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ラクチョウ  作者: みやびつかさ
陽菜の物語
14/25

page.18

 陽菜が帰宅すると、庭には脚立が立てられ、玄関先にはいくつものダンボールが置かれていた。

 機材が届いたらしい。カメラのパッケージやケーブルの束のようなもの、何やらやたらと細長い――身長くらいありそうな――箱などもある。


 ……あれ? これもカメラ?


 カメラは一台ではないようだ。二点から撮影するほどのものなのだろうか。


 ……ま、いっか。


 疑問符を浮かべたのもつかの間、陽菜は元気よく「ただいま」と玄関で宣言し、すぐにリビングでノートパソコンと対峙する義父を見つけ出した。


「やあ陽菜ちゃん、おかえり。日の出てるうちに済ませちゃうね」

「ツバメが戻ってきちゃいますからね」

「そうそう。あと、ついでに二階の物干し竿を交換しようか」

「物干し竿?」


 陽菜は首をかしげる。


「本当なら、突っ張り棒でもつけれるスペースがあればよかったんだけど、あいにく無くてね」


 陽菜は「突っ張り棒?」と、もう一度首をかしげた。


「ふふ、気づかないか。物干し竿が親ツバメの寝床にならないかなって。二階のベランダの竿を延長したら、ちょうど巣の近くになるだろ?」


 思わず手を打った。「拓也さん頭いい!」


「ははは、それはどうも。といっても、使ってくれるかどうかはツバメ次第だけどね。ホントに長い竿だから粗大ゴミにならないといいけ……」


 陽菜は拓也が言い終わらないうちに玄関先に戻り、長い箱をかかえて戻る。


「物干し竿、取り付けてきます!」


 背中に「落っこちないように気をつけてね」と注意を受け、陽菜は箱を壁にぶつけながら階段を登る。

 今日の授業中はずっとお尻が痛かった。確かめていないが、痣くらいはできているだろう。


 眼下で揺れる枯れ枝の束。

 夜中に見たあれは、ホウキの穂先だったのではないかと思う。

 あの魔女がツバメを害さんと春風家に不法侵入し、ホウキを振ったのだ。

 その証拠に今朝、庭で穂先の切れ端を発見している。

 拓也にも相談しておくべきだろう。

 一応は春風家のあるじなのだし、魔女の行為はれっきとした不法侵入だ。


 陽菜が古い竿を下ろそうとしたとき、つと昔の記憶が蘇った。

 小さなころからさまざまな家事を任されてきた陽菜だったが、台風で物干し竿が落ちたり、壊れて交換となったときは、美羽がやってくれていた。

 大した作業ではないものの、小さな陽菜にとっては竿は重く、掛ける場所も高かったから大人の手が必要だった。

 いまさらながら首をかしげる。交換してくれたのは父ではなく母だった。

 どういう経緯でそうなったかは覚えていないが、確かに美羽がやったことだ。

 古い竿がなんとなく名残惜しく思えた。ツバメが去ったら、また戻そうか。

 新しい竿はベランダを飛び出し、巣から一メートル弱のところまで延びた。

 よそから見たら、なかなかに不格好だろう。

 だが、ちょうど屋根も掛かっているし、親ツバメが雛たちを守り育てるのには都合がいい。


 今度こそ、巣立ちを見られるだろう。

 そうすれば、「わたしの物語」も明るいほうに進むはずだ。


 竿の交換に満足して大げさに鼻息を吐くと、眼下に拓也の姿を見つけた。

 作業を開始したようだ。

 今のうちに自分の用事を済ませてしまおう。


 着替えやちょっとした家事を片づけ、義父の作業の進捗をうかがいに行く。

 どうやら作業は難航しているようだった。

 電源ケーブルやカメラを支えるパーツの取り付けに悩んでいるらしい。

 美羽や名義上の持ち主である実父――巳住達樹(みすみたつき)――には話していないため、壁に穴を開けることはできない。

 カメラは雨どいを利用して設置するとして、電源ケーブルは二階の部屋へと延ばしてどうにかするしかないらしい。


「……なんだけど、脚立の調子が悪いときた。陽菜ちゃんは上らないようにね」

「支えますか?」

「とても助かる。二階にケーブルを回すのも手伝って欲しいな」

「もちろん」

「カメラの角度の調整もね。さすがに可動式だと揉めるから」

「揉めるんですか?」

「二階に設置すると、道路やよその家の敷地まで映っちゃうからね。上手に巣だけ映さないと」


 拓也と共同作業をするのは初めてのことだ。

 陽菜はこうやって家族になっていくのだろうかと考え、工作に勤しむ義父を頼もしく感じた。

 親密度が上がったついでに、深夜に起こった出来事を話した。

 心配されると面倒だから、回転椅子を使って転んだくだりは省いた。

 ホウキについては「見間違いかも」と付け加えた。


「……見間違い、だといいんだけどね。カメラも設置したからね。間違いじゃなくても、もうやらないだろうけど」


 カメラの角度はノートパソコンで確認しつつ、陽菜が指示を出して決めた。

 画角に納まるのは巣と物干し竿の先端くらいだ。

 仮に巣を狙う人間がいたとしてもほぼ映らない。

 だが、カメラがあるという事実は、犯行に心理的な高い壁を築くはずだ。

 あとは親ツバメが竿を寝床にすれば、鉄壁の守りだろう。

 ちなみに、巣にはすでに三つの卵が産み落とされていた。


「そういえば、カメラの箱がふたつありましたけど」

「ふたつ? ああ、片方はデジカメだよ。スマホだと物足りないかと思って」


 そう言われれば、そうだったかもしれない。

 陽菜は少し呆れた。拓也はカネに糸目をつけていないらしい。

 親ツバメの寝床についても対策を考えていたし、陽菜に匹敵するほどにこの観察に力を入れているらしい。

 嬉しい反面、負けているようで悔しい気持ちにもなった。

 となれば、美術部の作品の題材はこれに決定としよう。

 現物の観察と高解像度の写真、それとツバメに入れこむ熱意があれば、質のいいものが描けるはずだ。


「それにしても、過干渉な親ってのは本当にいるもんなんだね。うちも美羽さんとこも、両親は放任気味だったからな」


 拓也は壁に立て掛けた脚立に乗ったまま、お隣さんのほうを見た。


「典子さんは妊婦によくないとか言ってましたけど、舞さんにはいじわるなんですよ。お腹が大きくなったのに買い物を押し付けたり、庭の掃除をさせてるんです」


 陽菜は説明しているうちにまたもヒートアップし始める。


「しかも、少し前に自分の家についてたツバメの巣もホウキで壊したんです! もう雛が生まれてたのに!」

「ええ!? それは酷いな」


 拓也は顔をしかめると、もういちど烏丸家のほうを見た。

 鋭く、厳しい顔だ。

 その顔を見て、陽菜は話して正解だと思った。

 知らせておくだけで安心ができるような、営巣が上手くいくような気がした。


「また何かあったら言ってね。陽菜ちゃんや紗鳥のことは俺が守るよ。もちろん、ツバメたちもだ」


 そう言い、拓也が見下ろしてきた。

 彼はどこかヒキガエルに似た大げさな笑みを浮かべていた。


***

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