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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第一踏 ≪うず雄の巌≫
2/6

02. ポトリーグ、蛇の群れと戦う

「何だ、ありゃあ……!! 蛇がどんだけ、群れてんだよおおっ!?」



 そもそもポトリーグは、≪へび≫にあまりなじみはない。しかしじいーっと見つめていると、細長い生きものたちの姿が、徐々に判別できてきた。間違いない、これは大量の蛇どもなのだ。


 大きいのから小さいのまで、いったい何匹いるのだろう。十匹? 二十匹?? いやいや、何十匹?


 太いやつなんて、ポトリーグの手首くらいもあるのではなかろうか。そういう蛇が無数に集まって、黒っぽいかたまりを作り、うごめいているのだ。


 かれらのかたまりの下には、どうも何かがあるらしい。その何か・・に巻きついて長い身体で締めあげながら、うねうね蛇たちはのたくっていた。


 ポトリーグは、じきに十五になるところである。


 お子さまの如き単純な思考を有してはいるが、幼稚なあほう行為をしない分別はあった。


 よって、このおぞましき蛇のかたまりにも、十歩ほどのところからぞぞぞとしつつ、遠巻きに見ているだけ。


 手にしたかいでつついたり、石を投げたりという真似もしなかった。


 ……のだが、蛇の方ではポトリーグに気づいたらしい。


 ふらっとかたまりを離れた一匹が、うねうねっと地を這ってすばやく近づいてきた。



「げっ」



 ポトリーグは一歩あとじさる。と、蛇はくわぁっと鎌首をもたげ、口を大きく開けて威嚇してきた!


 そして…… びぉんっっ! 少年にまっすぐ、襲いかかってきたのである。長い身体の先の頭を刃にして、突き刺してくるかのように。


 ばしーッッ!


 ポトリーグは反射的に、右手に持っていた白樫材の櫂で、その蛇をなぎ払った。


 うねうねうねねねねぇー!!


 すると仲間が攻撃されたことを察知したのか、うぞうぞ集まりかたまっていた蛇どもが、一斉にポトリーグめがけて突進してくるのである。



――逃げるべきなんか!?



 瞬時ポトリーグはためらったが、さりとてどこへ逃げると言うのだ。選択肢なし、ポトリーグは両手に櫂をかまえる。



「しゃらくせぇぇぇーッッッ」



 なだれ込んでくる蛇たちを、右から左へ! 思いっきりすくい上げるようにして、盛大にかいでしばく。


 硬い白樫の櫂の一撃をくらって、数匹が宙におどった。しかし敵は数多い! 打撃をよけた後続の蛇どもは、ポトリーグの周りをしゃあっと取り囲む。



「けっ、てやんでぇッ」



 しかしポトリーグは、次々にとびかかってくる蛇を順調に櫂で弾き飛ばす。


 べしり! もひとつ、右足先で蹴り落としてはその攻撃を防ぐッ。


 びゅうんッ!



「げっ、何だぁ!? 飛ぶんか、ここんちの蛇はッ」



 あまりはっきりと見なかったが、ずんぐりした影が頭の脇をかすめたような気配を感じて、ポトリーグは少々ぎくりとする。


 いくら強靭な少年でも、頭や顔を咬まれるのは危険かもしれぬ! 死球はこわいぞ!


 そこでとっさにポトリーグは、取っ手に細縄をつけて肩にさげていた、鉄鍋を頭にかぶった。そう、お鍋を。



「うおらぁ、かかってこいやぁあああッッ」



 本人は大まじめ、みている分には滑稽きわまる光景である。しかしポトリーグは鍋かぶとの下で、雄々しく咆えたッ!


 ……と、その刹那。


 少年を取り囲んでいた蛇たちが、もたげていた鎌首を、一斉に後ろ向きに引いた。


 蛇が言葉を発するわけはないのだが、見るからに≪ぎゃふーん≫あるいは≪げろげろー≫など、どん引き衝撃しょっくを細い身体いっぱいに表現している。


 うねうねうね……。どろろぉーん!!


 そして蛇の群れは、そのままポトリーグの周囲から離れてゆく。ここでも寄り集まり、小さな波のようにかたまり合っていた。岩盤の上を海の方へと、一目散に流れてゆき……やがて蛇どもは見えなくなる。



――あいつら……。海の中へ逃げ込んだんか?



