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ラクチョウ  作者: みやびつかさ
抜け落ちたページ
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page.21

 まただ。また、あの夢を見た。

 時刻は午前二時。

 烏丸典子を言い負かせてからというもの、陽菜はツバメの巣を破壊される夢を繰り返し見るようになっていた。

 夢の中では魔女の姿はない。巣の破壊はいつも陽菜のいないを狙っておこなわれる。

 お決まりのパターンがあり、学校から帰ったシーンやベランダで洗濯物を干しているシーンにツバメの警戒音が聞こえてくる。

 慌てて庭に行くもそこは夜の路上で、電信柱の根本に落ちた土くれのなかで二羽の雛鳥が息絶えていて、悲鳴をあげて目を覚ますというものだ。


 現実世界では雛はすくすくと育っている。すべての卵が孵り、五羽ともが巣から顔を出し、身体の大きさにも目立った差はない。

 危ぶまれた乗っ取りツバメも映像を確認したぶんではあの一回限りだけらしく、それからも出現していない。

 もちろん、典子がカメラに映っていたこともない。

 休日にはツバメたちの観察に加え、スケッチもおこなっている。

 観察をきっかけに家族の会話だって増えた。


 順調なのだ。順調なはず。

 それなのに陽菜は睡眠不足に陥り、いよいよ授業で居眠りをするようになっていた。


 ……魔女の呪いだ。


 だが、物語の序盤ではやられるばかり、祈るばかりだったおとぎ話のヒロインも、後半になればいよいよ動き出す。


 陽菜は意を決し、部屋を抜け出した。


 階段を降りると、リビングをチェックした。今日は紗鳥はいないらしい。

 録画自体はクラウド上に行っているため、観測者が不在のノートパソコンも停止している。

 キッチン、オーケー。お手洗いもオーケー。バスルームもオーケー。母も不在。

 継父の部屋が半開きで、人の気配がない。留守なのだろうか。

 どちらにせよ、今は陽菜の行動を見とがめる者はいないわけだ。

 これから行うことは、はっきり言って大したことではない。

 おそらく、何が起こっても罪に問うこともできない些細な行動だ。


 陽菜はそっと自宅を出ると、庭へと向かった。

 虫の音ひとつしない静かな夜で、自身の心音が聞こえそうだと思った。

 春風邸の物足りない庭をいっそう狭くしている物置がある。

 鍵は掛けられていない。

 扉をスライドさせてスマホのライトを起動する。

 やはり最後に使ったのが不精者らしく、最前面にまるで檻のように横向きの脚立が現れた。

 脚立の奥には捨てそこなった小学生時代のピンク色の自転車があり、懐しい気持ちになる。


 ……自転車、こんなに小さかったっけ。


 乗っていたのは四年生までだ。これに乗れるよう練習したのが二年生で、練習期間中には両親が後ろを支えてくれたのを思い出す。

 あの頃はまだ、実父の達樹も休日にはよく遊びに連れ出してくれていた。


 中学生だてらに哀愁(あいしゅう)を覚えるが、思い出に浸りに来たわけではない。


 陽菜は脚立を引っ張り出すと、烏丸邸側の壁に立てかけた。

 カメラには映らない位置。通行人もあえて見ようとしなければ見えない位置。

 だが、気に食わない隣家の様子をうかがう者の目には留まる位置。


 陽菜がやったのはたったそれだけの行為だったが、不思議なほどの達成感があった。


 あの脚立は捨てる予定で、すでに粗大ごみの予約の電話も入れてある。


 カメラの設置をおこなったさい、調子の悪かった脚立は寿命を迎えた。

 留め具がはじけ飛び、足のカバーもひとつ外れてしまったのだ。

 カメラの撤去時まで持ちこたえてくれればよかったのだが廃棄が決定した。

 だが、ひょっとしたらもうひと仕事してもらうかもしれない。


 あれを使えば、背の低い者でもホウキで巣を叩くことができるだろう。

 はしごモードで使えば、手を届かせることもできるだろう。


 もっとも、そこまで強烈な悪意など持ち合わせていないかもしれない。

 それならそれでいい。

 これは一種の試金石。

 悪い魔女やお妃さまはエピローグで改心するか、それとも退場するか。


 なんにせよ、陽菜が脚立を引っ張り出した理由はあくまで、回収日に出し忘れないようにするためだ。



 屋内に戻ると、バスルームからシャワーの音が聞こえていた。

 危ない。鉢合わせなくてよかった。

 陽菜はキッチンで水を飲んで喉を潤し、二階へと上がる。

 紗鳥の部屋の扉が半開きだ。

 部屋主は不在。ということは、シャワーを浴びているのは彼女らしい。


 未必の故意の殺人、とでもいうのだろうか。

 起こらないだろうと思いつつも、こんなことを企てた自分を義姉がどう思うかと考えると、わずかに胸が痛んだ。


 陽菜は自室へと戻り、眠る前に念押しをひとつすることにした。


 実力行使と願掛け、どちらを信じるとかじゃなく、両方すればいい。

 陽菜は待ち針を手にし、手製の魔女のぬいぐるみを目掛けて突き立てた。


 右脚。本当に悪いのか?


 腰。痛めれば残りの人生が苦痛に満ちるだろう。

 乳児のいる家で介護まではできまい。

 医師の収入ならいい老人ホームがあてがわれるだろう。


 左胸。


 ……いのち。


 雛鳥が巣から落ちることは珍しくない。

 外敵からの攻撃、事故、きょうだい間の競争、カッコウなどの托卵でも雛が本能的におこなうという。

 落ちたからといって即死するとは限らないが、大抵は捕食者の餌食となる。


 巣落としをした魔女は生き延びるだろうか。


 陽菜はぬいぐるみの眉間にも針を刺すと、ため息をついた。


 ……ばかばかしい。


 針を片づけ、ベッドに入ろうとした。



 がっしゃーん。



 思わず、「は?」と口にした。

 窓の隙間からうめき声も聞こえる。

 掛かった? ほんの数分前に仕掛けたばかりのトラップに?

 実際、掛かるとは思っていなかった。

 陽菜の中では、「トラップを仕掛ける行為そのもの」のほうが重要だった。

 かなりの物音だ。誰かが聞いたかもしれない。

 典子は怪我をしたかもしれない。もしかしたら、死んでしまったかもしれない。


 ……そんなつもりじゃなかった。


 怯え弁解したのは一瞬だけだった。

 陽菜は自分の顔が次第に歪んでいくのを感じる。

 おいしいものを食べたときのように、頬が痛い。


 陽菜は頭を枕につけ、誰に聞かせるわけでもなく大きな声で「あーあ」と言った。


 夢はもう、見なかった。


***

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