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さよならのイヤホン

作者: カラー

「カルキ臭い10代の話」作品の序幕的な話です。

彼を見かけたのは新しい学校の入学式当日のことだった。と言っても入学式の会場どころか、遠く離れた東京の競技場である。


昨日私は日本選手権で3位になった。晴れ晴れしい気持ちにはなれない。少し年の離れた姉の、中学時代に順位も記録も及ばなかったから。これでもかなりの覚悟をもって練習をして、仕上げもしたつもりだった。姉が留学をせず日本にいて、この大会に出ていれば4位だったはずだ。


姉とは父が違う。

ハーフの彼女は本来燻んだ髪色だが、金色に染めている。顔立ちも目の色も標準とは違いいかにも…と言うそれだから、髪を染めても不思議がる人はいないだろう。


私も髪は金色だ。ただまあ、父は日本人だったと母から聞いていた。同じ父の妹も黒い。なぜ私が中学生でと聞かれれば(そんな人はいないだろうけど)、簡単に答えるだろう。

威嚇のためだ。蜂の黒と黄色の縞模様。不用ならば近づくな、そんな気持ちだ。


染めたのは1年前に転校してから。階段の最上階から突き飛ばされて落下し、骨にヒビが入ったことで母が即座に転校を決めた。よくあるイジメ。母が問題視したのは悪意のある人間しか私の周りにはおらず、誰もが口を閉ざしたからだった。


「あなたはいなくていい」

そう母から言われたら、15才の私になにができる。隣の県の私立高校に新しく設立される水泳部に特待の話があるからと一人暮らししなさいと昨年の秋に告げられた。姉が旅立った日の午後に。


中学単位の大会に出るといつの頃からか、一人の同い年の少年が目につくようになった。個人メドレーで記録を伸ばし、独泳のように後続に差をつける彼。平均身長よりやや低めだがしなやかな体は、その強い意志を秘めているようだ。だがいつも彼のそばには形容すら拒むような少女が常に寄り添っていた。彼は笑顔を向けつつも、どこかその美貌の向こう側を見ているように見えて、不思議だった。


明日は入学式と言う日、私は背泳ぎの決勝に残りやむなく欠席を決めた。大事な日に間に合わない…思えばそんなことが多かったような気がする。新しい学校に欠席を伝えると「君もか」と言われたが、真意を問う気にならなかった。


表彰式の後、姉に並べない悔しさとか明日からの生活に気持ちは沈んだ。上位の喜びも分かち合う人はなくただ寂しかった。

そんな時不意に彼とすれ違う。心臓が高鳴る。

なぜ彼がここに?

張り出されたリザルトに、50m自由形の決勝に彼が残ったことを確かめた。いつの間に短距離に彼が変わったのか知らず、本来彼はスプリンターではなかったはずだと思いをめぐらす。


一晩彼のことを考えた。おそらく私たちの地元で進学するんだろう。

どんな人なのかを私は知らない。だから知られないままちょっとだけつまらない人生を彼に押し付けてしまおう。

頑張れと。

誰か分からないままイタズラを徒に。

明け方に気持ちをこめて「またね」とイヤホンの箱に書いた。


もう用事のなくなった会場に今日も私はいる。

誰にこのイヤホンを渡してリレーしてもらおうかと思案してしていると、姉から電話。

(こんな時に国際電話…)

タイミングの悪さに舌打ちして、通りかかった背の高い子に押し付ける。

「あの人に渡して」と。


思いもかけぬ姉からの祝福の言葉。

意外さに動揺しながら彼のレースを見ると優勝していた。

イヤホンが届いたのかは確認できていないが、些末なことだ。

誰かを応援したのは久しぶり…初めてかもしれない。

(さよなら、()()()()くん)


私らしい少し遅れた卒業を、誰かに祝ってほしかった。

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