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ラクチョウ  作者: みやびつかさ
抜け落ちたページ
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page.25

「陽菜ちゃん、紗鳥が帰ってこないよ」


 義姉が失踪してひと月半。

 連絡は取り合っている。美羽も状況を理解している。

 紗鳥は、亡くなった生みの母親の両親の元に身を寄せている。


 どうして彼女が不良少女じみた行動を取ったのか。

 なぜ家を出たのか。

 執拗に陽菜のことを心配するのか。すべては答え合わせ済みだ。


「でも俺は、しょうがないと思うんだ」


 拓也が一歩近づいてきた。

 陽菜は不精だなと思う。爪が伸びて汚れていた。


「だってさ、紗鳥はもう、じゅうはちさいだからさ。おとななんだよ」


 紗鳥は十七。今年の誕生日もまだだ。

 父親だというのに、そんなことも分からないのか。

 陽菜は紗鳥とはこの夏、その誕生日に会う約束をしている。


紗恵(さえ)もいなくなってしまった」


 紗恵は拓也の亡くなった前妻、紗鳥の実母だ。

 拓也が一歩近づく。やはり無精者だ。いや、男性では普通なんだろうか?

 すね毛が生え散らかしていた。


「美羽もいなくなってしまった」


 陽菜は最近、美羽ともよく連絡を取るようになっていた。

 それから、血のつながった父である達樹とも。


「陽菜ちゃんはさあ……。いなくならないよね?」


 陽菜は答える。「いなくなりません」


「そっかあ、よかったあ」


 拓也の目が垂れ、口の端が大きく吊り上がる。



「じゃあさ、代わりになってくれるよね? 紗鳥みたいに。ひなちゃんはさ、じゅうはっさいだよね? じゅうはっさいは、おとななんだよ?」



 陽菜は滑稽だと思う。いや、相応しい格好か。

 ヒキガエルが服を着ていたら、それこそ滑稽だ。

 カエルで服を着ていていいのは、カエルの王子様くらいだろう。


 視界の隅で、けち臭いオタマジャクシがセイチョウするのが見えた。

 陽菜は失笑した。それでも小さなムスコ。なんという皮肉でしょう。


 こちらに手が伸びてくる。汗と脂で照った指。



 陽菜は言った。



「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました」



 子守歌を(そら)んじるように続ける。



「ふたりには子供がいなかったので、神様にお願いをしました。ふたりはそれは熱心にお参りをしたそうです。指ほど小さな子供でも構いませんから、どうか子供を授けてください。すると願いが通じて、ふたりは子供を授かったのです」



 拓也は首をかしげた。



「それは、なんのおはなしなんだい? あ、分ったぞ。親指姫だ」



 陽菜は首を振った。


 それから拓也はもう一度、首を傾げた。

 視線は娘へと伸ばした己の手へと向いていた。



 彼の手の甲に、小さな花が咲いていたからだ。

 銀色の茎とプラスチックの花弁。赤くて小さなお花。待ち針。



 陽菜は言った。



「一寸法師」



 拓也の二の腕にも花が咲いた。彼は叫ぶ。痛いからだろう。

 陽菜はままならないものだと思う。

 日本の昔話に登場する老夫婦はいつだって善人で、血のつながらない子供を大切にするというのに。


 拓也が叫び、しりもちをついた。

 腐った桃のような尻が、落丁した日記のページを踏みつける。

 陽菜は余った待ち針を床に撒いてやった。

 立ち上がろうとしていた義父が短く悲鳴をあげる。


 もう一種類、針がある。


 陽菜は自身の指が痛んでも躊躇をしない。


 鬼の肩に突き刺さった針。

 鬼退治。鬼退治だ。陽菜は突き立てられた針に向かって、平手を振り下ろす。

 手のひらに感じる痛み。

 強く強く押しこまれた針は、拓也の肉をかき分けて体内へと消えた。


「ぎゃあああああ!」


 陽菜は絶叫を聞き流し、針を押しこむ際にできた手のひらの痣を見つめる。

 義姉も痛かったのだろうか。

 可哀想なおねえちゃん。

 だが、ほんの少しだけ同じになれたと思うと疼痛(とうつう)は甘く切ないものに変わった。


「び、びなぢゃん、なんでごんなごどをお……」


 鬼畜でも泣くのか。汚い。

 顔が真っ赤。まるで赤鬼。泣いた赤鬼? 赤鬼に失礼だ。

 やれやれ、この人の娘の涙はあんなにキレイだったのに。

 彼は肩を掻きむしるようにし、「取れない、針が取れないぃ……」。

 陽菜は吹き出した。

 鬼は情けなく脚を広げた格好で針を抜こうとしていたからだ。

 まるでカエルの脚だ。

 それから、せっかく大きくしたはずのオタマジャクシがしぼんでいた。


 その先端、男性特有の、桃色で柔らかそうな肉。

 亀の名を冠している部位だが、陽菜はアレに似てると思った。



「桃太郎」



 陽菜は机の上に置いてあった紗鳥のナイフを手にした。




 それから鬼は逃げ出し、女の子は血塗れのナイフを洗ってこう言った。




***


「めでたし、めでたし」


***

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