーグは叫んだ。
食ったことはない、しかしあざらしが獰猛なけものであることは知っている! 何と言ったって、海のひょうと書いて海豹だもの!
ふるふるふるっ、とあざらしは頭を振って、またポトリーグを見る。
見た後ふいっと身体の向きを変え、下半身をうねうね波立たせて、海の方へ行ってしまった。
ばちゃーん!
水音がしたから、その辺の岩から水面へ跳びこんだのだろう。
「何でえー……」
残念むねん。しかし一方でポトリーグは、ほっと安堵してもいた。
あざらしは、何しろあれだけの巨大な図体である。蛇どもが束になっても、絞め殺すまでは出来なかったのだろう。息がつまって仮死状態だったのかもしれない。しかし生きていたのなら、良かったじゃないか。
せっかくの肉まつり寸前であったが……。若いポトリーグは、さっさと気を取り直すことにした。
「ま~、いいっかぁ。さーて水探そ、水ぅー」
小舟をかつぎ上げ、櫂を右手に、てくてく内陸側へ歩き出した。
黄味がかる明るさが入り混じる、緑色の空……。いったい、どこに来たのだろう?
故郷と違って妙ちくりんだが、とりあえずは雨が降っていない。強い風も吹いていなければ、おそろしく寒いと言うのでもない。
これを幸運とみなして自分で自分の機嫌をとり、一歩さきにある運命に向かい歩いて行けるほどには、ポトリーグは強くかしこい修道院の見習いなべ番だったのだ。
「♪俺は、エリンの、土地うまれぇ~~♪」
さらに少年は、歌うという魔法まで知っている。
腹の底から気分を揚げて、自分自身を幸せに導くすてきな魔術!
「♪きれぇなあの子ををぅ~、とりこにすんのさーーー♪……」
……彼の場合、だいぶ音痴ではあったのだが……。




