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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第一踏 ≪うず雄の巌≫
1/6

01. どんぶらこ! 航海譚が始まる

 

「いったい、なにが、どうなってんじゃあーッッッ」



 果てしなく続くかと思われる、海原の彼方から。


 どんぶらこ。どんぶらこ。どんぶりこ~!


 近づいてくる、小さな小さな黒い影があった。



「どうして、海が緑色なんだぁぁぁーあ!? ぱらと、見分けもけじめ・・・もつかねぇだろぉがぁーッッ」



 どんぶらこ。どんぶりこ。


 けたたましいわめき声の方が、先にこちらに到着している。


 どうも発生源は、その波の合間に浮かぶ黒い影のようなのだが……??



「ぎぃーっっ。空が崩れて海が割れて、柱みてぇに火の噴く間を、ようーやく通り抜けたってのに。他の皆はどこなんだ、あああー!? ブレンダン修道院長ぉぉ、兄さんたちぃーっっっ」



 ぎんぎんにきれ・・ながら進んでくるのは、冗談みたいにちっぽけな、黒い舟にのった少年である。どんぶりこー!


 大人ふたりも乗り込めば、満員大入りになりそうな舟だ。しなやかな柳枝に、小さく帆が張ってある。


 ぼろっちい帆はまるまると膨らみ、風をいっぱいにたたえ、けっこうな速さで小舟を進ませていた。緑色の空と、緑色の海の間を……どんぶらこー!



「誰も、いねえーッッッ。なんで、俺ひとりなんじゃ! こらぁああ」



 もしゃつく黒い巻き毛をなびかせ、そばかす満載の丸顔を引きつらせながら、でっかい少年はなおもいきり立って叫んでいた。


 長い手足をふんばって舟の内側に貼りつき、手にはかいも握っている。


 一人っきりで航海なんてしたこともなければ、舟の扱い方もほぼ全然わからない。しかし今、櫂を使う必要がないと言うことを少年は悟っていた。


 少なくとも、自分がこの風によって導かれていること。眼前に浮かび見えてきた、黒っぽい陸地にむかって運ばれていることを、知っていたからだ。



「ざっけんじゃ、ねぇぞおおお!!」



 なのでとりあえず、自分の運命に対してけんかを吹っかけている。


 まったく未知の大海原で、同行の一団とはぐれてしまい一人ぼっち。


 ポトリーグには他にするべきことも見当たらないのだから、いたしかたない。



「ってえええ、この陸地!! いわおじゃねえかぁっ!? こういうのって、接岸していいのかぁっっ」



 いや、たぶんできない……!


 ようやく目の前にことほぐべき陸が広がってきたあたりで、ポトリーグはまたしても絶叫した。


 砂浜だったら、そのまんま舟で乗り上げても大丈夫、ということは知っている。


 しかしここのように、じぐざぐ・ぎざぎざの黒っぽい磯がそそり立つ岸にぶつかった場合、彼の小舟カラハは無事でいられるのか!? おそらく……やぶれるッ! 何と言っても、牛の皮で出来た舟なのだ。いくら三枚重ねと言えど、裂けてしまうかもしれない!



「あんちきしょうッ。どうしたらいいんだッ」



 羊毛織りの修道衣・・・を着ているくせに、ポトリーグはこの時祈る・・と言う考えを、これっぽっちも脳内に持たなかった。人生、神だのみをするべき瞬間と言うのはいくつかあって、彼にとっては今がまさに絶好の機会であったのだが。



「はッ! そうだっ、舳先へさきかいをかまえといてっ。ずどんとくる正面衝突を、避けりゃいいんでないのかぁっ!?」



 いや、その前に帆を下ろさないか!?



「よっしゃあああ、来いやーッッ! 陸!!」



 ポトリーグはちっぽけ小舟カラハの舳先にふんばり、白樫の櫂をかまえた。来るぞ接岸……。


 もわ~~ん。


 しかしポトリーグが予想していた衝撃は、伝わってこない。代わりに、なめらかやわらか、もっさりした感触をもって、舟はゆっくり岩のはじにくっついた。



「……あれっ?」



 何だか、波が急に重く、優しくなったようだ。驚いてポトリーグは、水面下を見る。



「ぎょえっ!? 何じゃこりゃ、海がどろどろじゃんかッ」



 そこは磯岩が組み入ったところだった。大量の海藻がもりもりと流れ寄せられて、鳥の巣みたいになっているのである。


 ポトリーグの小さな舟は、ちょうどその中心に直球座礁をきめていた。すとらいく!



「うおっしゃあーっっ」



 逃してたまるか、この幸運! ポトリーグは全力で跳び、突き出た岩にびたっと着地した。


 ぐりぐりっ、舳先につながるもやい・・・綱をすかさず引っぱって、軽い小舟カラハを引き寄せる! 牛の皮で出来た舟は、少年一人の力でも陸揚げすることができるほどに軽い。


 ずるり、引き上げた舟とともに、ポトリーグは足早にべたべたと岩盤の上を歩いてゆく……。乾いた部分に、たどりついた!



「やったああああー!! 陸だ、あんちくしょーう!!」



 ひっくり返した小舟の横、べたーんとへたり込みながら、ポトリーグは喜びの声をあげる。


 久し振りにゆるがぬ陸地の上に立てたことが、もうたまらなく嬉しかったのだ。



「ようし。まずは上陸を祝してッ……」



 おお、今こそ祈りを捧げるのだろうか。



「まずはしょんべんをしようッ。でもってその後、食うもんを探しに行くぞ! こらぁっ」



 がくーん。


 しかしポトリーグは晴ればれとした満面笑顔で、周囲を見渡した。


 岸にはごつごつとした磯が続いているが、内陸側にはかすかに緑も見える。ここがどこなのか全然わからないが、とりあえず生きて上陸できたのだからどうでもいい!


 上機嫌で安堵の用足しを済ますと、ポトリーグはいつもの歩きじたくをする。


 しかし、黒い皮の小舟カラハを背負いかけた時だ。



「……ん?」



 岩場をほんの少し行った先に、何か妙なものがうごめいているような気がした。



「何だ、ありゃあ?」



 黒っぽい巨大な毛玉が、もぞもぞ動いているようなのだ。


 純粋な好奇心にかられたポトリーグは、小舟をそっと置いて、ぺたぺたと歩いて行った。革のぞうりを履いているので、歩行の際にそういう効果音が出るのである。



「……うげぇ!」



 しかし実際に近寄ってみると、ポトリーグは顔をしかめた。



しょーッッ。虫~?? じゃねえっ、蛇だぁ!」



 少年は正直、ものすごく引いた。しかし気持ち悪いもの見たさ、猟奇な好奇心が勝ってしまって、どうしても目が離せない。



「蛇がどんだけ、群れてんだよおおっ!?」



※航海譚、と書いてイムラヴァと読みたいのですが……タイトルにはふりがなが入りません、無念。「鍋聖人ポトリーグの異界航海譚イムラヴァ」です!

☘Happy St.Patrick's day 2026, Éire mo chroí☘

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