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ラクチョウ  作者: みやびつかさ
抜け落ちたページ
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page.7

 帰宅した陽菜は、窓から烏丸家の様子をうかがった。

 野鳥にとっては夕方の採餌タイムだが、雛たちのコーラスはもう聞こえない。

 その代わりに雨音が続いている。梅雨の先取りのような、じっとりとした雨だ。


 陽菜は、この雨がしっかりと土を濡らしてくれることを祈った。烏丸家の巣は終わってしまったが、巣づくりで泥を必要とするツバメたちは、まだまだいるはずだ。


 結局、陽菜は空木会長にキンカチョウの死因を予想してもらった。

「飼い鳥は詳しくないけど」との前置きはあったものの、空木は陽菜が優花から聞いた状況だけで、二号から七号の原因を特定した。


「最初の一羽は分からない。でも、ほかの鳥は新しいフライパンじゃないかな。加熱されたテフロン加工のフライパンやホットプレートからは、有毒ガスが出るらしいんだ」


 ガス中毒なら、集団で同時にというのも納得がいく。

 陽菜は訊いたものの、これを優花に伝えるのはよしておいた。

 チキンステーキを美味しくいただいたと言い放った友人だが、誰が焼いたのかまでは明かさなかった。当人が焼いたのならショックが深くなるだろうし、家族なら関係に不和が生じるだろう。


 いま必要なのは、友人の気持ちの整理のために手を貸してやることだ。

 呪いの儀式をおこなうのは深夜零時を回ってからの約束だが、道具と手順は確認しておくべきだろう。

 陽菜はスウェットに着替えると着席し、カバンから紙袋を取り出して中身を空けた。


 最初に目についたのは、フェルトで作られた人形だ。

 目を三角に怒らせた制服姿の女の子を模しているようだ。

 山田結愛のつもりだろうか。

 スカートも作りこまれ、中にしっかり綿も入っている。

「推しぬい」ってカンジだ。学生カバンにぶら下げても悪くない出来栄え。

 人形を裏返すと、背中に糸で『山田』と書いた布が縫い付けてあって、どうにもシュールで笑いを誘った。

 作ったのは優花だろうか。それとも莉央だろうか。


 人形のほかには、プラケースに入った待ち針。百円均一の店で買ったのだろう。陽菜にも見覚えのあるものだ。

 手順を書いた手書きのメモもあったが、この二点の道具だけでおおよそのやり方は想像がつく。


「ルールその一、儀式は深夜におこなうこと」


 陽菜はメモを声に出して読み上げる。


「ルールその二、儀式は人に見られてはならない」

「ルールその三、針を“見立て”に突き刺し、その際に願いを強く念じること」

「ルールその四、願いの力を増すために、もう片方の手に“触媒”を握ること」


 ……触媒?


 陽菜は紙袋を覗きこむ。まだ何か入っている。

 フリーザーバッグのようなものが奥に引っかかっているようだ。

 手を入れて透明の袋を引っ張り出す。


 陽菜は息を呑む。一瞬、また「人形」かと思った。


 白とグレーの羽毛に、鮮やかなオレンジのくちばし。

 キンカチョウだ。

 人形ではなく、本物の、死骸。


 思わずバッグを机の上に取り落とす。

 落ちた瞬間、それはキンカチョウの死骸でなく、ツバメの雛に見えた。


 ……優花は何を考えてるの?


 これが「触媒」なのだろうか。これを握りながら、呪い殺されたキンカチョウの恨みを乗せて儀式をおこなえということなのか。

 死因は呪いではないと、分かっていたのではないのか。

 これでは(とむら)いにはならないだろう。

 少しズレた子だとは思っていたが、ここまでとは。


 遺体はすでに硬くなっているようだが、羽毛だけは柔らかさを失っていない。この子が何号かまでは分からないが、頬のオレンジのチークと胸元の縞模様から、オスだと分かる。

 優花の家で、生きた状態で会ったことのある、いのち。


 スマホが振動した。


『中身、見た?』


 優花からのメッセージだ。陽菜は『見た』とだけ返事をする。


『四号だよ。深夜零時、お願い。ちゃんとやってね』


 陽菜は断りたい気持ちを抑えて『分かった』と返す。

 繰り返すが、キンカチョウたちが死んだのは、山田の呪いなどではなく、加熱された新品のフライパンから発生したガスが原因だ。

 鳥たちが恨みたいのは、優花たち飼い主かもしれない。

 加えて、山田結愛は褒められた生徒ではないが、陽菜からしたら恨みも何もない。

 果たして、このまま呪いの儀式を実行してもいいものか。


 しかし、儀式の時刻には優花と通話することになっているし、写真などの証拠を求められる可能性もある。なんにしろ人形に針を刺さなければならないのは確定だ。


「……そうだ」


 陽菜は思いつき、小雨の中を傘も差さずに屋外へ出た。

 電柱の陰、水に濡れて泥のようになったツバメの巣の残骸がまだあった。

 昨夜は息のあった一羽のツバメの雛を連れ帰ったが、残りはそのままにしていた。

 雛の死骸は土に帰ることなく、何者かの餌食になることもなく、アスファルトの上でぐっしょりと濡れていた。

 陽菜はそれをビニール手袋でつかみ、手袋を裏返すように脱いで包み、手首の部分をしっかりと結んだ。



 どうせ呪うなら、もっと呪われるべき人間を呪えばいい。



 罪のないツバメの雛たちのいのちを奪い、自身の孫を身籠っているだろう嫁に意地悪をする魔女。

 そして何よりその魔女は、陽菜の願掛けの邪魔をしたのだ。

 朝の教室での真原たちの談笑を思い出す。真原の不登校からの復帰には、鴫野と空木の協力があったと噂されている。真原が空木会長に向ける視線は、恋愛的な意味合いがあるように思えた。

 そう、王子様なのだ。真原にとって空木は王子さまで、山田は魔女だった。


「ラプンツェル? 白雪姫?」


 皮肉めいた口調だったが、陽菜の口元は笑っていない。

 陽菜は思う。自分の物語にも、迎えるべきハッピーエンドがあるべきだと。

 王子様はいないかもしれない。おとぎ話にもいろいろだから。

 今朝は呪いに手を貸すのは魔女側だと思ったが、よい魔女のいる話だってある。

 それに、兄に手を引かれるだけだったグレーテルも、最後は魔女をかまどへと突き飛ばしたではないか。

 紗鳥だって言っていた。「できることがあるかも」と。


『ほんとにお願いね。あたしは山田以外にもいろいろ呪わなきゃいけない子がいるから。山田は主犯なので、ふたりで呪う』


 陽菜は優花からのメッセージにオーケーサインの絵文字で返事をし、手のひらの上で死骸入りの袋を弾ませ、うっとりと笑った。


 弾むたびに、ビニールの中で水っぽいものが、


 びしゃ。


 びしゃ。


 音を立てた。


***

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