旅立ちと決意
《グランアテール》への入学が決まってから、日は飛ぶように過ぎていき、今日は出発の日だ。
コゥウ……と、低い音を立てて、魔車のドアが開く。
うっすらと白い光をまとった車体は、うちの商会が特注した二輪型の魔導馬車。貴族の間でも珍しく高級品で、商会の信用を示す顔でもある。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
玄関で並ぶ使用人たちが一斉に頭を下げる。
その視線を背に受けながら、わたしはスカートの端を軽く摘み、静かに会釈した。
「ありがとうございます……いってまいります」
姿勢を崩さぬよう、一歩ずつ。
乗車の際も、スカートの皺や裾に注意を払う。
教わったとおりに、膝を揃えて腰かけ、視線はまっすぐ前に。乱れた髪は指先でさりげなく整える。
(__グランシュ夫人には、本当にお世話になりました)
母の友人であり、程度でも名高い社交講師。
彼女のサロンで学んだ礼儀作法や舞踏の所作は、わたしの"鎧"のようなものだった。
貴族たちの前で、怯まぬように。
見下されないように。
彼女は、平民の娘であるわたしに、貴族の言葉と振る舞いを叩き込んでくれた。
「……"敬意を払うことと、下に出ることは違います。くれぐれもそのことをお忘れにならないよう。"__そう仰ってましたね、グランシュ夫人」
誰に対しても敬意は持つ。でも、自分を貶めてはいけない。
そうでなければ、商会の娘ときて、帝都の貴族相手にやっていけるはずもない。
だから__
(わたしは堂々と胸を張って学園に行く)
わたしが乗った瞬間、魔車が音もなく動き出す。
魔石のエネルギーで自律走行するこの魔車は、帝都の石畳を滑るように進み、やがて城下の外縁へと向かう。
窓の外には馴染み深い、程度の風景。
石造りの建物、賑わう市場、屋根の上で昼寝する猫__
それらがゆっくりと後方へ流れていく。
「この街で、育ったのですね……わたし」
寂しさがないわけではない。
でも、それ以上に__期待と覚悟がある。
帝国最高の魔法学園。
身分も、出自も、何もかもがわたしとは違う人々が集う場所。
それでも、わたしは主席としてそこに入る。
どれほどの視線を向けられるのか。
どれほどの試練が待ち受けているのか。
わたしには、まだわからない。
でも、わかっていることもある。
「__わたしは、わたしを曲げません。たとえ、どれほどの貴族が相手でも」
そう、小さく口に出してみる。
誰にも届かない、独り言。でも、それがわたしの決意。
やがて魔車は加速し、帝都の喧騒を遠ざけていく。
これから向かうのは、魔法と知の頂点__そして、きっと、地獄みたいな場所。
けれど。
(……なら、見せてあげましょう。わたしが"どれだけ本気"かを)
待ち受けているであろう沢山の試練を想像するだけでわたしの胸は高鳴るのだった。
今回も、お楽しみいただけていたら幸いです。
いよいよ学園へ旅立つリリアの決意を書いてみました。
感想は、常にお待ちしておりますので、お気軽にお寄せください。
次回もお楽しみに!