 ポトリーグは変に思った。へびって泳ぐのだろうか、全然知らない。


 しかし去った敵なんぞ、どうでもいいのである。気色悪いのを追っ払えて少年は満足し、鉄鍋を頭からとって、元通り背中側にひっかけた。


 そうして地べたに残っていたものに、ようやく気がつく。



「うおおおっっ!? でっけぇあざらしッ」



 目を閉じて平らな岩棚の上にのびて・・・いたのは、これまたポトリーグが見たこともないような、巨大なあざらしだ!


 少年の知っている灰色あざらしとは、まるで違う。倍ほどもある、黒っぽい巨躯を横たえているのだ……。そして、なんと長いひげだろう!



――ああ、そうか。あの蛇ども、このあざらしに巻きついてたんだな!



 そばかすだらけの丸顔を引きしめて、ポトリーグはそうっとあざらしに近づいてみる。


 蛇が群れをなして、あざらしを狩っていた……。傍目には、そんな風にとらえられるだろう。前代未聞だけれども。


 だとしたらこの巨大なあざらしは、蛇どもに息をつめられ、すでに死んでいるのだろうか?


 ポトリーグはやわらかい革ぞうりの底をすべらせ、音を立てぬように慎重に歩く。やや距離をおいて、あざらしの頭の方へ回り込む……。巨大あざらしは、ぴくりとも動かない。



「くくくくく」



――ほんじゃあ俺が、煮て食っていいってぇことだよな~??



 にやーっと両方の口角を上げて、ポトリーグは不敵に笑った!


 あざらし肉を食したことは、まだない。しかし目の前にずどんと横たわっているものをおにく・・・と認識したとたん、ポトリーグの胸は食への好奇心で、ずっきゅん・ばっきゅんと高鳴ってきていた……!



――どこまでをどう食えるのかは、わかんねぇけど。こんだけありゃあ、何日かは確実にもつッ!



 ぬふふ、と舌なめずりをしかけた時である。


 にょぅぅん!


 ふいにあざらしが頭を持ち上げた。


 かっと見開いたその大きな黒い目と、ポトリーグのあおい目が、……出会った。



「あ」



 見つめ合うこと、数秒の永遠……。


 ぶるううううん!!


 巨大な黒いあざらしは、勢いよく一回転すると、起き上がった!



「ぎひゃああああ、生きてたぁーッッッ」



 どうにか数歩、後ろにとびすさって間をとったポトリーグは叫んだ。


 食ったことはない、しかしあざらしが獰猛なけものであることは知っている! 何と言ったって、海のひょうと書いて海豹あざらしだもの!


 ふるふるふるっ、とあざらしは頭を振って、またポトリーグを見る。


 見た後ふいっと身体の向きを変え、下半身をうねうね波立たせて、海の方へ行ってしまった。


 ばちゃーん!


 水音がしたから、その辺の岩から水面へ跳びこんだのだろう。



「何でえー……」



 残念むねん。しかし一方でポトリーグは、ほっと安堵してもいた。


 あざらしは、何しろあれだけの巨大な図体ずうたいである。蛇どもが束になっても、絞め殺すまでは出来なかったのだろう。息がつまって仮死状態だったのかもしれない。しかし生きていたのなら、良かったじゃないか。


 せっかくの肉まつり寸前であったが……。若いポトリーグは、さっさと気を取り直すことにした。



「ま~、いいっかぁ。さーて水探そ、水ぅー」



 小舟カラハをかつぎ上げ、かいを右手に、てくてく内陸側へ歩き出した。


 黄味がかる明るさが入り混じる、緑色の空……。いったい、どこに来たのだろう?


 故郷と違って妙ちくりんだが、とりあえずは雨が降っていない。強い風も吹いていなければ、おそろしく寒いと言うのでもない。


 これを幸運・・とみなして自分で自分の機嫌をとり、一歩さきにある運命に向かい歩いて行けるほどには、ポトリーグは強くかしこい修道院の見習いなべ番だったのだ。



「♪俺は、エリンの、土地うまれぇ~~♪」



 さらに少年は、歌うという魔法まで知っている。


 腹の底から気分を揚げて、自分自身を幸せに導くすてきな魔術!



「♪きれぇなあの子ををぅ~、とりこにすんのさーーー♪……」



 ……彼の場合、だいぶ音痴ではあったのだが……。


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